第4話 奇跡
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「ここが花の街ハルルなんですよね?」
「うん、そうだよ」
エステルの言葉にカロルは頷いた。
一行は目的地であるハルルの街に到着したのである。
「この街、結界ないのか?」
「そんなはずは・・・」
エステルは空を仰ぐ。
しかし、どこの街にも必ず浮かんでいるはずの結界魔導器(シルトブラアスティア)の結界がなかった。
ユーリとエステルは互いに疑問符をうかべ、街の中心部に大きくそびえ立っているハルルの樹を遠くに見上げた。
リリーティアもその異様さに眉をひそめた。
「今の時期は結界の力が弱まってる頃だけど、・・・それにしても、まったく結界が機能していないなんて。一体なにがあったの?」
「リリーティアは、この街に来たことがあるの?」
「ええ、何度か」
「ユーリとエステルは・・・、初めて?」
カロルの問いに、ユーリとエステルは頷く。
「そっか。だったら、ハルルの樹の結界魔導器(シルトブラアスティア)も知らないんだ」
「樹の結界?」
「魔導器(ブラスティア)の中には植物と融合し有機的特性を身に付けることで進化をするものがある、です。その代表が、花の街ハルルの結界魔導器(シルトブラアスティア)だと本で読みました」
エステルは目を閉じて、本に書かれていたことを思い出しながら説明した。
彼女は本に書かれていた内容そのままに、色々なことを知っている。
「・・・博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」
「毎年、満開の季節が近づくと一時的に結界が弱くなるんだよ。リリーティアアが言ってた通り、ちょうど今の季節なんだけど、そこを魔物に襲われて・・・」
「結界魔導器(シルトブラアスティア)がやられたのか」
「うん、魔物はやっつけたけど、樹が徐々に枯れはじめてるんだ」
リリーティアは遠くにそびえ立っているハルルの樹を見上げた。
ここからでははっきりとは分からないが、まだ花が蕾だからだろうか、いつもよりも一回り小さく見えた。
「あ!」
「ど、どうしたんです?」
カロルが突然声を上げたので、エステルが目を瞬かせた。
「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
早口にそう言うと、カロルは慌てて走っていく。
まるで台風が去っていくようだなと、リリーティアは去っていくその背を見詰めた。
「勝手に忙しいやつだな。エステルはフレンを探すんだよな・・・」
ユーリの言葉が終わらないうちに、エステルも突然駆け出していく。
見ると、あちらこちらに街の中で座り込んでいる住民たちのもとへと向かったようだ。
魔物に襲われたときに怪我を負った人たちだろうか。
「大人しくしとけってまだわかってないらしいな。それにフレンはいいのかよ」
「・・・困っている人を見るとほっとけないのは、彼女のいい所ではあるんだろうけど」
ユーリは呆れ顔でぼやくと、リリーティアは困ったような笑みを浮かべて駆け出していくエステルの背を見詰めた。
「わたしに皆さんの手当をさせてくれませんか?」
エステルは力なく座り込んでいる街の人たちに話しかけた。
「なんと、治癒術をお使いになるのか!?ええ、それはぜひとも!・・・あ、いや。ですが、私らはお金の方は・・・」
彼女の申し出にひとりの老人は喜々とした表情を浮かべたが、すぐにはっとなって肩をすぼめた。
「そんなものいりません」
エステルは治癒術で次々と怪我を治し始める。
怪我を負った人たちの痛みに歪んでいた表情は見る見るうちに和らぎ、驚きに目を瞬かせる。
「すごい・・・痛みがなくなった。あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「いえ、そんな、ぜんぜん・・・」
「いやはや、これほどの治癒術があったなんて・・・」
エステルの治癒術にハルルの人たちは感嘆の声をもらしている。
リリーティアはその様子をじっと見ていた。
正確には、彼女の腕につけている武醒魔導器(ボーディブラスティア)を。
彼女の腕にある武醒魔導器(ボーディブラスティア)。
実は、それは偽物である。
〈満月の子〉の末裔であるエステルは、武醒魔導器(ボーディブラスティア)がなくとも魔術が使えるが、わざわざその偽物を付けている理由は、〈満月の子〉という存在が世間では知られていないのもあり、武醒魔導器(ボーディブラスティア)なしで魔術が使えるという事実を欺くためにそれをつけているのだろう。
とはいえ、世間だけでなく、〈満月の子〉である皇帝家の人々、そして、エステル自身も〈満月の子〉という存在自体を知らない。
”代々皇帝家は魔導器(ブラスティア)なしで術が使える力を持っている”ということを知っているだけで、〈満月の子〉と呼ばれることなどまったく知らないのだ。
かくゆうリリーティアも、〈満月の子〉の力のことは古い文献などで知っただけに過ぎず、多くの人を犠牲にしてまで『満月の子の人造計画』の実験を行ってきたがすべて失敗に終わり、未だ本来持っていた〈満月の子〉の力の実態は計り知れていない。
