第16話 幽霊船
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翌日。
一行は順調に船旅を続けていた。
今日はまだ水棲の魔物とも一度も遭遇していない。
天候にも恵まれ穏やかな気候のもと、リリーティアは船尾にあたる甲板の上で過ごしていた。
海を眺めている彼女のその両の手には、白い布(ハンカチ)と共に髪飾りが握られている。
「(ノードポリカはまだまだ先か・・・)」
船足は鈍重でその進みは緩慢だ。
その上、船の上だとやれることも限られ、時間を持て余すことが多い。
そんな船上で皆がそれぞれ思い思いに過ごしている中、
「どこかにお宝は落ちてないかの~」
パティは望遠鏡を覗き込みながら、広大な海を右へ左へと見渡している。
「こんな海のど真ん中にあるわけないじゃない」
それを呆れた様子で見ると、リタは甲板に腰をおろし、
魔導器(ブラスティア)関連の書物だろう、胡坐をかいた足の上に古びた本を開いて読み始めた。
それでもパティは”お宝はどこじゃ~”と言いながら船に身を乗り出している。
「パティ、あぶないですよ」
「この探究心はどんな時も泳ぎを止めぬマグロのように、誰にも止めることなどできないのじゃ」
生物に喩えて話す彼女にリリーティアは苦笑を浮かべると、再び海原へと視線を戻した。
そして、空を仰ぐ。
上空は綺麗なほどに雲ひとつない澄んだ青が広がっていた。
「(この分だと、今日一日、天候も良いかな)」
ずっと船上にいると潮風で肌がべたつく不快感は少しはあれど、こうして天候もよく、波も穏やかで船の揺れも少ない船旅は快適ではある。
だがリリーティアには、その快適の中で常にひとつだけ気にかけていることがあるようだ。
彼女は手元に視線を移すと、手に持っている髪飾りを布(ハンカチ)で丁寧に拭い始めた。
「大切なものなんですね」
リリーティアの手元を覗き込むと、目を瞬かせるリリーティアにエステルは微笑みかけた。
「いつも丁寧に手入れをしてるみたいですから」
いつも肌身離さず付けているリリーティアの髪飾り。
これまでの旅の中でも、今のように髪飾りの手入れをする彼女をエステルは幾度か見てきた。
彼女のその髪飾りを拭う手はとても優しく、その髪飾りを見詰めている瞳はとても穏やかで。
だから、見ているだけで分かった。
彼女はその髪飾りをとても大切にしているのだということを。
「ええ。そうだね」
少し気恥ずかしいものを感じながら、リリーティアは小さく笑みを浮かべた。
ダングレストでのあの店でもそうだったが、改めて口に出して言われると、どこか照れくさいものがあった。
とはいえ、とても大切にしていることは嘘じゃないし、何よりも気にかけているのも事実。
今もこうして潮風にあたった髪飾りを気にして、手入れを施しているのだから。
貴金属で作られているものは、潮風に触れたり、硫黄を含む製品に触れたりするとすぐに変色してしまう。
だから、ラゴウの一件でもノール近海で海に飛び込んだあの後は、騎士団が用意した船室で入念に手入れをしたのは言うまでもない。
「ティア姐にとってそれはお宝なのじゃな」
リリーティアの後ろからひょっこり顔を出して、パティはその髪飾りをまじまじと見詰めた。
綺麗な髪飾りだとエステルとパティが話す中、彼女も改めて髪飾りを見詰めた。
それは、陽の光に照らされ、美しく煌く。
しかし、その煌きもつかの間に、突如としてその視界に白いものが流れ込んでくるのに気づいた。
途端にさっきまで快晴だった空に薄い雲が覆われ始めた。
あたりはあっという間に薄暗くなる。
「何じゃ・・・?」
その急な変化にパティが辺りをきょろきょろと見渡す。
そうこうしている内に周辺には濃い霧が立ちこめていった。
「ちょっと、突然何だって言うのよ」
「どうしてこんな急に霧が・・・」
本を読んでいたリタもその場に立ち上がり、辺りを見渡した。
エステルも戸惑っている。
「(何か、おかしい・・・)」
異様な雰囲気に包まれたことに、リリーティアは手に持っていた布(ハンカチ)を鞄の中に仕舞い込み、
急いで髪飾りを髪に着け直すと険しい表情をもって船の周辺を警戒し始める。
その直後、フィエルティア号の右側面の方向から、ぼんやりと黒っぽいものが姿を現した。
はっと思った瞬間、魚人が襲ってきた時よりも、もっと激しい衝撃に襲われた。
「きゃああっ!」「きゃあ!」
エステルとリタは悲鳴を上げる。
その衝撃にはリリーティアもバランスを崩し、床に手をついた。
「何・・・!?」
あまりの衝撃に船室にいたカウフマンとそのボディガードも慌てて船室から出てきた。
それと同時に船首にいた他の仲間たちも急いで駆けてきて、
操船士のトクナガをはじめとした『ウミネコの詩』のメンバーたちなど、船にいた全員が船尾に集まった。
「古い船ね。見たことない型だわ・・・」
カウフマンが訝しげに呟く。
衝撃の原因は霧の中から現れた大きな船とぶつかったからであった。
それはひどく古い船で、帆柱(マスト)はぼろぼろに朽ち、甲板には人影もない。
どう見ても、長く海を彷徨い続けた難破船といったところだ。
「アーセルム号・・・って、読むのかしら」
船首に辛うじて残る船名をジュディスがなんとか読み上げた。
「(アーセルム・・・、待ち来たりし光)」
リリーティアは船をじっと見上げる。
船名の表記は古代語で書かれていた。
現代の言葉に訳せば、<待ち来たりし光>という意味だ。
その時、アーセルム号からフィエルティア号へ舷梯(タラップ)が音を立てて降ろされた。
「ひゃっ・・・!」
リタが肩を震わせてそれを見る。
「人影は見当たらないのに・・・」
カロルも声を震わせている。
