第16話 幽霊船
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
外に出ると、そこは3段目になる甲板の上だった。
リリーティアたちが折れた帆柱(マスト)を渡ってのぼった甲板が2階だったが、そのひとつ上層にあたる甲板だ。
「ここから下に降りられればいいんだけどなぁ・・・」
甲板の下を見下ろすカロル。
飛び降りられないこともないのだが、下階の甲板まではそれなりの高さがあった。
「はい。これでなんとかなるんじゃない」
ジュディスがさっきの部屋から出てくると、その手には縄梯子を持っていた。
部屋の中にあったらしいのだが、朽ちてもいなく使えそうだった。
この船が漂流して千年以上も経っているのに不思議な話ではあったが、
すでに何度か不可思議なことが立て続けに起きているため、気に留めるだけ無駄のようにも思えてきた。
「よし。これで船に戻れるね」
縄梯子をかけると、カロルはその梯子を使って降りようとした。
「あ、あの!ちょっと待ってください」
エステルが声を上げ、一行は一斉に彼女のほうへと顔を向けた。
彼女の手には紅の小箱が大事に抱えられている。
「やっぱり、髪飾りを探しましょう。・・・ねえ、リリーティア」
エステルはどうしても髪飾りのことが忘れられなかったのだ。
彼女は真剣な眼差しでリリーティアを見た。
「確か、この船の1階に落ちたかもしれないんだったか?」
ユーリの言葉にエステルが頷いた。
リリーティアの大切なものなのだと彼女はユーリにたちに話す。
「だったら、ボクたちが入ったあの扉から行った方がいいのかなぁ」
カロルが言う扉とは、一番下の甲板からさらに下に降りた先にある扉のことを言っていた。
リリーティアたちが確かめたときには扉が閉まっていた場所である。
とりあえずは、今その扉が開いているかどうか確かめてみてから、どうするか決めてはどうかと話し合った。
しかし、そんな中、それを一番に反対したのは、髪飾りの持ち主であるリリーティアだった。
「それよりも、今は早くここを出たほうがいい」
もしも、また船内に戻るとして、次もこうして無事に出られるか分からないのだ。
この怪奇的な事が起きる場所では何が起きるのか予測も出来ない。
それはつまり、次は閉じ込められる可能性だってあるということだ。
「だから、わざわざそんな危険を冒すことなんてない」
それに、ここでくずくずしていると、またあの骸が襲ってくるかもしれない。
そう説明しても、エステルはやはり納得できない様子だった。
大切にしているのを見ているからこそ、余計に彼女は納得できなかったのだ。
もちろん、リリーティア自身も、納得しているつもりはない。
「リリーティア、お願いです。諦めないで下さい」
まして、諦めたつもりだってないのだ。
本当なら、誰よりも一番に探しにいきたい。
今すぐにでも。
「みんな一緒ならきっと大丈夫ですから」
エステルはそう言って微笑んだ。
確かに、そうかもしれない。
”どんなことがあっても、きっとどうにかなる”
ユーリたちと一緒にいると、そんな根拠もないことを思うことがある。
どんな時もまっすぐなのだ、彼らは。
そして、彼女も。
リリーティアは目を伏せた。
けれど、結局それは、根拠がないことでしかない。
保障はないのだ、どこにも。
ならば、彼らが”確実”に無事であるためには-------。
「髪飾り、探してみましょう-------」
「嬢ちゃん、そのへんにしといてあげてよ」
さっきからその様子を黙って見ていたレイヴンが不意にその口を挟んだ。
「レイヴン?」
エステルが見ると、レイヴンはどこか困ったような笑みを浮かべている。
その瞳も少しだけ憂い帯びたものを感じて、いつもと様子が違う彼にエステルは戸惑った。
----------コン、・・・コトン
そんな時、何か音が響いた。
「今、何か音、しなかった?」
カロルが足元をきょろきょろと窺う。
皆も周辺の床を見渡した。
