第16話 幽霊船
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中にはいると、そこは広い廊下だった。
全体的に薄暗いが光照魔導器(ルクスブラスティア)がなくても足元は意外とよく見えた。
なぜなら、それは廊下の壁に灯りが点々と点いているからだ。
リリーティアたちは、まずそれに驚いた。
この船の乗員たちは誰もいないはずなのに、船内に灯りが灯られているなどおかしい。
ましてユーリたちが灯したなんてことも考えられない。
何よりその照明は青白いのだ。
その淡く揺れる灯に、船内は更なる不気味さを醸し出していた。
「ユーリたちは心配ですが、さすがにこの雰囲気は、ちょっと怖いですね・・・」
「あ~、面倒くさい、面倒くさい。あいつら、自力で出てきてくんないかねえ」
「もう、結局あたしまで行かなきゃなんなくなったじゃない。追いついたら絶対文句言ってやるんだから」
この異様な雰囲気の中、リリーティアたちは周りを警戒しながら廊下の奥へと進んでいた。
所々、床が抜けている箇所があり、落ちないよう気をつけながら歩いていく。
その間、ずっとリタがぶつぶつとひとり文句を言っているのだが、それも怖さを紛らわせるためなのだろう。
時折会話を交わしながら先へ進むと、突き当たりに扉があった。
その扉を開き中へ入ると、そこもまた同じような幅広い廊下だった。
けれど、ただこの廊下はさっきとは違って異様な造りをしていた。
「何なのよ、この鏡・・・」
それは、片側の壁だけに鏡が張ってあったのだ。
柱と柱の間に張られたその巨大な鏡は、廊下が続くその先まで続いているらしい。
この雰囲気の中にあるからか、それは異様な光景に見えた。
何のためにこうした造りにしたのだろうと、一行は訝りながらも廊下を進んでいく。
「向こうの奥にも部屋があるような、変な錯覚を起こしそうです・・・」
「・・・・・・だから、こういう造りにしたのかもしれないね」
「どういうことかの?」
この船がどのくらい昔のものなのか分からないが、
今よりも遥か昔は積荷や財貨を狙う海に生きる盗賊たちが多くいたという。
その者たちが船を襲撃された時の対処のひとつとして壁を鏡張りにし、
エステルが言ったその錯覚を利用して敵を混乱させて戦闘を優位に立たせていたのかもしれない。
その上、鏡に映った自分が誰かの影だと惑わされることもある。
鏡から引き起こされる錯覚のそれらを利用した、一種の防衛対策ではないかとリリーティアは説明した。
彼女の推察に皆がなるほどなと頷いた。
現に今も、鏡に映っている自分たちの姿に違う何者かが映っているのではと、はっとさせられることがある。
特にこの雰囲気の中でのそれは、怪奇なものが映り込んでいると思わずにはいられなくなるのだ。
「こんな造りだし、迷わないように気をつけないといけないわね」
「なに、張り切って行くのじゃ」
途中、鏡張りの壁の反対側に扉があって、そこを覗き込んでみるもユーリたちの姿はない。
その部屋の片壁にも鏡になっており、そのせいで実際の広さよりも倍あるような広い部屋に見えた。
特に何も起きることなく進んでいくと、突き当たりにまた扉があった。
その扉を潜ると、さっきとまったく同じ造りの広い廊下がまた続いていた。
「お宝~、お宝~」
ユーリたちを探す中、相変わらずパティはお宝を探して、あたりを忙しなく動きまわっている。
皆と離れて建物の隅から隅まで探索する彼女に、リタは呆れた視線を向けた。
「まったく、ユーリたちを探すためなんだから、寄り道ばっかりしないでよ」
「分かってるのじゃ」
と言いながらも、パティはあちらこちらと動き回っている。
「まったく分かってないわね」とリタはため息をついた。
「そんなにアイフリードのお宝はすごいものなんです?」
「もちろんじゃ。お宝の中のお宝なのじゃ」
パティはそう言いながら、床が抜けた穴を怖がる様子もなくひょいっと飛び越える。
どこか危なっかしくて、見ていて少し心配である。
「はぁ、付き合いきれないわ」
「いいんじゃないの。ちょっとぐらい寄り道したって。その変わり、お宝あったら山分けよ」
「8:2で手を打つのじゃ」
その配分にレイヴンは不満げな声をあげた。
挙句にはお宝の配分について二人はあれやこれやと言い始める。
そんな後ろの騒がしい声に、先頭を歩くリリーティアは、この不気味な雰囲気の中にいてもあまり怖くなくなってきた。
「(ん?今、何か・・・)」
そんな賑やかさの中、彼女は突然その足を止めた。
不意になにか空気が変わった気がしたのだ。
それは気配を感じたのと似ている。
「っ!?・・・ぁあっ!!」
その悲鳴と同時に、リリーティアの体は勢いよく左側へと吹き飛んだ。
「リリーティアっ!?」
悲鳴に近いエステルの声が響く。
突然、右側から強い衝撃を受け、それと同時に体が吹き飛ばされたリリーティアは、何が起きたかわからないまま、転がるようにして床板に何度か体を打ち付ける。
その時、床に体を打ち付けた音の他に、何か別の高い音が彼女の耳に響いた。
一体何が起きたのかと考える間もなく、そして、体の痛みも気に留めず、
彼女はまさかと思いながら、床に手をついて慌ててその上体を起こし、その顔を上げた。
「あ・・・!」
目に飛び込んできた光景に、彼女はこれ以上ないほどに目を瞠った。
いつも着けている髪飾りが宙を待っていたのである。
さっきの衝撃で髪から外れてしまったらしい。
そして、そのまま暗い穴の中に吸い込まれるようにして、音もなく消えてしまった。
髪飾りは運悪く床穴に落ちてしまったのだ。
リリーティアはさっと顔色を変え、急いでその床穴を覗き込もうとしたのだが、
「リリーティア、怪我は・・・!」
エステルの声にとっさに立ち上がるのを止めて、そっちを見る。
ひどく慌ててこちらに駆けてくるエステル。
途端にリリーティアははっとして、信じられないものを見たかのように、さらにその顔色を変えた。
「エステル、後ろっ!」
その声と共に、リリーティアは床を蹴って駆け出した。
「え・・・?」
エステルは足を止めて振り向いた。
だが、そこには何もいなかった。
どういうことなのかと思った瞬間、彼女も目を見開いて気づいた。
そこには何もいないが、確かに”何か”いるのだ-------鏡に映る自分自身の前には。
正確には、その”何か”のせいで鏡の中の自分が隠れていた。
人ひとり以上の大きく白いものがふわふわと浮いている、その”何か”によって・・・。
鏡にしか映らないその白い”何か”は、よく見ると腕のようなものを振り上げていた。
未だ状況がうまく呑み込めないまま、リリーティアはエステルの腕を掴んで抱き込むと、目に見えない”何か”に背を向けて、彼女を来るべき衝撃から守ろうとした。
---------------ギャア!
