第15話 解放
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
昇降機を降りて周りの騎士に見つからないよう、物陰に隠れながらしばらく進んでいくと、いくつものテントが張られている場所があった。
見たところ、そこが労働者キャンプのようだ。
点在する一部のテントから煮炊きの匂いが漂っている。
おそらく自分たちで食事も作らされているのだろう。
さらに奥へ進んでいくと、木材や石工などを担いでいる人たちの姿があった。
また、重たげな木箱を運び、積み上げている姿も見られる。
すべてが一般市民の人たちだった。
そこには男たちだけではなく女たちも混じっていて、皆揃って顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだった。
ろくに休みも与えられていないに違いない。
街の人々がそんな状態の中、キュモール隊の騎士たちといえば、
「休んでいる暇はないぞ!キュモール様のお言いつけで工期は一ヶ月以内となったのだ!」
「労働中の逃走は鞭打ち百回、一晩水漬けの刑罰だ!わかってるんだろな!」
繰り返し罵声をあげていた。
そこで働いている人々はその声に怯え、萎縮しながらも何とか体を動かしている。
一行が建物の陰に潜んで労働者キャンプの様子をうかがっていると、どこからか何かが倒れる音が響いた。
「何をしている!」
「・・・お、お許しを・・・!」
木材を運んでいた一人の若い男が地面に倒れたらしい。
もともと体調もよくないのであろう、覇気のない青白い顔で力なく騎士を見上げている。
「労働を放棄しておいて、許しを乞うとはけしからんヤツだ!」
「し、しかし、もう、腕があがらず・・・」
騎士が鞭を手にして地面に叩き鳴らした。
若い男は「ひっ」と声を震わせる。
「助けないと------っ・・・リリーティア」
街の人が酷い仕打ちを受けているのを目の当たりにしたエステルは、今すぐに助けようとして物陰から飛び出そうとした。
だがリリーティアに腕を掴まれ、それは阻まれた。
「今はこらえて」
「でも・・・!」
こうしている間にも若い男は騎士に容赦なく鞭を打たれていた。
エステルの助けたい思いも分かるが、周りには街の人々を監視している騎士が大勢いる。
ここで飛び出してもキュモール隊に捕らえられる可能性が高い上、ここで騎士団と戦うとなればここにいる街の人々も巻き込まれてしまう。
それに、今自分たちが一番に探しているのはティグルの行方なのだ。
「ここの人たちは必ず助かるから」
そうエステルに説得している間も鞭に打たれる音が嫌に耳に響いた。
あの若い男の呻く声もはっきりと聞こえる。
それでも今ここでキュモール隊に見つかるわけにはいかない。
「わ、分かりました・・・」
エステルはしぶしぶと言った様子で小さく頷いた。
それから、一行は労働者キャンプの奥へさらに進んでいった。
「あら?さっきの人たちよ」
ジュディスが指し示すほうを見ると、イエガーとキュモールがいた。
「それにあの赤眼の一団も・・・!」
「キュモールが赤眼の連中の新しい依頼人って事みたいだな」
エステルが口元に手をあてて驚く横で、ユーリは鋭い目で赤眼たちを見た。
イエガーの前には三人の赤眼が立っていて、ここからだと声は聞こえなかったが、彼が何やら指示を出すと赤眼たちは散っていった。
「ねぇ、もしかして、あの変な言葉のやつが赤眼の首領(ボス)じゃないのかな?」
「どうも、そうっぽいな」
今の様子を見てイエガーが首領(ボス)だとユーリたちも気づいたようだ。
その時、キュモールの近くで作業をしていたひとりの男が突然倒れこんだ。
「サボっていないで働け!この下民が!」
「う、うう・・・」
それを見た瞬間、キュモールがかん高い声をあげた。
男はなんとか動こうとしていたが、思うように体が動かず地面に蹲っているままだ。
「あれ・・・ティグルさんだ・・・!」
カロルが指を指して言った。
よく見ると、倒れたその男はティグルだった。
ノールで出会った時よりも少しばかり痩せているように見える。
「お金ならいくらでもあげる、ほら働け、働けよっ!」
耳につく甲高い声と共に、キュモールはさらに脅すために剣を抜き放った。
ユーリは物陰から出て黙って進み歩くと、いつの間に手にしていたのかキュモールに向けて石を投げつけた。
「だ、だれ!」
石があたった額を押さえ、キュモールが叫ぶ。
「ユーリ・ローウェル!どうしてここに!?」
ユーリの姿にキュモールはさっと顔色を変えた。
「あ、なたは・・・」
「もうだいじょうぶですよ」
何とか手をついて上体を起こすティグルにエステルが急いで駆けよった。
そして、彼に治癒術をかける。
近くで見るとその顔も以前よりだいぶ頬がこけているのが分かった。
ひどく顔色も悪い。
「ひ、姫様も・・・!それに、ヘナチョコ隊の君まで・・・!」
エステルとリリーティアが現れるとさらに驚きに目を見開いたキュモール。
ぐっと唇をかみ締めて睨み見るキュモールを、彼女はただじっと見据えた。
治癒を終え、エステルはリリーティアと並び立つと、厳しい目を以ってさらに一歩進み出る。
「その武器を今すぐ捨てなさい。騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!」
エステルはキュモールに向かって指をさし、声を張り上げた。
その目は怒りに揺れている。
「あなたのような人に、騎士を名乗る資格はありません!
