第4話 奇跡
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丘を登って、一行はハルルの樹の根元にたどり着いた。
「近くで見るとほんと、でっけ~」
「もうすぐ花が咲く季節なんですよね」
「ええ。満開に花を咲かせるハルルの樹は本当に綺麗だよ」
リリーティアは満開の花を咲かせたハルルの樹を思い浮かべた。
でも、たとえ今はしおれてしまったハルルの樹でも、その大きさ故に尊厳さは失われていないように見えた。
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守ってるなんて素敵です」
二人は残念そうな表情を浮かべた。
とくにエステルは、その表情からその気持ちを強く感じた。
彼女ならあのハルルの樹をとても気に入るだろう。
それに、ハルルの樹と彼女はどこか似ているような気がすると、リリーティアは思った。
鮮やかで美しい様と優しい香りを纏うハルルの樹と、彼女の愛らしい様とふわりと浮かべる優しい笑みは、どこか似ていると。
「わたし、フレンが戻るまで怪我人の治療を続けます」
「なあ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか?魔物がくればまた怪我人が出るんだ」
ユーリの言葉は一理あった。
結界が機能しない以上、街の人たちは安心して暮らせない。
次はいつ魔物が襲って来るのかと怯えながら日々を過ごすなど、どれほど辛いことだろうか。
容易に休むこともままならない。
「それはそうですけど。どうやって結界を?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりはしないだろ」
「何かほかに理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな。あんたはどう思う?」
「そうだね・・・・・・」
リリーティアはハルルの樹の根本に近づき、無数に伸びる幹にそっと触れた。
そして、その場にしゃがみ込むと樹の根本の土にも触れ、じっと目を凝らした。
「(この土の色・・・、だいぶ魔物の血を吸い込んだみたい・・・)」
リリーティアは口元に手をあてて考え込む。
「お三方、一体なにをなさっているのですか?」
その時、ひとりの老人が近寄ってきた。
それはハルルの街の長であった。
「樹が枯れた原因を調べているんです」
その時、がっくりと肩を落としたカロルが歩いてくるのが見えた。
とぼとぼと重い足取りで一行の横を通り過ぎようとしているのを、エステルが呼び止める。
「あ、カロル!カロルも手伝ってください!」
「・・・なにやってんの?」
覇気のない声で聞くカロル。
相変わらず元気がないようだ。
「ハルルの樹が枯れた原因を調べているんだそうです」
「なんだ、そのこと・・・」
「なんだ、じゃないです」
カロルのそっけない物言いにエステルは眉根を寄せた。
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを・・・」
「ん?どういうことだ?」
「土をよく見て。変色してるでしょ?それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」
「なんと!魔物の血が・・・。そうだったのですか」
街の長が驚きの声を上げる中、表情には出していないものの、リリーティアも内心感嘆してカロルを見ていた。
「カロルは物知りなんですね」
「・・・ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」
エステルの賞賛する言葉にもカロルの様子は変わらずに元気がないままだ。
普段の彼なら、得意げに胸を張って、その表情には隠し切れていない喜びを見せるというのに。
「その毒をなんとか出来る都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど・・・。誰も信じてくれないよ・・・」
ユーリの問いに俯くカロル。
「カロル、教えてくれない?」
俯いて黙り込んでいるカロルに歩み寄り、その顔を覗き込むと、リリーティアは穏やかな声音で聞いた。
カロルは一瞬だけ彼女の方を見やると、戸惑いながらもその口を開いた。
「・・・パナシーアボトルがあれば、治せると思うんだ」
「(パナシーアボトル・・・)」
パナシーアボトルとは、毒や麻痺などの主に体の状態異常を治す薬である。
