第16話 幽霊船
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階段を上がると、そこは広い部屋だった。
上がってすぐ左に扉があったがそこも開かず、他に出口はないか部屋の中を見てまわっていく。
その部屋にも一枚の大きな鏡が張られていて、それもまたあの廊下同様に奥に部屋があるような錯覚を起こさせた。
壁の隅には本棚があったが、ほとんど朽ち果てていて、
床に散乱している書物が辛うじて残っているが、表紙も中身もボロボロのようで中身は読めそうにもない。
部屋の奥を見ると、装飾が彫られた広い机と椅子があった。
「ひぃっ・・・!」
カロルが身を引いて、短く悲鳴を上げる。
その机の上に、突っ伏している白骨化した屍体があったからだ。
帽子と服は形残っていて、身なりからしてこの船の船長だったのではと窺わせた。
ユーリはその屍体に近づくと、机の上に広げられたままになっている本があることに気づいた。
「アスール暦232年、ブルエールの月13?」
それは、どうやら日誌のようだ。
「アスール暦もブルエールの月も<帝国>ができる前の暦ですね」
ということは、千年以上も昔の日付ということだ。
エステルは続けて、日誌を読み上げ始めた。
「『船が漂流して40日と5日、水も食糧もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に澄明の刻晶(クリアシエル)を届けなくては・・・。
魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶(クリアシエル)があれば、街は助かる。澄明の刻晶(クリアシエル)を例の紅の小箱に収めた。ユイファンにもらった大切な箱だ。
彼女にも、もう少しで会える。みんなも救える』」
その記録によれば、この船はその澄明の刻晶(クリアシエル)というものを届ける途半ばで遭難し、望み費えたらしい。
「・・・結局、この人は街に帰れず、ここで亡くなってしまわれたんですね・・・」
「そんな長い間、この船は広い海を彷徨っておったのじゃな。寂しいのう・・・」
エステルとパティがこの船の持ち主のことを想う中、リリーティアは訝しげな顔でその日誌をじっと見詰めていた。
その日誌に記されていることを信じるならば、ただの木造船が千年もの間を、朽ち果てもせず発見もされず、大海を彷徨っていたということだ。
それはあまりに信じ難いことであった。
「澄明の刻晶(クリアシエル)ってのは?」
「知らない」
ユーリの問いにリタが首を横に振った。
そして、リタの視線にリリーティアも同じように首を振った。
これまで様々な古い文献を読んできたが、その言葉はどの文献にも載っていなかった。
<帝国>ができてからの文献がほとんどだから、<帝国>ができる前の時代には日常的に使われていた言葉なのかもしれない。
魔物を退ける力を持つということは、結界のようなものと考えてもよさそうだった。
「なんか大切そうに抱えてるわね。これが紅の小箱かしら?」
白骨の顔を覗き込んでいたジュディスが、その屍体の腕の中に紅い箱があることに気づいた。
日誌によると、ユイファンという女性からもらった大切な箱らしいが、
ここに澄明の刻晶(クリアシエル)が入っているということになる。
「お、おっさん、取ってよ・・・!」
「イ、イヤだっての。何言い出すのよ、まったくこの若人は」
リタがレイヴンの背中を押して、小箱を取るよう促している間に、
ジュディスが何のためらいもなく白骨の腕から箱を取りげた。
「はい。どうぞ、おじさま」
そして、それをレイヴンへと差し出した。
最期までよほどしっかりと抱えていたのだろう、彼女が取り上げた箱には白骨の腕が一本ぶら下がっている。
「うひゃぁ。ジュディスちゃん、大胆だねぇ」
「呪われちゃうかしら」
驚き仰け反るレイヴンにその箱を渡すと、ジュディスは笑顔で白骨の腕を掲げてきゅっと握ってみせた。
怪奇的なことも笑顔で楽しむジュディスのその行動に、リリーティアは半ば感嘆しながら可笑しげに笑みを浮かべた。
箱を受け取ったレイヴンがその箱を開けようとしたのだが、鍵がかかっているのかそれは開かなかった。
周辺を探してみたが、どこにもその箱の鍵らしきものは見当たらない。
「ひっ・・・!」
そんな時、カロルがまた小さく悲鳴を上げて、皆が一斉に彼を見た。
