第15話 解放
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波止場でレイヴンと別れ、彼女は宿屋へ戻るために街の中を一人歩いていた。
夜になってそれほど経ってないからか、まだ営業中の店もあり人の往来もそれなりにあった。
リリーティアはふとその足をとめた。
そして、すぐ横にある柵の前に立つ。
柵の外は海が広がっていて、さっきいた波止場とは違い、一隻も船がない場所であるため、この辺りからは遮蔽物のない見晴らしの良い海原が臨めるようになっていた。
周りを見ると彼女と同じように柵の前で月の光に照らされた海を静かに眺めている人が何人かいる。
「(ヘリオードの軍事拠点化も一旦は収束した)」
とはいえ、今後はアレクセイの指示の下、ヘリオードのあの下層地区はあのまま軍事拠点として利用していくことになるだろう。
キュモールを利用して作られた軍事施設を基盤として、<帝国>の軍事力を強化したのだ。
そして、次の利用目的はゴゴール砂漠にいるとされる始祖の隷長(エンテレケイア)の捕獲。
「(次は、ゴゴール砂漠か・・・)」
瞬間、何か不快なものに思考が揺さぶられる感覚が襲ったが、
気づかないふりをして、彼女は考えることに集中した。
どう考えても、キュモールの実力で始祖の隷長(エンテレケイア)を捕獲することなど無理に決まっている。
アレクセイもそれを分かっているはずだ。
なら、なぜ彼に始祖の隷長(エンテレケイア)の捕獲を指示したのか。
その理由は単純明快、ヘリオードから追放するため。
あの街に彼の存在はもう不要となったのだ。
だから、ヘリオードから追放するためだけに新たな任務を課せたにすぎない。
おそらく、キュモール隊が始祖の隷長(エンテレケイア)の捕獲を成功させるなど、アレクセイははなから期待などしていないであろう。
「(次は何を仕出かすか・・・)」
キュモールは即物的かつ表層的な人物だ。
何より昔からアレクセイの改革に反発している。
これまでの行動を見ても分かるとおり、彼はまた誰かを利用して何かを企んでいるかもしれない。
まぁ、そのすべてもアレクセイの耳に入るだろうが。
そして、また知らぬうちに彼は利用されるのだろう。
リリーティアは一度考えに耽るのをやめて深い息をはくと、静かに目を閉じた。
潮の香りと、頬に感じる風が心地いい。
そして、ゆっくりと目を開けた。
その胸中には漠然と不安が溢れ出る。
「(ここ最近、表沙汰に物事が動きすぎている・・・)」
ラゴウとバルボスの一件から、それは大きく動き始めているように思えた。
ヨーデルの誘拐から始まって-----いや、正確には、エステルが城を抜け出したことが大きいのか。
考えるときりがないが、とにかくこの短期間で、世間が大きく変化してきているような気がしてならない。
「動き始めているのかもしれない・・・」
リリーティアはぽつりと呟いた。
広大な海をまっすぐに見詰めながら。
「(そろそろ宿に戻ろう)」
彼女は街の中を再び歩き出した。
人の往来はまだまだ多く、途絶えることなく様々な人とすれ違った。
「ママ、お腹すいた~」
その時、前方から幼い子どもの声が聞こえた。
よく見ると、母親と手を繋いだ男の子が前から歩いてきている。
男の子は不満げな顔で母親の顔を見上げていて、母親は少し困ったような笑みを浮かべていた。
「はいはい、今日はあなたの好きなマーボーカレーだから、もう少し我慢してね」
「ほんと?!やったー!」
よほど好きな料理なのだろう、男の子は大きく飛び跳ねて喜んでいる。
それを見たリリーティアは、思わずその足を止めた。
彼女の横をその親子が通り過ぎていく。
彼女は振り向いて、母親の手を何度も引っ張りながら喜びに笑っている男の子を見詰めた。
「(無事にお父さんとは会えただろうか・・・)」
その男の子を見た彼女の脳裏には、ポリーの顔が浮かんでいた。
寂しげに瞳を揺らす、悲しげな顔。
『パパ、ちゃんと帰ってくる?』-------不安げに問う、か細い声。
そして、弾けるような笑顔。
再び彼女の心の中には僅かな痛みがともなった。
それは、ヘリオードで感じたのと同じ、鈍い痛み。
「(あの時、私は嘘を言った・・・・・・)」
『ちゃんと帰ってくるよ』-------微笑みをもって零した言葉。
その言葉に笑顔を浮かべてくれたポリー。
助けてくれるのだと、お父さんは大丈夫なのだと。
その言葉を信じて満面の笑みを見せてくれた。
その笑顔に私も笑った----------嘘である笑みを、そこにはり付けて。
確かにあの時は自分も彼らと同じように彼の父親を助けるために動いていた。
けれど、それは偶然にも都合がよかったからだ。
キュモールの思惑をここで終わらせていいと分かった、だから、彼らと同じように動けただけの話。
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』のように義をもって動いていたわけでもなく、エステルのように純粋なる思いから動いていたわけでもない。
すべては自分の理想を根底において、利害で動いていたに過ぎないのだ。
だから----------、
「----------私は、裏切ったんだよ」
その信頼を、その笑顔を。
告げるように彼女は呟いた。
人込みの中に消える、母親の手を引く男の子を見詰めながら。
彼女のその脳裏には未だポリーの笑顔が浮かんでいた。
リリーティアは目を閉じた。
そして、闇に染まったこの視界のように、脳裏に浮かんだものも闇に消した。
目を開くとさっと踵を返して、彼女は再びその歩を進めた。
宿に向かって。
時折、すれ違う人込みの中で笑顔に溢れた子どもとすれ違っても、
彼女はもう二度と振り返ることはなかった。
第15話 解放 -終-