第18話 黄砂の街
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そうして、当てもなく街の中の様子を窺い歩いていたリリーティアは、途中、大通りから脇道に入った。
進むにつれてだんだんと家はまばらになり、乾燥に強い樹木の姿が密集度を増していく。
リリーティアは街の奥にある泉へと足を運んだ。
太陽が真上に来るまであと一刻。
この街に辿りついた時よりも、太陽の日差しはさらに強くなりその暑さは増していく一方だった。
だが、水が湧き出ている泉に来るとその暑さは少し和らいだ。
木陰になった椰子(ヤシ)の木の下に来ると、僅かだが涼しささえも感じられる。
その木陰の中でリリーティアはしばらく太陽の光に煌く泉を眺めた。
泉の中心にはその大部分が沈んでしまっている結界魔導器(シルトブラスティア)があり、家々は泉の大半を取り囲むようにして建ち並んでいた。
しばらくオアシスを眺めていたリリーティアは、ふと、その視線を移すと泉近くに立つエステルの姿を見つけた。
彼女も椰子の木の下でひとり時間を過ごしていたようだ。
だが、リリーティアのように泉を眺めているのではなく、彼女の視線は足元に向けられていて、その表情はとても浮かないものであった。
リリーティアは少し考える素振りをみせた後、エステルの下へと歩み寄った。
「エステル」
その声にはっとしてエステルが顔を上げる。
リリーティアは言葉もなく微笑むと彼女の横に立ち、もう一度泉を眺めた。
エステルもそれに倣う。
「砂漠って・・・」
しばらくして、エステルは静かにその口を開いた。
「そんなに危険なところなんでしょうか?」
カドスの喉笛で必死になって砂漠にいくことを止めていたリタを思っているのだろう。
ここまで来るにも砂漠の道を歩いたが、それでも砂漠が命に関わるほどの危険な場所だとはまだ実感が沸かないようだ。
それはそうかもしれない。
ここはまだ、砂漠地帯の端っこ。
まだ片足を突っ込んだだけに過ぎないのだから。
「本来、砂漠は人がまともに生活できるような場所じゃないからね」
唯一それが可能なのは、マンタイクのように常に水が湧き出ているオアシスがある場所くらいだ。
蒸発量が多ければ多いほど気温と地表温度は低下することになる。
それはすなわち、オアシスの水量が豊富なところほどその周辺は涼しくなるということ。
だから、この街が出来たのも、そこに偶然にも結界魔導器(シルトブラスティア)があったからだけではなく、
この広大なオアシスがあったからこそなのだ。
人間よりも遥かに強靭な生態を持つ魔物ですら、餌の枯渇と気温変化の激しさから生息数は決して多くない。
そんな過酷な環境が広がる砂漠中央部。
そこはまさに----------、
「-------”死の世界”といっていい」
リリーティアは僅かに目を細めた。
死の世界。
それ以上の意味が記憶の奥から浮かびそうになるのを、彼女は無意識の内に沈めていた。
「リリーティアは砂漠にいったことがあるんです?」
「いや、・・・まだ一度も」
尋ねるエステルにリリーティアは肩を竦めて答える。
そして、砂漠については本の中で知った程度にしか知識はないと続けた。
それが偽りだとしても平然とそう言わなければここに立つことさえも危うい気がしたからだ。
何かに押しつぶされそうな、そんな感覚に陥るような気が。これもまた無意識の内のものだった。
一種の防御反応ともいうべきか。
「ユーリが言ってました。みんなのことはどうでもいいんだって・・・」
広大な泉を遠くに見詰めるエステル。
それは、リリーティアがここに来る以前にユーリと話したことであった。
彼はエステルに言ったらしい。
みんなしたいようにしているだけだ、と。
「それに、『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の雇い主は私とリリーティアだからって・・・」
行こうと言えば『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』はついて行く。
代わりに行ってくれと言えば、凛々の明星『(ブレイブヴェスペリア)』がフェローを引っ張ってくる。
だから肝心なのはエステルがどうしたいかだ、と。
「私は・・・自分が何者なのかを知りたい。でも・・・」
エステルは顔を伏せたまま、胸の前で両手を当てて呟いた。
ユーリが言ってくれた言葉を思いながらも、彼女はどうするべきか分からないと言った様子であった。
いや、悩んでいるのだろうか。
こうするべきだという考えはあるけれど、決断する心がない。
そんな風にも見える。
「これは自分で決めたことだって、リリーティアも言ってましたよね」
「ええ」
エステルの言葉にリリーティアは頷いた。
ダングレストでフレンの制止を振り切って旅に出たその日の夜。
迷惑をかけてばかりだと謝る彼女にリリーティアが言った言葉。
ユーリの言う通りだった。
誰もがそれぞれに目的を持って、この旅の中にいる。
自分自身がそうしたいから、ここにいるのだ。
「だから、エステルはエステルの思いをもって答えを決めたらいいんだ」
「私の思い・・・私は・・・・・・」
そうして考え込むエステルにリリーティアは優しげに微笑んだ。
今日は一日この街にいる。
考える時間はまだあるのだから、焦らずゆっくり考えればいい。
リリーティアはそう言うとその場を立ち去った。
彼女の決断がどんなものでも、この旅の中にいる自分の目的は変わらない。
きっと。
そんな自分の思いを胸に、リリーティアは再び街の中を歩いた。