「ちょ・・・あ、あ、あ、あれ・・・」
狼狽えているカロルの指差す方を見ると、皆が驚きに目を見開いた。
部屋にある一枚の大きな鏡の中に、巨大な骸骨が漂っているのだ。
「な、なな、何なのよ!あれは!」
リタは身を引いて、それを見上げた。
姿はまるで騎士のような鎧の格好で、その胸元は目を光らせた大きな髑髏(どくろ)になっており、顔の部分の髑髏もあるから、その姿は大小二つの顔があるようなものだった。
右肩はボロボロな赤茶色の外套(マント)を纏っていて、骨の左手には船の錨(いかり)に形似た大剣が握られている。
その姿は、どこか戦士を思わせるような姿だった。
何より驚くべきなのは、その巨大な体躯である。
その骸(むくろ)の戦士は、どう見ても全長3メールはあるのだ。
「今までの魔物とは少し違うようね・・・」
「こんなの、魔物なんてもんじゃないよ!」
ジュディスとカロルが言う。
骸の戦士から放たれる異様な空気と、そのおぞましさは、どう見ても魔物の一種だとは思えなかった。
すると、それは鏡の中から出てきて、その体から赤い光が放ち始める。
「きゃっ・・・!」
異様な光に、リタが思わず声を上げた。
リリーティアは反射的に〈レウィスアルマ〉を引き抜くと、武器を構える。
「幽霊船にふさわしい親玉じゃねぇか」
「ワンワンワォーン!」
すぐにユーリも剣を抜き放ち、ラピードも短剣を口に引き抜いた。
瞬間、骸の戦士は大剣を持った手を横に構え、広範囲に払いながら襲ってきた。
一行は急いで後ろに下がり、その骸から一定の距離を取った。
「逆だったのかしらね」
「なにが!?」
震える手で大槌(ハンマー)を手に持ちながら、カロルがジュディスに叫んだ。
「あの箱の中身が、魔物を引き寄せてるってこと」
そう言って、ジュディスも槍を手に構える。
「やっぱ幽霊なんかね、こいつぁ」
「も、もう、なんでもいいじゃない!倒す・・・倒すわよ!!」
そして、レイヴンやリタもそれぞれに体制を整え、エステルも細剣を手に構えた。
「・・・・・・むむ・・・?」
その中でパティだけが、愛用の武器である銃を手にしながら、訝しげにその骸を見ており、どこか様子がおかしかったのだが、目の前の脅威に誰もそれには気づくことはなかった。
骸は何度か大剣を振り下ろすと、外套(マント)の下に隠れていた右手を突き出した。
突き出されたその手には少し大型の銃が握られていて、その銃口が火を噴いて弾丸が放たれた。
前衛にいたユーリ、ラピード、ジュディスは瞬時に後退し、どうにかその銃弾を避ける。
そこへ、中後衛にいたリリーティアやリタがいくつか魔術を放って攻撃を仕掛けた。
「あ、あんま効いてなくない?」
カロルが一歩身を引きながら言う。
魔術が襲っても相手は微動だにせず、怯んだ様子さえ見せなかったのだ。
「そもそも幽霊に攻撃が効くもんなのかも怪しいしねえ」
「ふざけたこと言ってないで倒すのよ!」
軽口を叩くレイヴンにリタは怒り叫んだ。
骸の敵は全ての動作は流れるように速く、隙がない。
そのため前衛にいるユーリたちは物理的な攻撃を仕掛けることがなかなか出来なかった。
骸は容赦なく大剣を振り上げ、立て続けに薙ぎ払うと、また銃を構えた。
「させないのじゃ」
すかさずパティが、相手が放つ前に銃弾を連射する。
骸はすぐに横へと避けたが、銃弾が当たったのだろうか、一瞬僅かに怯んだように見えた。
瞬間、敵はまた赤い光を放ち始め、そのまますっと後ろに下がっていく。
「・・・!?」
はっとしたパティがそれを追いかけようと駆け出した。
「逃げるのじゃ」
「待て。別にあの化け物と白黒つけなきゃいけないこともないだろ」
骸は再び鏡の中へ入っていくと、その体が煙のように消えていった。
一行はしばらくの間、骸が消えた鏡の中を見ていたが、
現れる様子がないと分かると警戒を解いて、それぞれに手に持っていた武器を仕舞った。
「なんだったんだ、今の」
「勘弁してよ、もう」
骸が消えた大鏡をじっと見ながら、ユーリが呟いた。
レイヴンも疲れた様子で肩を落とし、重いため息をつく。
「じゃあ返してあげる?あの人に」
「返したほうがいいって!」
ジュディスが机の上に置いた澄明の刻晶(クリアシエル)を指差さすと、
カロルが何度も頷いて賛同の声を上げた。
「あの・・・わたし、その澄明の刻晶(クリアシエル)をヨームゲンに届けてあげたいです」
一行がこの箱をどうしようか考えていた時、
