第18話 黄砂の街
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太陽が真上まで上った。
昼食をとるために、リリーティアたちは一度宿屋の前に集まっていた。
「この街、やっぱり変だよね」
宿屋に食堂はなく、街の中にある店で食事をとることになったが、そこに向かう前にカロルが街について話し始めた。
「何聞いても答えてくれないんだもん。なんだか様子がおかしいし」
午前中にこの街を見て回っていたカロルも、この街のことや砂漠のことなど情報を集めようとしていたようだが、リリーティア同様、新たな情報を得られなかったようだ。
それは他の皆も同じだったらしい。
「これじゃあ砂漠の中を探すしかないのかなぁ」
「探すたってどこから探すのよ?広いわよ、砂漠は」
困ったように頬をかくカロルに呆れたようにレイヴンが言う。
確かに何の当てもなく砂漠の中を歩くのは無謀すぎる。
はっきり言って、それは死へと向かうのと同じことだ。
「カロル」
今後どうするかという話をし始めた時、エステルの声が響いた。
彼女はカロルに向けて何やら差し出している。
「これを・・・」
「どうしたのエステル、・・・これは?」
見るとそれは 装身具(ブローチ)だった。
桃色の花を象り、垂れ下がる房には贅沢に宝石がちりばめられている。
見た瞬間、自分が着けている髪飾りとどこか似ているなと思いながらも、
リリーティアは怪訝な面持ちでエステルを見た。
カロルも戸惑いと共に 装身具(ブローチ)とエステルの顔を見比べている。
「仕事の報酬です。きっと高値で売れると思います。ここまでありがとうございます」
「え、何言ってるの。まだエステルの依頼は終ってないのに・・・」
突然のエステルの言葉にカロルはさらに戸惑いを見せる。
他の者たちも一体どういうことなのかとエステルへと視線を向けた。
「・・・みんなとはここでお別れです」
「お別れっ・・・あんたはどうすんのよ」
リタの言葉を飲み込むようにエステルは一度目を閉じるとリリーティアへと向き直った。
その目はどこか覚悟を決めたもの。
けれど、少しだけ不安に揺れているような目。
「リリーティアもここまでついてきてくれてありがとうございました」
「・・・・・・」
エステルは深く一礼した。
それは、旅に出ると決めたダングレストからの話しではなく、デイドン砦からここまでついてきてくれた、これまでのすべてを含めた謝意が込められている。
そう感じながらも、リリーティアはただ黙したままエステルを見詰めていた。
「一人で行く気か・・・?」
「フェローに会うのはわたしの個人的な願いですから」
どこか厳しい目でエステルを見るユーリ。
それでもエステルはまっすぐにその目を受け止めていた。
「なに言ってんの、危険だって!」
「だから、です。これ以上みんなをわたしのわがままに巻き込めません」
カロルの声にも彼女ははっきりと言い切る。
いよいよフェローの居所が間近に迫った今、これ以上皆を危険にさらす訳にはいかない。
だから、ここからは一人で行くというのだ。
「義をもってことを成せ、不義には罰を」
「え?・・・あ、ボクたちの掟だね」
不意にユーリが言った。
カロルがはっとした顔をすると、ふっとジュディスが微笑んだ。
「どう考えてもエステル一人で砂漠の真ん中に行かせるのは不義ね」
「オレ、掟を破るほどの度胸ねぇぞ。な、カロル」
「うん!」
「そういうことのようだけど」
「・・・わたし、とても嬉しいです。でも、やっぱりダメ・・・」
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の面々が同行を表明するが、それでも、あくまでひとりで行くとエステルは言い張る。
まるで押し問答を繰り返している中、リリーティアはじっとエステルを見ていた。
懸命に考えてきたことなのだろう。
彼女の想いをもって導き出した、彼女なりの答え。
けれど、それは----------、
「(-------精一杯の背伸び、か)」
リリーティアには思わずそう映った。
エステル一人であの過酷な砂漠を踏破できるはずもない。