「(それにしても、あそこまで何度も治癒術が使えるものなんだろうか・・・?)」
元々、治癒術というものは、それ自体を使いこなせる人はそう多くないのだ。
リリーティアも傷や毒などを治す治癒体系の術をいくつか会得してはいるが、エステルのように魔物から受けた深く追った傷を一瞬にして傷跡もなく治してしまうなど、優れた魔導士と謳われるリリーティアとて、そこまでの技量はない。
つまり、治癒術というのは武醒魔導器(ボーディブラスティア)の力を借りたとしても、非常に高度な技術が必要なのである。
そして、彼女のように使いこなすには努力はもちろんだが、生まれ持った資質が必要不可欠だろう。
事実、リリーティア自身がこれまで出会った治癒術の使い手は数えるほどしかいなかった。
「( 〈満月の子〉の力はほとんど失われているはずだけど・・・)」
エステルもほかの皇族たちのようにその力をほとんど有していないだろうと思っていた。
しかし、これまで彼女が治癒術を使うのを目の当たりにしてきて、リリーティアはどこかおかしいと思い始めていた。
武醒魔導器(ボーディブラスティア)なしで、何度も治癒術を使う彼女の姿。
この旅の中で見ていた限り、彼女が持つ〈満月の子〉の力は従来の末裔たちの誰よりも秀でているようにも思えた。
その力はほとんど失われていると言われている中で、〈満月の子〉の末裔である彼女の力は一体どれほどのものなのだろうか。
そんな思いで、リリーティアはエステルを見詰めていた。
「なんとお礼を言えばいいのか」
そこにいたすべての怪我人たちの治癒を終えると、老人が深く頭を下げた。
聞くと、その老人はハルルの街の長であった。
だからか、街の人たちの怪我を治してくれたことに心から感謝を示し、誰よりもエステルに対して何度も頭を下げている。
そして、何かお礼がしたいというその長にエステルは困ったような笑みを浮かべた。
「いえ、本当にいいですから」
「謙虚なお嬢さんだ。騎士団の方々にも見習ってほしいものです」
「まったくですよ!騎士に護衛をお願いしても、何もしてくれないんですから」
その言葉に、リリーティアは僅かに表情を曇らせた。
「まあ、<帝国>の方々には私らがどうなろうと関係がないんでしょうな」
「うそ・・・そんなはずは・・・」
ハルルの人たちの言葉にエステルは口元に手を当てて驚いた。
エステルは信じられないといった表情をしているが、ハルルの人たちが言うことは事実だ。
聞いた話では、ハルルの街は結界の力が弱まる時期になると、ほとんどギルド側に護衛を頼んでいるらしかった。
「(昔は、そうじゃなかった・・・)」
リリーティアは遠い過去を思い出す。
そこには、ハルルの街の中、金色(こんじき)に彩られた騎士たちの姿がいた。
その中心に一際強い雰囲気を放つ騎士の姿がひとり。
凛々しく、そして、堂々たる出で立ちでそこにいる。
その表情は、とても----------、
「-------っ!」
リリーティアはとっさに手で額を抑える。
これ以上は思い出したくなかった。
彼女は大きく息を吐くと、何事もなかったかのようにエステルたちの様子をうかがい見た。
「あ、でも、あの騎士様だけは違ってましたよね?」
「おお、あの青年か。彼がいなければ、今ごろ私らは全滅でしたわ。今年は結界の弱まる時期が早く、護衛を依頼したギルドが来る前に襲われてしまいましてな。偶然、街に滞在していた巡礼の騎士様ご一行が、魔物を退けて下さったのです」
長をはじめ、ハルルの街の住民たちは大きく頷き合う。
今まで離れたところでその話を聞いていたにユーリはすぐさま彼らに歩み寄る。
リリーティアはその場で留まり、彼が向かっていくのをただ見ていた。
「その騎士様って、フレンじゃなかった?」
「ええ、フレン・シーフォと」
ユーリ問いに、長が頷き答えた。
「まだ街に居るんですか!?」
体を前のめりにしてエステルは声を上げる。
「いえ、結界の直す魔導士を探すと言って旅立たれました」
「行き先まではわからないか」
「東の方へ向かったようですが、それ以上のことは・・・」
「(東・・・、ということは」
リリーティアは口元に手添えて、何やら考え込んでいる。
東に向かったという長の言葉だけで、彼女にはフレンがどこに向かったのか大よその検討がついたようだ。
「そうですか。でも、ここで待っていれば、フレンは戻ってくるんですね」
「よかったな。追いついて」
「はい・・・会うまでは安心できませんけどよかったです」
エステルは穏やかに微笑んだ。
よほどフレンのことを心配していたのだろう。
とても安堵している様子であった。
「ハルルの樹でも見に行こうぜ。エステルも見たいだろ?」
「あ、はい!ユーリはいいんです?魔核(コア)泥棒を追わなくても」
「樹見てる時間くらいはあるって」
「それじゃあ、行きましょう。リリーティアも一緒に行きませんか?」
「ええ」
そして、一行はハルルの樹がある丘の上を目指して歩き出した。