第17話 闘技場
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その日の夜遅く。
闘技大会も閉会し、闘技場内の賑やかさは幾分か落ち着いていた。
だが、街中にある酒場が集まった歓楽街は、まだまだ多くの人たちが呑みに騒いでいて、闘技場で揮(ふる)った己が武勇を大声で語っている男の声が店の外まで聞こえてくる。
夜遅くといっても、日付が変わるまではまだ二時間ある。
歓楽街の賑やかさは、寧ろ、これからが本番といえるだろう。
そんな中を、リリーティアはひとり歩いていた。
どの店にも目もくれず彼女は足早に歓楽街を抜けると、途端に静けさに包まれた街道に出た。
闘技場に向かって進んでいたが、途中その道を右に逸れ、港に続く桟橋を歩く。
彼女はその足を止めると、桟橋から見える海を眺めた。
潮の香り漂う風が頬をなでる。
空を仰ぐと、満月に近い僅かに欠けた月と共に、一際輝く星が浮かんでいる。
「(ブレイブ、ヴェスペリア・・・)」
それは、凛々(りり)の明星(あかぼし)だった。
夜空で最も強い光りを放つ星。
そして、立ち上げたばかりの小さなギルドの名でもある。
しばらく空を見上げていると、港側から誰かが桟橋を歩く音が聞こえてきた。
見ると、港から歩いてきたのは、その小さなギルドの命名者でもあるエステルだった。
「リリーティアも夜の散歩です?」
「ええ、そんなところかな」
リリーティアは微笑みを
夜が深まるこの時間、リリーティアたちはそれぞれに過ごしていた。
リリーティアが宿を出て行くときには、エステルはリタやカロルと話をしていたが、しばらくしてから彼女も宿を出てきたという。
「フェローに言われた言葉がずっと気になってたんです・・・だから、少し落ち着こうと思って」
そのためにこの先の港で一人、海を眺めていたらしい。
でも、そんな時ユーリが来てくれて励ましてくれたという。
本人はそんなつもりはないと言っていたらしいが。
それがまた彼らしいと、リリーティアは苦笑を浮かべた。
「だから、少し元気が出ました」
エステルはにこっと笑った。
その笑みにリリーティアも自然と笑みを浮かべた。
「リリーティア、あれ」
不意に夜空に向かって指をさすエステル。
リリーティアは彼女に倣って夜空を仰いだ。
その先には明らかに他の星とは違った光を煌々と放っている輝きが見える。
ついさっきまでリリーティアが見ていた凛々(りり)の明星(あかぼし)だ。
「さっき、ユーリに古い伝承について話していたんです」
ギルド名となった、凛々(りり)の明星(あかぼし)。
その古い伝承について、彼女はユーリに話して聞かせたという。
「凛々の明星(りりのあかぼし)と・・・〈満月の子〉の伝承だね」
何故か〈満月の子〉という言葉を口にすることがひどく重く感じられた。
それはエステルの前だからか、余計口にすることにためらいがあったのかもしれない。
本来、〈満月の子〉とは魔導器(ブラスティア)を使わずとも術を行使できる”力”を持った者のことで、代々皇帝家がその末裔であり、その血を色濃く残すエステルもその一人であるが、その事実はほとんどの者が知らず、エステル本人でさえ自分が〈満月の子〉の末裔であることは知らない。
だが、〈満月の子〉という言葉自体は古い伝承として世間に知れ渡っている。
この世界、テルカ・リュミレースに伝わる古い伝承。
エステルは凛々(りり)の明星(あかぼし)を見上げながら、語るように話し始める。
「その昔、世界を滅亡に追い込む災厄が起こりました。
人々は災厄に立ち向かい、多くの命が失われました。
皆が倒れ、力尽きたとき、ある兄妹が現れました。
その兄妹は力を合わせ、災厄と戦い、世界を救いました。
妹は満月の子と呼ばれ、戦いのあとも、大地に残りました。
兄は凛々(りり)の明星(あかぼし)と呼ばれ、
空から世界を見守ることにしました」
おしまい、とエステルは静かに目を閉じた。
本の内容を一字一句覚えている彼女らしく、
彼女が語った伝承は子ども向けに描かれた絵本に語られた内容そのままであった。
リリーティア自身、彼女が語った内容の絵本を幼い頃に何度か読んだことがある。
その時、子どもながらに不思議に思ったことも覚えている。
満月の子は大地に残ったと書いてある。
なら、妹はこの大地のどこにいるのだろう?
兄の凛々(りり)の明星(あかぼし)は今もこうして空から見てくれているのに、と。
そして、少しずつ自分なりの勝手な解釈をしながら幾数年。
皇帝家の者たちが〈満月の子〉であることを知った時は、まさかと驚きを隠せなかった。
〈満月の子〉は今も存在して、すぐ傍にいるなんて。
「(その上、中でも真なる〈満月の子〉の力を持っているのが・・・)」
リリーティアはエステルへ一瞥すると、視線を落としてひとつ息を吐いた。
「リリーティア?」
「いや、・・・懐かしいなと思って。子どもの時、その伝承の絵本を読んだこと思い出してた」
「やっぱり、リリーティアも子どもの頃に読んでたんですね」
嬉しげに声をあげるエステルにリリーティアは頷いた。
「そろそろ宿に戻ろう」
そして、リリーティアとエステルは宿に向かって歩き始めた。
闘技場に続く大階段に近づいた時、エステルが突然その足を止めた。
見るとエステルは静寂に包まれたある一軒の露店をじっと見詰めている。
「パティはもうこの街を出たのでしょうか?」
彼女が見ている露店は、パティが店主と客の男に心にも無いことを浴びせられていた場所であった。
「パティは何もしていないのに・・・」
「・・・ええ」
悲しげにぽつりと呟くエステル。
エステルのその言葉は、ユーリも言っていた言葉であった。
その時のユーリの声は怒りに響き、後ろからでは見えなかったが、
きっとあの時の彼の目は咎める厳しさに揺れていただろう。
確かにパティに対する周りの態度はあまりに酷いものだった。
けれど----------、
「(-------私には咎めることはできない)」
エステルたちと同じようには。
ユーリの声の怒りも、その目の厳しさも、エステルのその悲しい呟きも、
本当ならば、それは自分に向けられるべきものなのだろう。
「(世間を騙した、私自身に・・・)」
リリーティアは静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりとその目を開く。
「パティなら大丈夫、きっと」
大丈夫。
その言葉はエステルを安心させるための言葉でありながら、
リリーティア自身に言い聞かせているかのような言葉でもあった。
「さあ、早く宿に戻ろう。リタが心配する前に」
途端、エステルは口元に手をあてて、くすくすと笑い出した。
リリーティアはどうしたのかと首を傾げて見る。
何かおかしなことを言っただろうか。
「ユーリと同じようなこと言うものですから、思わず」
港でのこと、一足先に宿に戻るユーリもエステルにこう言ったらしい。
「リタ辺りが心配する前に帰ってこいよ」と。
それを聞いたリリーティアも、彼女の笑い声につられて小さく笑ったのだった。