彼女なりに必死になって考えてきた答えと知りながらも、リリーティアはその決断をどこか冷ややかにも見ていた。
そんな自分に気付いてリリーティア自身嫌気がさしたが、実際エステルの瞳の奥にはまだ迷いが見える。
決断はしたようだが心はまだその決断を受け止め切れていない。
覚悟を決めたようで覚悟仕切れていない。
そんな曖昧さ。
「待ちなさい、エステル!あんたらも何考えてんの?自然なめてない?」
「やばいからこそみんなで行かないとな」
「ボク、怖いけどエステルを放っとけないよ」
これまでと変わらずリタは砂漠行きそのものを留めさせようと必死であった。
それでも『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の面々はすでにその心は決したも同然で、それ以上にエステルの決意も固かった。
そこに曖昧さはあれど。
「あんた!何とか言いなさいよ」
キッと睨んでリタはレイヴンへと指をさして声を荒げた。
さっきからただ黙って見ていたレイヴンは、掌(てのひら)を上に向けて気だるそうに肩を竦めた。
「ここでごねたら俺一人であの街戻んないとダメでしょ?それもめんどくさいのよね」
つまりは彼も砂漠へ行くのは別段反対ではないということだ。
正確には、砂漠へ行くも行かまいもどちらでもいい、といった風である。
「まったく・・・・・・あんただって本当にこれいでいいって思ってんの?」
最後の頼みの綱だとでも言うように、リタはリリーティアへと話しを振った。
彼女もまた、ただ成り行きを見守ることに徹していたが、リタの言葉を受けリリーティアはエステルへと言葉を投げかけた。
「エステル、どうしても砂漠へ向かうんだね?」
リリーティアのその声は普段と変わらないものだったが、その瞳は僅かに厳しいものがあった。
それはあの時、旅に出るエステルの決意を、その意味を訊ねた時と同じ瞳。
その瞳を見たエステルは一度目を閉じると、真剣な面持ちを浮かべてしっかりと頷いてみせた。
「わたし、考えたんです。みんな自分たちのためにやるべき事を探して、やりたい事のためにがんばってる。でもわたしは本当はそんな事、ちゃんと考えていなかったかもって・・・」
そして、空を見上げた。
ゆっくりと自分の言葉を噛み締めるように、続ける。
「わたしにも本当にやりたい事を、やるべき事を見つけなきゃって思ったんです。そのためにも、自分で決めて、自分から始めたこの旅の目的を達したい」
エステルは、もう一度リリーティアをまっすぐに見た。
「これは、けじめでもあるんです」
まだまだ世界を知らない彼女の、精一杯の背伸び。
どんな危険が待ち受けているのかも見えていない、儚い理想。
けれど、そこには想いがあった。
彼女の揺ぎ無い想い。
揺らぐ不安の中でも、曖昧な覚悟の中でも。
それだけははっきりと、そこにある。
「分かった。砂漠へ行こう」
真剣な眼差しの彼女を見返し、リリーティアは力強く頷いて応えた。
と、その様子を見ていたリタは、観念したように深いため息を吐いた。
「・・・もう、わかったわよ。入ろうじゃないの、砂漠中央部に。こんなガンコな連中、もうあたしには止めきれないわよ」
「リタ・・・」
リタの言葉にエステルは目を見開いて驚きの声を零した。
驚くと共にその表情は少し嬉しげで。
「リタこそ、エアルクレーネを調べるんじゃないのか?」
「あんたたちみたいなバカほっとけるワケないでしょ。エアルクレーネは逃げないんだから、あとでまた行くわよ」
ユーリの言葉にぶっきらぼうに答えるリタだが、皆の身を心配してくれているらしい。
「・・・ただし!この街でちゃんと準備して万全でいくわよ」
それを悟られまい隠すためなのか、最後は声を張り上げて一行に宣言するように告げた。
「ありがとうございます」
「なに、この旅の最初からこうなる予定だったろ」
「うん、そうだよね」
気にする必要はないというユーリとカロルの言葉にエステルは微笑んだ。
皆がいてくれることが本当に嬉しい。
それは、心から喜んでいる笑顔だった。
彼女のその笑顔にリリーティアも嬉げに微笑んでいた。