第17話 闘技場
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
翌朝。
ベリウスに会える新月まで時間があいた一行は、それぞれに情報を集めに行くことにした。
闘技場内にある宿を出て、出入り口に向かう。
朝も早いというのに、闘技場内にはもう戦士たちが集まり、武器の手入れをしている者たちが多かった。
中には通路で素振りをする者もいて危険極まりない。
そんな騒がしい闘技場内の中を歩いていると、どこからか荒々しい声が聞こえてきた。
見ると、何やら二人の男が互いに言い争っているようで、
一人は一振りの剣を、もう一人は二つの短剣を腰に携えている。
「おめぇが先に手を出したんだろうが!」
「はあ?!なに言ってんだ!」
しばらく様子を見ていると、その争いはだんだんとひどくなっていった。
それと比例して、その様子を窺う取り囲む人の数も増えていく。
「お、おふたりとも、や、やめてください」
そこに一人の男が割って入った。
下がった眉、ずり落ちそうな眼鏡に弱腰な態度。
『遺構の門(ルーインズゲート)』の首領(ボス)、ラーギィであった。
「こんな街中では、み、皆さんにご迷惑が・・・」
屈強な男二人に向かって争いの仲裁をする行動は勇ましいが、力ない細い声の上、その弱弱しい態度で臨んでいる姿は実に頼りないものである。
当然、争う男たち二人はラーギィの言葉に耳も貸さない。
それでもラーギィが仲裁に入ろうとするため、男たちは鬱陶しいとばかりにラーギィに怒りの矛先を向け出した。
「外野はすっこんでろ!」
怒りに任せ、男が一振りの剣をラ-ギィに突きつける。
そこへ、すかさずユーリが前に出て自分の剣で男の武器を払った。
「物騒なもん振り回すなよ」
「なんだ、おまえ!」
もう一人の男が短剣を突き出すと、今度はジュディスがそれを槍で払った。
男はキッとジュディスを睨み見る。
「私が悪いのなら後で謝るわ。あなた達が悪いのだとは思うけれど」
男の睨む目にも平然として彼女は口元に余裕な笑みを浮かべる。
相手の男は小さく舌打ちすると、短剣を仕舞いながらその場から去っていった。
もう一人の男も何やら文句を呟きながらも、闘技場の外へと姿を消した。
「だいじょうぶです?」
「あ、こ、これはご、ご親切に、どうも」
エステルが声をかけると、ラーギィは何度も繰り返し頭を下げた。
「あ、あなた方は、た、確か、カウフマンさんと一緒におられた・・・」
「ギルド、『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』だよ!」
カロルが意気揚々に声を上げた。
五大ギルドに入る首領(ボス)に、ちゃっかり自分のギルドを宣伝しているらしい。
「あ、あの、皆さんを見込んで、お願いしたいことが、ありまして・・・」
ラーギィは真面目そのものの口調で一行たちを見渡した。
「なんだ?お願いって」
「こ、ここで話すのはちょっと・・・」
ここでは話せない内容らしい、ラーギィは挙動不審に辺りを見渡している。
ユーリたちはどうしようかと互いに顔を見合わせた。
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の今の仕事はフェロー探索とエステルの護衛だ。
五大ギルドである『遺構の門(ルーインズゲート)』の首領(ボス)自らの頼みであれど、あれこれと引き受けるとひとつひとつの仕事が疎かになってしまう。
だが、とりあえず話を聞いてから受けるか否かを決めてはどうかというエステルの言葉に一同は頷いた。
ラーギィの案内で闘技場内の物陰へと場所を変えると、弱弱しい声をさらにひそめて話し始めた。
「じ、実は、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』を、の、乗っ取ろうとしてる男を倒していただきたいんです」
「乗っ取り・・・!?この街を!?」
カロルが驚きに声を上げる。
周りに聞かれたくない話である時点で、それは面倒な事であるような気がしていたが、それにしてもその内容はいきなり物騒な話であった。
「でも、なんであんたがそれを止めようとしてんの?別のギルドの事だし放っておけばいいじゃない」
怪訝に見るリタにラーギィは慌てふためく。
「パ、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』には、と、闘技場遺構の調査を、させてもらっていまして」
闘技場を含め、この街は古い歴史があり、
街の各地に古い遺跡が見つかっている場所が幾つかあるのだ。
特に一行が今いるこの闘技場には様々な貴重な遺物が出土しているという。
「も、もし別の人間が上に立って、こ、この街との縁が切れたら、始祖の隷長(エンテレケイア)に申し訳ないです」
瞬間、リリーティアは眉を潜め、じっとラーギィを見据えた。
「始祖の隷長(エンテレケイア)ってなに?」
聞いたことのない言葉に、カロルが首を傾げる。
「あ、すみません・・・ご存じないですか。こ、この街を作った古い一族で、我がギルドとこの街の渡りをつけてくれたと、聞いています」
「(始祖の隷長(エンテレケイア)が、この街を・・・?)」
人間の街をなぜ始祖の隷長(エンテレケイア)が作ったのだろう。
リリーティアはふと考える。