すると、魔物らしき悲痛な啼き声が背後に響き、リリーティアは背後を振り返る。
そこには鏡にしか映っていなかった”何か”が、実際にそこに現れていた。
「(ま、もの・・・?!)」
そう思ったのもつかの間に、その”何か”の体に閃光が走った。
そして、廊下の隅へと吹っ飛ぶと、それ以上それは動くことはなかった。
「はぁ・・・あたってくれてよかったわ」
その声に見ると大きく息を吐きながら、レイヴンが武器を仕舞っていた。
どうやら彼があの”何か”を倒してくれたらしい。
リリーティアもほっと安堵の息を吐いた。
「リリーティア、大丈夫です?!」
エステルがすごい慌てようで、リリーティアの体のあちらこちらを確かめる。
その慌てぶりに戸惑いながらも、何度も大丈夫だとリリーティアは頷いた。
それでも心配を隠せないエステルは治癒術を施した。
「あ、あれって魔物、なの・・・?」
「急に現れたように見えたのじゃ」
廊下の隅で倒れている魔物らしきそれを見詰めるリタとパティ。
それは、丸い形の大きな顔で、まるで白い布を頭から被っているような姿だ。
腕は長く垂れ下がり、首にはぼろぼろの汚れた布が巻かれている。
ギザギザ形の大きな口に、つりあがった目の中にある瞳は橙(オレンジ)色だった。
姿形はこの目で見えず、鏡にだけその姿を認識出来る不思議な生態のようで、それでも実態はちゃんとあるらしく、何か衝撃を当てるとその姿を現すという不思議な魔物であるようだ。
初めて見る魔物を前に二人が話している中、リリーティアははっとしてその場を駆け出した。
彼女は床穴の近くで手をついて跪くと、その穴を深く覗き込む。
その行動にレイヴンはぎょっとした。
「ちょ・・・!リリィちゃん、何してんのっ?!」
そのまま落ちてしまいそうなほど、穴の中に顔を深く突っ込んでいるリリーティアに、彼は急いで駆け寄ると、彼女の腕を掴んで慌てて引き上げた。
半ば引きずられて強く後ろに引っ張られた彼女は、それでも体を前にして穴を覗き込もうとしていた。
「落ちたらどうすんのよ!」
「で、ですが・・・髪、飾りが・・・」
「へ?」
愕然として床穴を見詰めるリリーティア。
彼女の髪を見ると、確かにいつもあるはずの髪飾りがそこには付いていなかった。
さっき魔物に襲われた時に髪飾りが外れてしまったようで、そのまま床穴に落ちてしまったらしい。
リリーティアは両膝を突いたまま、手をついて床穴の方をじっと見詰め続けている。
あの髪飾りは彼女にとってとても大切なもの。
これまでだって肌身離さず着けていたのだ。
それに比例して、彼女は今すぐにでも取りに行きたい衝動に駆られた。
じっと暗闇を見詰めていた彼女のその顔が、不意に何やら覚悟したようなものに変わった。
「すみません。私、ちょっと取りに行ってきます」
そのために単独に行動を起こすこと、必ずフィエルティア号に戻ってくることを伝えると、リリーティアはその場を立ち上がり、床穴に向かって進み歩く。
「って、待て待て!まさかここから飛び降りるつもり?!」
まさかと思いながら、レイヴンは彼女の腕を掴んで引き止めた。
彼女はそのまさかのつもりで、この穴から直接下へ降りて、落ちた髪飾りを拾おうとしているらしい。
「そんな危ないことしないでください!」
「そうよ!あんた死ぬつもり!」
もちろん、そんなつもりはない。
外観から見た船の造りからすると、下の階もおそらく今いる部屋の天井の高さとほぼ同じ造りだろう。
その程度なら飛び降りても平気だ。
さっき穴の中をよく見たところ、暗闇の中から微かに青白い光が浮かんでいるのも見えた。
この下の階の廊下、もしくは部屋も、同じように青い照明に照らされているようだ。
それなら、たとえ下床までの高さの憶測が間違っていても、光があるなら着地する寸前に高さを見計ることができる。
だから心配はないと、彼女は説明するように言った。
そんなことよりも、一番の問題なのは飛び降りて着地しようとした先の床に穴が開いていたり、着地した時に床が抜けてしまわないかどうかだった。
けれど、彼女はそれをわざわざ口にすることはしなかった。
それに今の彼女の中では、その問題は二の次でしかないのだ。
「お願いですから、行かせてください」
それよりも、今はただ、髪飾りの無事を早く確かめたい。
その想いが強かった。