第16話 幽霊船
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一行を乗せた船は穏やかな波の中をすべるようにして進んでいた。
カウフマンによると、いずれユーリたちが有するものになるこの船の名前はフィエルティア号というそうだ。
ノードポリカに向かうまでの操船士は、『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』の傘下である、
海運を担う海船ギルド『ウミネコの詩』のメンバー、トクナガという若い男だった。
次からの航行には『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』が自ら操船士を雇うようにということだ。
他には、彼だけでなく船を管理する『ウミネコの詩』のメンバーたちが4人乗員している。
「魚人の群れに会わなければいいですね」
エステルの言葉にリリーティアは頷いた。
目の前には島一つない水平線が広がっている。
トリム港から南西方向に行けばデズエール大陸があり、その東端にノードポリカがあるのだが、順調にいけば一週間とかからずに到着する予定だ。
「でも、世の中そんなに甘くないわよ」
「若いのに、随分悲観的なのね」
「現実的って言って」
レイヴンの言葉に軽く睨むリタ。
リリーティアもエステルの言葉に頷いたものの、リタが言うようにそう簡単に事は運ばないだろうというのが本当のところだ。
魚人に襲われないですむならそれに越したことはないが、この季節は魚人の活動が活発で、船を出すと必ずと言っていいほど襲われる確立が高いのが、ちょうど今の時期なのだ。
「それにしても助かったわ」
「ええ。『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』に遅れをとるところでした」
カウフマンと傍にいる黒い眼鏡(サングラス)をかけた男が話す。
デイドン砦でも彼女の傍にいたその男は、カウフマンの部下で彼女の護衛として常に傍についているらしい。
いわば社長(ボス)のボディガードだった。
「『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』か。ちょくちょく名前を聞くな」
「そう?兵装魔導器(ホブローブラスティア)を専門に商売してるギルドよ」
「ああ、それでヘリオードで・・・」
カウフマンの説明にリタが呟いた。
ヘリオードでキュモールが貴重な兵装魔導器(ホブローブラスティア)を多く集めることができていたこと、
そして、『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』というギルドと一緒にいた理由に合点がいったようだ。
「最近、うちと客の取り合いになってるのよね。もし海が渡れなかったら、また大口の取引先を奪われるところだったわ」
そう言って、カウフマンは長い赤髪をかきあげた。
「それにしても、連中はどこから商品を調達してるんでしょう」
「それなのよ、兵装魔導器(ホブローブラスティア)なんてそう簡単に手に入れられるもんでもなし」
「・・・・・・・・・」
二人のその疑問。
その答えを知っているリリーティアは、その口を噤んだまま二人の話を聞き流した。
ちなみに出港する前にカウフマンに積荷は何かと聞いてみたのだが企業秘密らしく、リリーティアたちには教えられなかった。
だが彼女はその辺りの線引きをきちんと行っているから安心してほしいと言う話だ。
しばらくの間、船首である甲板で話し合っていた一行。
少し前まで彼らの背後にはトリムがあるトルビキア大陸が見えていたが、今では前方の景色と同じように水平線だけが広がっている。
そんな時であった、突然にも強い衝撃が一行たちを襲い、船が大きく揺れ始めた。
「ぎょ、魚人!?」
カロルが慌てて辺りを見回す。
「来たわね。ここは任せたわよ」
カウフマンの声にユーリは剣を抜き放つ。
船の周りに大波が立ったとか思うと、次々と魚人が甲板に飛び込んできた。
