第16話 幽霊船
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
難破船での出来事があった、その夜。
あれからは何事もなく、フィエルティア号は順調に航路を進んでいた。
リリーティアは船室から外の甲板へと出た。
船首には『ウミネコの詩』のメンバーのひとりが立っているのが見え、安全な船の運航のために海の様子を窺っているようだ。
「(澄明の刻晶(クリアシエル)も古代の産物のひとつなんだろうか。もし、そうだとしたら・・・)」
彼女はついさっきまで、澄明の刻晶(クリアシエル)についてリタといろいろ話をしていたのだが、
結局は澄明の刻晶(クリアシエル)のことも憶測でしか分からない上、
ヨームゲンという街も聞いた事がない以上、当然のことながらこれといった進展はなかった。
「(ノードポリカについたら一度連絡しよう)」
リリーティアは深刻な表情を浮かべ、音もなく息を吐いた。
空を見上げると、夜空は満天の星で、東の空に欠けた月が浮かんでいる。
波も風も穏やかで、あの難破船での出来事が嘘のように、とても静かで落ち着いた雰囲気の中にあった。
そして、彼女は周りを見渡しながら船の中を歩き始めた。
誰かを探しているようで、それほど大きくない船だから、すぐにその人物を見つけることはできた。
「レイヴンさん」
彼女が探していた人物とはレイヴンのことだった。
彼は船の横側にあたる、船室の壁にもたれ掛かって海を眺めていた。
だが、声をかけるも彼はじっと海を見詰めたままで、何の反応も見せない。
彼女は首を傾げながら、彼に歩み寄った。
傍に立っても、それでも彼はじっと海を遠くに眺めている。
何か考え事をしているなら、声をかけたのは迷惑だっただろうか。
「黄昏れてるおっさんも、絵になるっしょ?」
そう彼女が思ったのもつかの間、レイヴンは片目を閉じて不意にこちらを見た。
なんと言葉を返していいものかと、彼女は苦笑を浮かべた。
「えーと・・・何か悩み事、ですか?」
「もう、そうなのよ~。若人たちについて行けるかどうか、おっさん本気で心配になってきちゃったんだけど。初っ端から面倒事に巻き込まれるなんて、思わず身の振り方を考えちまうわ」
レイヴンはやれやれと首を振っている。
けれど、それはいつもよりもいやに大げさな素振りに見えた。
「それで、どこかでトンズラでもしようかと考えていたってことですか」
「そんなつもりじゃないわよ。でもさ、あんな事は二度とごめんだとも思うでしょ」
「それは、まぁ。・・・いろいろありましたものね」
この広大な海で千年の長い時を彷徨う難破船と遭遇して、扉が開かなくなるといった様々な怪奇的な現象。
これまで見たことのない魔物や、魔物なのかも分からない巨大な敵との戦闘。
アーセルム号と遭遇したことから、いろんなことが起きすぎた不思議な出来事。
「呪いやらおばけやら、ほんと勘弁してほしいわ」
大きなため息をつく彼にリリーティアは小さく笑みをこぼした。
「レイヴンさんも意外とああいうの苦手なんですね」
「えー、・・・そういうリリィちゃんはどうなのよー?」
レイヴンは頭の後ろで手を組むと、心外だとでもいうように笑う彼女に向かってジト目を向けた。
「そう、ですね。あの時はみんな一緒でしたから・・・」
船内を探索している間は、あまり怖いと感じてはいなかった。
それもこれもみんなと一緒だったからそういった恐怖感が和らいでいたのだろう。
その上、あの時は髪飾りのこともあり、そのことに心が捉われていたのもあった。
そう考えると、改めてどちらかと言われると、自分も苦手なほうだろうか。
あまりにエステルがユーリたちのことを気にしていたから、あの時は、一人で行ってくるとは言ったものの、
実際あの不気味な船の中を一人でとなると-------うん、正直行きたくはない。
「私も人のことは言えませんね」
リリーティアは困ったように笑った。
今回のような、明らかに怪奇現象が起きる危険な場所など、正直出来ればもう行きたくはない。
その時、レイヴンが何か閃いたかのように、手をポンと叩いた。
「なんなら、今夜はおっさんが添い寝でもしてあげよっか?」
”あんなことあって、コワくて眠れないんじゃない”
にっと笑うレイヴンに、リリーティアは思わず一瞬言葉が詰まるも、すぐにその目は半目になって呆れた表情を浮かべた。
「・・・わかりました。そうリタに、伝えておきますよ」
”優しいですね、レイヴンさん”
最後にそう言葉を続けて、彼女は満面の笑顔を返してみせた。
だいぶリタの名前を強調して。
「ちょ・・・!や、やめてよ!それ、下手したら永遠の眠りについちゃうから・・・!」