毒に侵されたであろうハルルの樹に使えば、毒が中和され、樹は元通りの姿に戻るとカロルは考えたようだ。
しかし、パナシーアボトルは人に対して使う物であって、植物に使うということは今まで聞いたことがない。
魔導士としての観点からすれば、その考えはおかしいと思われるだろう。
だが、むしろリリーティアは、魔導器(ブラスティア)専門家である魔導士であるからこそ、カロルの思考に感嘆しているところが大きかった。
その発想は魔導士なら至ることがない考えかもしれないと思ったからだ。
時に常識という知識、いわゆる先入観が邪魔をして様々な考えを潰していることがある。
先入観というのは、新たな可能性を奪うものでしかない。
また思い込みとは違うもので、思い込みは場合によってはプラスに働くことがある。
しかし、先入観はただただ可能性を奪う、マイナスにしか働かないものなのだ。
「パナシーアボトルか。よろず屋にあればいいけど」
「行きましょう、ユーリ!」
「そうだな」
カロルの言葉を聞いたかみたか、ユーリとエステルは薬を手に入れるためによろず屋に向かって歩き出した。
リリーティアも長に一言言ってから、じっと動かないカロルに一緒に行こうと促して、二人の後を追った。
「ねえ」
「?」
先に行ったユーリたちを追いかけてよろず屋に向かう途中、カロルが呼び止められた。
リリーティアが振り向くと、彼は少し不安げな表情を浮かべている。
「・・・・パナシーアボトルで治すのって・・・やっぱりおかしい、かな?」
確かにおかしいといえばおかしいともいえるだろう。
ハルルの樹が枯れているのは魔物の血を吸いこんだから。
リリーティアの見解では、それだけが原因ではないようにも思えた。
だが、今のところそれしか理由が見当たらないため、魔導士である彼女にも今は確かなことが言えなかった。
「やってみる価値は十分にあるよ」
そう、だからこそやってみる価値がある。
それ以外、理由が見当たらないのだから。
リリーティアはカロルに笑みを浮かべると、よろず屋に向かって再び歩みを進めた。
カロルはきょとんとしてその場に立ち尽くしていたが、すぐに彼女の後を追いかけた。
「----------の3つだ。けど、パナシーアボトルを一体なんに使うんだい?先日も同じことを聞いてきたガキがいたんだが」
リリーティアとカロルがよろず屋の傍まで辿り着いた時には、すでにユーリとエステルがその店主と話をしているところだった。
「ハルルの樹を治すんです」
「え?パナシーアボトルを使うなんて聞いたことないけどなあ?」
怪訝な顔で話す店主の言葉にカロルは急に立ち止まる。
そして、そのまま一歩も動かず、その場に俯いて立ちすくんだ。
隣を歩いていたリリーティアもその足を止め、カロルを心配げに見た。
子どもというだけで、どうしてこうも信じてもらえないものなのだろうか。
彼女は小さくため息を吐いた。
「素材が集まったらまた来るよ」
店主との話を終えたユーリとエステルはよろず屋を離れ、店から離れたところにいたリリーティアたちの元へ戻ってきた。
ユーリたちの話によれば、パナシーアボトルは品切れで、素材を持ってきてくれば作ってくれるということだった。
パナシーアボトルを作るのに必要な素材は、『エッグベアの爪』 『ニアの実』 『ルルリエの花びら』 の3つだそうだ。
「カロル、クオイの森に行くぞ」
ユーリはリリーティアの後ろで、背を向けて立っているカロルに声をかけた。
「え?」
「森で言ってたろ?エッグベアかくご~って」
カロルは信じられないとばかりに目を大きく見開いてユーリを見る。
「パナシーアボトルで治るって信じてくれるの・・・?」
「嘘ついてんのか?」
慌ててカロルは首を横に振った。
「だったら、オレはお前の言葉に賭けるよ」
「ユーリ・・・」
カロルは呆然としている。
彼の中では、誰に言っても信じてくれるとは思ってもいなかったのだろう。
その時、リリーティアは遠い記憶を思い出す。
正直不思議に思えるほど、それは鮮明に覚えていた。
それは、自分のことを信じると言ってくれた、あの時の記憶。
会って間もない、まだまだ子どもだった自分の言葉を”彼女”は簡単に受け入れてくれたのだ。
そう、今のユーリのように。
「も、もう、しょうがないな~。ボクも忙しんだけどね~」
その言葉とは裏腹に、カロルは本当に嬉しそうに笑っている。
そんなカロルの様子を、リリーティアは笑みを浮かべて見詰めていた。
まるで自分のことのように嬉しげにして。