「皆さん気をつけて!」
この船の操船士であるトクナガが一行に叫んだ。
リリーティアたちは分担して船首船尾と甲板に散り、それぞれに武器を手に持って構えた。
魔物には珍しく武器を手に持った魚人はそれを振り回して次々と襲いかかってくる。
何度倒しても次々と水飛沫をあげて甲板に現れる魚人たち。
甲板の上は海水によって滑りやすくなっていき、徐々に足元が悪くなっていく中、リリーティアたちは魚人たちを一体一体倒していった。
そうして、魚人との戦闘がしばらく経った頃。
魚人は群れで行動していたらしく、かなりの数だったが、何とかすべての魚人を倒し終えることができた。
「さすがね。私の目に間違いはなかったわ」
再び船首に集まり、それぞれに仲間たちの無事を確認して、リリーティアたちがほっと一息ついた時、
物陰から一部始終を見ていたカウフマンが賞賛の意味を込めて手を叩きながら出てきた。
見ると、彼女のその眼鏡の奥の瞳がほっとしている。
甲板の上にはいくつもの魚人たちの死骸が残されていて、次にこれを片付けなければと一行が話し合っていた、その時だった
「うわぁ!」
カロルが叫んだ。
さっき倒したはずの魚人たちのうちの1体が急に立ち上がったのだ。
ユーリがすかさず剣を抜き放った。
「ちょっと・・・波酔いしたのじゃ・・・」
それはリリーティアたちの誰かからではなく、立ち上がった魚人から声が聞こえた。
「ま、魔物が喋った・・・!?」
「もしかして、あの魔物と同じ・・・!」
カロルとエステルが目を見張って叫んだ。
魚人からの声に、リリーティアも反射的に武器を抜いた。
「・・・ここは・・・どこ、かの・・・」
魚人からまた聞こえる声。
「!!(まって、この声って・・・)」
その声は魚人からというより、魚人の内部からもれているように聞こえた。
しかも、その声には、確かに聞き覚えがあって・・・。
「喋ってると舌噛むぜ!」
ユーリがその魚人に向かって走り、剣を振り上げた。
瞬間、リリーティアははっとして、魚人ではなくユーリに向かって駆け出すと、
----------キィン!
ユーリの振り上げた剣を〈レウィスアルマ〉で受け止めた。
「な、リリィ・・・?!」
「リリーティア?!」
彼女の行動に驚きの声をあげるユーリとエステル。
他の者たちも信じられないといった表情を浮かべて見ている。
皆が驚きに声を無くす中、リリーティアは魚人を凝視した。
「(一か八かだ・・・)」
即座に彼女は〈レウィスアルマ〉の片方を鞘に収めると、
まるで手刀のように型をとったその腕を魚人の背部へと横になぎ払って打ち付けた。
その打撃に魚人はうごめいたかと思うと、大きな口から何かを吐き出す。
そこにいた皆がぎょっとしてそれを見た。
「パティ・・・!」
エステルが口もとに手を当ててひどく驚いた。
魚人の口から現れたのは金髪の少女、パティだったのだ。
まさかと思いながらとった行動であるものの、彼女が魚人の中から現れことにはリリーティア自身も内心驚いたが、
それよりも彼女の状態を確認すべく、すぐさま抱き起こして容態を確認した。
さっき酔ったと言っていたからそのせいだろう、少しだけ顔色が悪い感じではあるが、怪我もなく命に別状はなさそうだった。
「清かなる大気よ アイテール」
リリーティアはほっと安堵するとパティの額にそっと手を当て、麻痺や毒などの体の異常を治すための術を使った。
見たところその異常はなさそうだが、魔物の体内にいて何事もないとは限らないから、
念のために状態異常の回復魔術と、さらに治癒の魔術も使った。
「リリーティア、パティは大丈夫なんです?!」
エステルが慌ててリリーティアに駆け寄る。
魚人の中から彼女が現れたことに、驚きに固まっていた他の皆も彼女の周りに集まっていく。
「ええ。大丈夫みたい」
リリーティアは腰にある荷物鞄から取り出した手拭いで、海水やらで濡れたパティの顔を拭きながら頷いた。
カウフマンに断りをいれ、ひとまず彼女を船内にある一室に運ぶと、一行は再び船を出航させたのだった。