「絶対言わないでよ」と、レイヴンは顔を青ざめながら声を上げた。
彼のその慌て様に、冗談だと言いながらも彼女は口元に手をあてて笑った。
「ほんと、リリィちゃんには敵わないわ」
首の後ろに右手を当て、海に視線を移しながらレイヴンは呟いた。
彼に倣ってリリーティアも海を眺めると、しばらくしてから再び彼に視線を戻した。
「あの、・・・すみませんでした」
「ん?なんか謝られるようなことあったっけ?」
突然の謝罪の言葉に、レイヴンはきょとんとしてリリーティア見る。
彼女が言ったのは、髪飾りのことだった。
アーセルム号からこの船に戻ってから、ずっと髪飾りのことを謝りたかったのである。
不本意とはいえ髪飾りを失くしてしまったことを、彼女はずっと気にしていた。
「はは、何言ってんの。あれはリリィちゃんのせいじゃないでしょうに」
だから謝ることはないと、彼は言った。
「まぁ、なんて言うの。・・・・・・あんがとね」
彼の口からこぼれた感謝の言葉に、リリーティアは目を瞠った。
「髪飾り、大切にしてくれててさ」
けれど、彼女はその言葉には戸惑い、どう言葉を返すべきなのか分からなかった。
確かに自分にとって大切なもので、そして、ずっと大切にしてきた。
それでも、どうしてもその感謝の言葉を素直に受止めることが出来なかった。
「いえ。ですが、私は・・・」
大切にすると言っておきながら、あの時自分はすぐに諦めてしまったのだ。
正確には諦めたつもりではなかったが、ユーリたちを探すことを優先して髪飾りのことを二の次としたことは、リリーティアとしてはやりきれない気持ちで、何より罪悪感に近いものがあった。
自分のことのように必死なってくれたエステルは、最後まで諦めずに、髪飾りのことを常に想ってくれていたというのに。
「あんな無茶をしてまで、取りに行こうとしたのには驚いたけど」
「あ、あれは・・・」
リリーティアは言葉を詰まらせると、すみませんとただ謝ることしか出来ず、彼女は目を伏せた。
冷静さを欠いていたつもりはなかったのだが、今思えば無謀なことをしようとしていた。
明らかに、皆に迷惑がかかることをしようとしていたのだ。
愚かな行動だったと、彼女は自分を恥じた。
「でもさ-------、」
レイヴンは一度目を閉じる。
そして、その顔を上げた。
「-------それだけ大事にしくれてるってことでしょ」
彼も分かっている。
『お願いですから、行かせてください』
あの時、あんな無茶な行動を取ろうとしてまで、髪飾りを取りに行こうとしていたことの意味を。
その行動に、はじめは驚いたが、彼は何よりも嬉しかった。
大切にしてくれているのだと、その言葉、その行動、すべてに感じられられたのだ。
それは、自惚れでも勘違いでもないと、彼にもはっきりと言えた。
彼女は本当に髪飾りを大事にしてくれているのだと。
そして、探すことにこだわるエステルに反して、髪飾りのことを諦めたことの意味も。
それもすべてはユーリたちのことを考えていたからこそだ。
誰よりも髪飾りを探したかったのは、彼女自身だっただろう。
エステルが髪飾りを探すことにこだわる度に、彼女はどこか思いつめているような・・・・・。
レイヴンにはそう感じた。
何を言ってもエステルが髪飾りを探すことを諦めなかったのも、彼女を想ってのことだとは分かっている。
けれど、そんな想いとは裏腹に、それは彼女をただ苦しめているような気がしてならなかった。
『そのへんにしといてあげてよ』
だから、黙って成り行きを見ていた彼は、あの時思わずエステルを止めたのだ。
そして、髪飾りが無事に戻ってきた時。
彼女はそれを、胸の中で両手で包み込むように大事に握り締めていた。
慈しむように、心から大切に。
それはまさに、あの時と同じだった。
エフミドの丘で髪飾りを渡したあの日、大切にすると言っていた、その時と。
彼女は、あの時と変わらず、ずっと大切にしてくれている。
それがどれだけ嬉しいことか。
「だから、謝ることなんてないわよ」
彼はにっと歯を出して、おどけた笑顔を向けた。
その時、リリーティアは思い出した。
『そんだけ大事にしくれてたら、送り主もさぞ嬉しいことだろうねえ』
それは、ダングレストで装飾品を営んでいたあの女店主の言葉。
確かに彼は喜んでいてくれていた。
その言葉通りに。
あの頃と同じ、おどけた笑顔を浮かべながら。
それはまた、エフミドの丘で見た笑顔と同じで。
「ありがとうございます、レイヴンさん」
そして、彼女も笑った。
それもまた、あの丘で見せた表情(もの)と同じ、あどけない笑顔だった。
瞬間、リリーティアの髪が一瞬仄かに煌いた。
そこには、いつもと変わることなく、髪飾りが小さく揺れていた。
第16話 幽霊船 -終-