エステルが望みが費えた彼の代わりに、その箱を届けてやりたいと言い出した。
「なに言い出すのよ!あんた本気で言ってんの?!」
「だめだよ。エステル。基本的にボクたちみたいなちっちゃなギルドは、ひとつの仕事を完了するまで次の仕事は受けないんだ」
これにはさすがに他の面々も口々に反対した。
エステルが尚も締め切れない中、ユーリは何も言わずにその様子を見ている。
それはリリーティアも同じだった。
「あら?またその娘の宛もない話でギルドが右往左往するの?」
「ちょっと!あんた、他に言い方があるんじゃないの!?」
自分が言うのはよくても、他の誰かがエステルに厳しいことを言うのは許容できないのか、リタはすごい剣幕でジュディスに噛み付いた。
「リタ待って・・・。ごめんなさい、ジュディス」
エステルはジュディスに向き直ると頭を下げた。
「でも、この人の想いを届けてあげたい・・・。待っている人に」
やはり彼女のその性格では、今回のこともひどくこだわっている。
埒が明かないその様子に、黙って様子を見ているリリーティアも口を挟もうかどうか悩んだ。
彼女の気持ちも分からないわけではないが、千年も前の話だ。
届け先であるヨームゲンという町の名も誰も聞いたことがない。
受取人はユイファンとあったが、その子孫が残っているかどうかさえ大いに疑わしい。
「あたしが探す」
突然、リタが言った。
「リタ・・・」
エステルは驚いてリタを見る。
「フェロー探しとエステルの護衛、あんたたちはあんたたちの仕事やりゃあいいでしょ。あたしは勝手にやる」
リタは、『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』が依頼を優先するなら、澄明の刻晶(クリアシエル)を届けるのは自分がやるという。
合理的な考えであるはずの彼女らしくない言葉には少し驚いたが、
彼女がエステルのこと大切に想ってくれていることを感じて、リリーティアは嬉しかった。
「じゃ、ボクもつき合うよ!」
「暇なら、オレもつきあってもいいぜ」
「ちょ、ちょっとあんたたちは仕事やってりゃいいのよ!」
すると、さっきまで反対していた彼らが、あっさりと賛同し始める。
今まで黙っていたユーリでさえも、この時は一緒になって同調した。
「どうぜ、オレたちについてくんだろ。だったら、仕事外として少し手伝う分にゃ、問題ない」
エステルではなく他の者がするというのなら、それはまったく別の話。
そういう理屈のようで、ユーリがそう言い出すに及んで、この話は決したようだ。
「ありがとうございます」
エステルは笑顔を浮かべ、皆に頭を下げた。
「若人は元気があって良いねぇ」
レイヴンがやれやれと顎撫でながら言うと、その隣でパティがうんうんと頷いている。
「みんな仲がよいのじゃ。リタ姐いいのう」
「あ、あたしは喜んでなんてないわよ」
「そうなのかの?」
照れているのかそっぽを向いたリタにパティは首を傾げると、隣にいたリリーティアを見上げた。
「ティア姐も嬉しそうなのじゃ」
「ええ、そうだね」
その言葉通りに、リリーティアはパティに笑みを浮かべて頷いた。
エステルをたしなめつつも、その望みを叶える為に皆で知恵を絞る。
申し合わせた訳ではないだろうが、彼らはとても息が合っていた。
それが彼らの流儀でもあり、絆なのだろう。
そんな彼らの姿を見る度に、リリーティアの顔には自然に笑みが浮かんだ。
ほんの少しだけ眩しさを感じることもあるけれど。
「・・・ん?」
ふとレイヴンが窓の外に視線を向けた。
「どうかしました?」
「外になんか煙みたいなのが・・・」
窓の外を覗いて見ると、フィエルティア号から煙の尾を引く光が射出されていた。
「お、発煙筒か?駆動魔導器(セロスブラスティア)、直ったか?」
「でも、来た道、戻れなくなっちゃってるわよ。どうすんのよ」
この部屋の唯一の扉はさっき確かめた時、開かなかったのだが、
カロルが試しに、もう一度その扉を調べてみた。
「あれ?さっきまで鍵がかかってたのに・・・?」
カロルが目を瞬かせた。
どういうことか、その扉はあっさりと開いたのだ。
「・・・ははあ、呪いが解けたな」
レイヴンが天井を仰ぎながら呟いた。
「そ、そんなわけないでしょ!?バカ言ってないで行くわよ!」
「へいへい」
呪いかどうかはわからないが、確かに不可解なことではある。
とはいえ、一行はとにかくその扉から船の外へと出たのだった。