第15話 解放
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
一行はキュモールたちを追ってひた走り続けた。
「・・・見当たりません・・・」
「結局逃がしちゃったみたいね」
どのくらい走っただろうか、エステルは肩で息をしながら悔しげに言葉をこぼした。
リタは息を整えながら、やれやれといった様子だ。
「ここはどのあたりなんだろう」
額の汗を拭いながらカロルは辺りを見渡す
周りはほとんど木々に覆われていた。
リリーティアも木々の隙間から見える空を見上げ、辺りを見渡した。
「・・・おそらく、トルビキア中央部に広がってる森だね。トリム港はここから東になる」
「てことは、ヘリオードに戻るよりこのまま港行った方が良さそうだな」
ユーリに言葉にリリーティアは頷いた。
「え?キュモールはどうするんです!?放っておくんですか?」
エステルは信じられないという表情で声を上げた。
「残念だけど、当てもなくこの森の中を探すの無理だ」
これ以上追いかけても、確実にキュモールたちを捕まえることはできない。
そう分かりきっているのは、『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』が傍についているからという理由が大きいが、
そうでなくとも、身を隠せる場所が多いこの森の中を当てもなく探すのはどう考えても無謀だ。
「ですが、もっと奥までいけばなにか手がかりが・・・」
そう言って、エステルはどうしてもキュモールを追いかけることにこだわっている。
そんな彼女の姿に、リリーティアは僅かに厳しい表情を浮かべ、内心困り果てた。
危惧していたことがこの旅が始まった早々に起きてしまった。
「(やはり、彼女は純粋すぎる・・・)」
エステルが旅を続けることを決意した時、そして、旅を止めるべきなのではと悩んだ時、リリーティアはそのことを一番に恐れていた。
目にしたり耳にしたことを、その度に全力で反応せずにはいられない彼女の心の純粋さ、その優しさ。
その上、まず反応してから後で考える彼女の性格。
彼女のそれがすべて悪いとまで言わないが、やはりこの調子では本来のこの旅の目的もどうなるか分からない。
それに、反応するままに行動を起こせば、後から取り返しのつかないことにも成り得るのだ。
そう思うとこのままというのも・・・。
そんなことを胸中に巡らせ、リリーティアが口を開こうとした。
「フェローに会うというのがあなたの旅の目的だと思っていたけど」
リリーティアの口から言葉が零れる前に、冷ややかな声がエステルへ向けて響いた。
それは、ジュディスだった。
「そ、それは・・・」
エステルは身を固くして、言葉を詰まらせる。
「あなたのだだっ子に付き合うギルドだったかしら?『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』は」
少しきつい口調でジュディスは続けた。
「・・・ご、ごめんなさい。わたしそんなつもりじゃ・・・」
エステルはしゅんとして、うな垂れる。
「ま、落ち着けってこった。それにフレンが来たろ。あいつに任せときゃ、間違いないさ」
確かにヘリオードのことはフレン隊に任せておけば大丈夫だ。
けれど、キュモールの
「ちょっと、フェローってなに?『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』?説明して」
ユーリたちの会話の中に、自分には聞きなれない言葉が出てきてリタが聞きとがめた。
「そうそう、説明してほしいわ」
突然、一行の中からではない声が聞こえた。
声の方へ振り向くと、そこにはレイヴンの姿があった。
ガスファロストで別れたきりだったが、彼はまた突如として一行の前に現れた。
「ちょ、ちょっと、何よあんた!?」
「なんだよ。天才魔道士少女。もう忘れちゃったの?レイヴン様だよ」
叫ぶリタにレイヴンは片目を瞑って答えた。
そのふざけた態度にリタは半目になって彼を睨んだ。
「何よあんた・・・」
「だから、レイヴン様・・・」
ものすごい形相で睨み続けるリタ。
相変わらず彼のことは目の敵にしているらしい。
これまで何度か行動を共にこそすれど、やはり騙されたことは未だ忘れられないようで、信用はしていないといった様子である。
「・・・んとに、こわいガキんちょだよ・・・」
レイヴンは一行に背を向けて、やれやれとひとり呟いた。
「んで?何してんだよ」
「おまえさん達が元気すぎるから、おっさんこんなとこまでくるハメになっちまったのよ」
レイヴンは振り向くと、ユーリに恨めしい視線を投げた。
カロルは首を傾げる。
「どういうこと?」