その音は、床に何か転げ落ちたような音に似ていて、妙に耳にはっきりと聞こえた。
「何も、落ちてはいないわね」
「ワンワン!」
ジュディスが首を傾げた直後、ラピードが吼えた。
下の甲板に向かって吼えている。
どうかしたのかとユーリが下を覗き見た。
「ん?・・・あれは」
ユーリの呟きに、リリーティアもそこを見た。
瞬間、彼女ははっとすると、その場で片膝を突き、体を乗り出しながら食い入るように下の甲板を見詰めた。
その視線の先にあるのは、----------小さな薄桃色。
「(まさか・・・!?)」
彼女は縄梯子を使うこともなく、下の甲板へと躊躇なく飛び降りた。
身軽に着地すると、膝をついてその薄桃色を凝視する。
一輪の花が彫られた薄桃色。
小さな深紅の石。
2本の白い羽
小さなふたつの花。
「(私の髪飾りだ・・・)」
見間違うはずがない。
それは確かに、いつも髪につけていたもので。
あの時、あの丘で彼からもらったもので。
リリーティアはそっと、髪飾りを両手に持った。
「リリーティア!」
エステルの声。
他の皆も下に降りて、リリーティアのもとへと駆け寄った。
「それって・・・」
「ティア姐の髪飾りなのじゃ」
カロルとパティが彼女の手元を覗き込んだ。
「ちょっと、どうしてそれがここにあるのよ」
リタが信じられないという目でそれを見る。
これはあの時に船内の廊下で、しかも2階から落ちたはずだ。
「じゃあ、さっきの音は、これがここに落ちた音ってことか?」
どうして、その音が今になって響いたのか。
思えば、妙に耳にはっきりと響く音だった。
まるで自分たちに”ここにあるよ”と知らせるように。
「ねえ。ここで・・・落としたんじゃないんだよね?」
あまりに不思議なことで信じられず、あの時傍にいなかったカロルは窺うように尋ねた。
けれど、リリーティアたち側からすれば、それは違うとはっきりと言えた。
確かにあの時、船内の廊下で魔物に襲わて、髪飾りが外れたのだ。
「どういうことかしら。おかしいわね」
ジュディスが頬に手を当てて呟いた。
怪奇なことが続くこの船の中で、一番不可解な出来事だ。
誰かがここまで運んできたとでもいうのか。
自分たち以外、誰がこの船にいるというのだろう。
どう考えても、なぜ髪飾りがここに落ちていたのか説明がつかなかった。
とはいえ、それよりも何よりは・・・。
「でも良かったです。髪飾りが無事に戻ってきて」
エステルは膝をついて、リリーティアの手におさまった髪飾りを見詰めると、ほっと安堵した笑みを浮かべた。
リリーティアも口元に笑みを浮かべると、その目を閉じた。
「ええ。本当に・・・-------」
----------良かった。
そして、髪飾りを胸の中でぎゅっと強く、それでいて優しく、両手で包み込むように握り締めた。
なぜここにあるのかは分からない。
けれど、髪飾りは無事に戻ってきた。
「良かったですね、リリーティア。わたしも嬉しいです」
リリーティアは顔を上げて、エステルを見た。
彼女は満面の笑みでこちらを見ている。
本当に喜んでくれているのが分かった。
それはまるで自分のことのように、心から。
「(あなたは、本当に・・・)」
リリーティアは微笑んだ。
「ありがとう、エステル」
「え・・・?」
感謝の言葉の意味が分からず、エステルは目を瞬かせた。
「髪飾りのこと、ずっと諦めないでいてくれて」
だから、こうして無事に戻ってきたのかもしれない。
ずっと忘れずに、諦めずに、髪飾りのことをその心に想っていてくれたから。
「そんな、わたしは何も。それに、それは・・・」
リリーティアにとって、とても大切なものだから。
だから、どうしても諦められなかったのだと、少し照れながらエステルは言った。
「きっと、エステルの想いがこうして引き合わせてくれたんだね」
私と、この髪飾りを。
それもまた、根拠もないことだけど。
本当にそう思えた。
そして、リリーティアは満面の笑顔を浮かべたのだった。