それが事実なら、はるか昔、始祖の隷長(エンテレケイア)と自分たち人間は互いに身近な存在だったのだろうか。
もしそうだとしても彼女にはどうにも想像できなかった。
いや、仮定すること自体、彼女にとってはおぞましいことでしかない。
始祖の隷長(エンテレケイア)と人間が身近に暮らしていたなど・・・。
リリーティアは音もなく息を吐くと、再びラーギィに視線を戻した。
彼は始祖の隷長(エンテレケイア)のことをどこまで知っているのだろう。
そんなことを思いながら、彼女は静かにユーリたちの話に耳を傾けた。
「んで、どこの誰なのよ、その物騒なヤツって」
「と、・・・闘技場の、チャンピオンです」
話を戻すようにレイヴンが聞くと、ラーギィは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「や、奴は大会に参加し、正面から『戦士の殿堂(パレストラーレ)』に挑んできたそうです。そ、そして、大会で勝ち続け、ベリウスに急接近しているのです」
闘技場の掟に反していない以上、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』も追い出すに追い出せない。
そこで早い話が、ユーリたちが大会に参加してチャンピオンに勝ち、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の乗っ取りを阻止してほしいというのがラーギィの頼みであった。
「まわりくどい・・・。そいつの目的って本当に闘技場の乗っ取りなわけ?」
「もも、もちろん、おお、男の背後には、『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』がいるんです!」
リタに疑いの視線を向けられてラーギィは慌てふためくが、信じてほしいと訴えるように言葉を続けた。
「『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』は、この闘技場を資金源にして、ギ、ギルド制圧を・・・!」
あまりに慌てて話したせいか、彼は最後にはごほごほと咳き込んだ。
「キュモールの野郎あたりが考えてそうな話だな・・・。奴と『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』は繋がってる。さて、藪をつついたら何が出るか・・・」
ユーリは険しい顔つきで呟いた。
『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』と手を組み、ギルドユニオンに対抗するためにヘリオードを密かに軍事拠点化としていたキュモール。
次は、ギルドユニオンには属さないが『天を射る矢(アルトスク)』と並んで2大巨頭とされる。
『戦士の殿堂(パレストラーレ)』を制圧して何かを企んでいると、彼は考えたようだ。
「どちらにせよ、早く止めないと!<帝国>とギルドの関係が悪化するばかりです!」
エステルが両の拳を握りしめて叫んだ。
「フェローはどうするの?こんなのじゃいつ会えることか」
「で、でも・・・」
戸惑うエステルにジュディスはどこか冷ややかな瞳を向ける。
これまで何度と彼女の口から聞いただろうか、それは厳しい声音だった。
「あなた、本当にやりたい事ってなんなの?」
「本当に、やりたいこと・・・」
エステルは虚を突かれたように口を噤むと、胸に抱いている紅の小箱に目を落とした。
あの難破船から、彼女がいつも大事に持っているその小箱。
じっと考え込む彼女を、リリーティアは複雑な面持ちで見ていた。
「あ、あの、すみません。難しいでしょうか?」
どこか重い空気が漂い出して、ラーギィは不安げに尋ねた。
「難しくは無いわ」
「え・・・?」
だが、その空気をすっぱりと断ち切ったのはジュディスの声である。
彼女の思いがけない言葉に、エステルは目を瞬かせた。
「やるんでしょう?話を聞いてしまったし」
「う、うん。ギルドとしても放っておけない話、かもれしないし・・・」
分かりきった事だと言わんばかりに肩をすくめるジュディスにカロルは頷いた。
そこで、誰が大会に出るかという話に移った。
これは『遺構の門(ルーインズゲート)』に対して『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』が受ける話だ。
それならと、『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』からユーリが出場するという話でまとまった。
「あの・・・お、お引き受けくださるので・・・」
「ああ。チャンピオン倒しゃギルドの名もあがるしな。オレ達にとっても悪い話じゃない」
「うん、そうだね」
ユーリとカロルの言葉に、ラーギィは僅かにほっとした表情を浮かべた。
「では、す、すみませんが、よろしくお、お願い、します。ど、どうかお、お気をつけて」
ラーギィは申し訳ない表情を浮かべて何度か深く頭を下げると、足早にその場を去って行く。
ユーリたちがさっそく闘技場の受付に行こうと話している中、
リリーティアだけは去っていくラーギィの背に視線を向けていた。
「・・・・・・」
相変わらず、最後まで平身低頭な態度であるラーギィのその後姿を、これもまた相変わらずに、リリーティアはどこか探るような目でしばらく見詰め続けていた。