「ま、トリム港の宿にでもいって、とりあえず落ち着こうや。そこでちゃんと話すからさ。おっさん腹減って・・・」
レイヴンはお腹をさすりながら、力なく言葉をこぼした。
「いつまでここに居てもしゃあねぇしな。とりあえずトリム港へってのはオレも賛成だ」
「では、トリム港かしら。それでいいわね?」
ジュディスが幾分か穏やかな声で聞くと、エステルは頷いた。
「はい。構いません。ごめんなさい。わがまま言って」
そう謝罪の言葉を言いながら、彼女はジュディスに頭を下げた。
「じゃ、行くか」
ユーリの一声に一行はトリムに向かって歩き出した。
リリーティアも歩き出したが、エステルが一向に動く気配がないことに気づいてその足を止めた。
窺うように彼女の名を呼ぶと、小さく「はい」と頷いてエステルも歩き出した。
***********************************
「・・・ダメですね、わたし・・・。目の前に何かあるとつい、そっちに目が行っちゃって。本当に自分のしようとしてたことを見失ってしまうんです」
森を抜けてトリムに向かう道中。
少し距離をあけて前を行くユーリたちの背を見詰めながらエステルが静かに話し始めた。
「ジュディスに言われて、気づきました。わたし、今までそうやってユーリたちを振り回してきたんですね・・・」
彼女はさっきのジュディスの指摘を謙虚に受け止めていた。
「そうだね・・・・・・」
リリーティアは目を伏せると、しばらくしてエステルへと微かな笑みを向けた。
「でも、それがエステルの優しさだってこと、みんな分かってるよ」
「・・・リリーティア」
純粋すぎるともいえるその優しさ。
それは誰もが持てるものだとは、私は思わない。
彼女が持つ優しさは、誰よりも、何よりも、とても深いと感じるから
自分のことのように悲しみ、苦しみ、そして、相手を想う。
そして、迷わず行動を起こそうとする。
痛み想う優しい心も、行動を起こそうとする想いも、すべて彼女の深い優しさ。
だから、彼女のその優しさを否定しているのでも、まして悪いと言っているのではない。
「だけど、・・・皇帝となれば、その一言で国一つが大きく動いてしまう」
彼女は次期皇帝候補のひとり。
これから<帝国>の未来がどうなっていくかは分からない。
強大な力を求めて闇の中を進む自分たちの目指す未来も、どうなっていくのか分からない。
誰にもこの先のことなど分からないけれど、彼女が皇帝になるならないにかかわらず、
この世の中、たった一度の行いが取り返しのつかない過ちに繋がることもあるのだ。
それだけじゃない。
身も、心も、傷付く事だってある。
それが自分だけの話で済むことならば、それでもいいだろう。
「(けれど、それがもし・・・・・・)」
リリーティアアは微かに愁い帯びた瞳で前を見詰めた。
その瞳に映るのは、何度も空腹を訴えている紫色の背。
そして、彼女は目を伏せる。
「これから、変わっていけばいいんだ」
とはいえ、人は突然に変わることなんてできない。
それが性格とならば尚のこと。
そう、できないんだ。
本当なら。
なのに----------、
彼女は空を仰いだ。
ヘリオードでは曇天だった空も、今ではすっかり晴れ渡り、澄んだ青い空が広がっている。
----------それなのに、あの人だけは。
「リリーティア?」
エステルは首を傾げた。
じっと空を見上げているリリーティア。
でも彼女のその瞳は青い空を見ているというよりも、
空よりももっと遠い何かを見ているような、なぜかそんな風に見えた。
「少しずつでいいんだよ」
空から視線を落とし、リリーティアはエステルに微笑んだ。
「その優しさを忘れずに、少しずつね」
エステルはじっとリリーティアの顔を見詰めた。
彼女の笑みはいつもあたたかい。
優しく、強く、時に背を押してくれる。
だからなのだろうか。
彼女の笑みを見ると、いつも安心できた。
何があっても大丈夫だと思わせてくれる。
そんなあたたかな笑み。
彼女こそ、優しさに溢れた人だと、エステルは思った。
「はい、そうですね」
エステルは頷くと、一度その足を止め、改めてリリーティアへと向き直った。
その目はどこか真剣な眼差しだ。
「わたし、こんなふうだから、またワガママ言って振り回してしまうかもしれません。その時は叱ってください」
エステルのその頼みにリリーティアは何度か目を瞬かせると、ふっと困ったように笑った。
「そうだね・・・考えとこうかな」
リリーティアは前を歩くジュディスを見る。
「今のところ、もう一人・・・いや、もう二人か。手厳しい人がいるみたいだから」
そして、ユーリへと視線を移した。
「嫌われ役は三人もいらないでしょう?」
その言葉に頷きながら、エステルは微かに声をたてて笑った。
リリーティアもエステルと一緒になって笑みを零した。