まったく誰も人がいないのに、舷梯(タラップ)が勝手に動くなどあり得ないことだ。
「ま、まるで・・・呼んでるみたい」
「バ、バカなこと言ってないで、早くフィエルティア号出して!」
エステルの言葉に、リタがひどく慌てて叫んだ。
「だめです!駆動魔導器(セロスブラスティア)が動きません!」
トクナガの声にリタはものすごい勢いで駆動魔導器(セロスブラスティア)を調べる。
だが、彼女がどうやっても、それはうんともすんとも動く気配を見せなかった。
「いったい、どうなってるのよ」
「原因は・・・こいつかもな」
ユーリはアーセルム号を指差した。
「お化けの呪いってか?」
「そんな事・・・」
レイヴンの言葉にエステルが僅かに怯えた表情を浮かべた。
突然そこに現れた船。
ひとりでに降ろされた舷梯(タラップ)。
駆動魔導器(セロスブラスティア)の原因不明の停止。
感じたことのない異様な雰囲気。
その怪奇的な現象には、リリーティアも彼が言ったようなことを思わずにはいられなかった。
あまり思いたくないことではあったが。
「入ってみない?面白そうよ。こういうの好きだわ。私」
ただ一人だけ、ジュディスは楽しげな笑顔を浮かべている。
怪奇的な現象を前にして、逆に彼女は興味津々のようだ。
怖いという感覚はないらしい。
「何言ってんの・・・!」
反対にリタはどこか落ち着きがなかった。
普段冷静である彼女にしてみると、明らかに様子が違う。
彼女はどうやらこの怪奇的なことがひどく苦手のように見受けられた。
「原因わかんないしな。行くしかないだろ」
ユーリは相変わらずこの異常な状況下でも冷静のようだ。
「ちょっと、フィエルティア号をほっていくつもり?」
カウフマンが抗議の声を上げる。
彼女の言う通り、難破船に乗り込むことも危険だが、フィエルティア号も危険がないとは言い切れない。
いつ魔物に襲われるかわからないのだ。
そこで、4人が難破船の探索に出て、残りがフィエルティア号で見張りをするということで話がついた。
「じゃ、行くのはオレと、・・・ラピードは行くよな」
「ワフッ」
ユーリの声にラピードは当然だと言わんばかりに威勢よく鳴いた。
「私は行きたいわ。ダメかしら?」
ジュディスはにこっと微笑んだ。
本当に怪奇的なことが好きらしい。
ユーリが承諾すると、「ワクワくするわ」と言葉をこぼし、それはもう楽しげに笑っている。
「うちも連れていくのじゃ」
ジュディス同様、どうやらパティも行く気満々のようだ。
さすが度胸があるというか、常に好奇心旺盛のようである。
「おまえはおとなしく船のお守りしてろ」
だが、ユーリは彼女の同行を認めなかった。
一時の仲間とはいえ、この旅には関わりのない彼女を
何が起きるか分からない危険な場所へ連れて行って巻き込むことは避けたいのだろう。
「・・・あとは誰だ?」
不満な声を上げるパティをよそに、ユーリは他の者たちを見る。
リリーティアは皆の様子をうかがい見た。
カロルとリタはあまり行きたくなさそうで、レイヴンはどちらかというと面倒だといったところだろう。
エステルもあまり進んでは行きたくない様子のようだが、それでも行くべきかどうか悩んでいる様子であった。
「なら私が行くよ」
「いいのか?」
名乗りを上げたリリーティアに、ユーリは問う。
実を言えば、エステルが残るならここに残るつもりであった。
エステルを守るためにこの旅について来ているのだから、彼女の傍を離れるわけにはいかない。
けれど、そこには他の者たちも傍にいるし、他に誰も行く人がいないのならば自分でも構わなかった。
だからといって、ジュディスやパティのように進んで行きたいと思っているわけではないのだけど。
「それなら、私も一緒に・・・」
リリーティアが行くならと、行くかどうか悩んでいたエステルが声をあげた。
だが、それでは人数の配分が偏ってしまって意味がない。
リリーティアはエステルにここに残るように言ったが、それでも彼女はとても心配した様子で渋っていた。
「なら、あれだ。『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』で行くか」
「え・・・!」
カロルは嫌な表情を浮かべてユーリを見上げた。
「そうね。このメンバーだもの。それでいいんじゃない」
ユーリ、ラピード、ジュディスと『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の面々が揃っているから、
ならばカロルを含めた4人で行けばいいという話のようだ。
エステルやリリーティア、自分たちの依頼人に行かせるのもおかしいだろと言ってユーリはカロルを見た。
「それでいいか?カロル」
「う・・・わ、わかったよ」
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の首領(ボス)であるカロルは、渋々ながらもユーリの提案に頷いた。
「う~、ギルドの仕事でもないのに・・・」
「ほら、少年。首領(ボス)らしくしゃきっと。平常心、平常心」
項垂れるカロルに、レイヴンはにこにこ笑って言う。
そう他人事のように言う彼に、カロルは恨めしい視線を投げた。
「ちゃんと戻ってきてちょうだいよ。じゃないとこっちも困るんだから」
「船が動くようになったら発煙筒で知らせるから、そしたらすぐに戻ってこい」
「サンキュ」
カウフマンとボディガードの言葉にユーリは手を上げて応えると、
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の面々は舷梯(タラップ)を渡っていく。
リリーティアは無事を祈りながら、アーセルム号に乗り込む彼らの背をじっと見詰めていた。