力で<帝国>の威信を示すようなやり方は間違っています!」
一気にまくし立てるエステル。
だが、キュモールのその顔には不適な笑みが浮かんだ。
「世間知らずの姫様には消えてもらった方が楽かもね。理想ばっかり語って胸糞悪いんだよ!」
そう叫ぶと、騎士の身でありながらキュモールは<帝国>の姫でもあるエステルに向かって容赦なく剣を突きつけた。
開き直った相手こそ面倒なものはないな。
そんなことを思いながら、リリーティアはただ静かにエステルの前に立った。
キュモールは鬱陶しいと言わんばかりにすっと目を細めリリーティアを睨んだ。
「騎士団長になろうなんて、妄想してるヤツが何いってやがる」
ユーリは少しばかり声を低めて言い放った。
落ち着いた出で立ちでありながら、彼の目にも怒りが見て取れた。
「イエガー!やっちゃいなよ!」
「イエス、マイロード」
キュモールは後ろに下がると、前髪をかきあげながらイエガーが前に出た。
それを見て、リリーティアたちもそれぞれの武器に手にかけた。
その時だ。
「キュモール様!フレン隊です!」
キュモール隊の騎士の一人が走りこんできた。
「フレンが・・・!」
驚きと共に、エステルはほっとした表情を浮かべた。
「(来たか・・・)」
リリーティアは武器である《レウィスアルマ》にかけていた手を解いた。
これで街の人々は解放されるだろう。
「さっさと追い返しなさい!」
「ダメです、下を調べさせろと押し切られそうです!」
「下町育ちの恥知らずめ・・・!」
キュモールは舌打ちして、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
「ゴーシュ、ドロワット」
「はい、イエガー様」
「やっと出番ですよ~」
イエガーが声をかけると、二人の少女が現れた。
イエガーの部下であり、
「(・・・・・・二人とも元気そうね)」
リリーティアの弟子でもあるゴーシュとドロワットだ。
思えば、彼女たちと会うのは実に半年ぶりであった。
けれど、今は敵同士。
リリーティアは表情には出さす、心の内で変わりない彼女たちの姿にひとり安堵した。
「ここはエスケープするのがベター、オーケー?」
それを聞いたユーリはすかさずイエガーに向かって走り出した。
しかし、彼に接近する手前で煙幕が張られてしまい、視界が煙に覆われ何も見えなくなってしまった。
「うわ・・・これ、なに!?」
煙を吸ったのか、カロルは酷く咽ている。
白い煙に覆われた一行はその場に佇むしかなかった。
「さあ、こちらへ」
「逃げろや、逃げろー!すたこら逃げろー!」
その隙にキュモールたちはその場から逃げようとしているが、何も見えない視界の中では安易に動くこともできない。
もともとキュモールを逃がすつもりでいるリリーティアは誰よりも冷静に口元を押さえながら視界が開けるのをただ待った。
「今度あったら、ただじゃおかないからね!」
最後にキュモールの負け惜しむ言葉が遠くのほうから響くと、「お決まりの捨て台詞ね」とジュディスの冷静な声が聞こえた。
そうして、しばらくして煙が晴れた時には、キュモールとイエガーたちの姿は忽然と消えていた。
「早く追わないと!」
「待って!今のボクらの仕事はティグルさんを助け出すことなんだよ!」
「でも・・・」
エステルが駆け出そうとするのを、カロルが止めた。
彼女は今にもキュモールを追いかけようと気が急いている。
「あんたたちの仕事とはよくわかんないけど追うの?負わないの?」
リタは苛立ちげに叫んだ。
と、その直後だった。
「おとなくしろ!そこまでだ!」
フレンとその部下の騎士たちが一行の前に姿を現したのである。
彼の出現にユーリはしめたとばかりに口元に笑みを浮かべた。
「お、いいところに来た」
「ユーリか・・・!?」
驚くフレンをよそに、ユーリは地面に座り込んでいるティグルに声をかける。
「立てるか?」
「あ、ああ・・・」
「悪いが最後まで面倒見れなくなった。嫁さんとガキによろしくな」
「あ、ありがとうございました」
ユーリはキュモールを追うことにしたようだ。
それに、確かにここはもうフレンに任せてもいいだろう。
「カロル、それでいいだろ?」
「そうだね。エステルが今にも行っちゃいそうだもん」
「すみません」
エステルが申し訳なさそうに小さく頭を下げる。
追いかけることを決めた彼らを見ながら、もう間に合わないだろうとリリーティアはひとり見切りをつけていた。
キュモールだけならまだしも、『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』が傍についている以上は捕まえるのは到底無理だからだ。
「もう!追うことになったんならさっさといこ!」
「はい」
苛立つリタに促され、エステルは頷き、
カロル、ジュディス、ラピードはキュモールたちが向かったであろう方向へ駆け出した。
「待て、ユーリ!」
「ここの後始末は任せた!」
ユーリもそれに続こうとすると、フレンの声が響いた。
だがフレンの静止の言葉など気にも留めず、ユーリはひょいと手を上げると、その場を駆け出していってしまった。
リリーティアもユーリの後を追おうとしたが、フレンがすぐ傍まで駆け寄っきたのを見て、彼女はその足を止めた。
本気でキュモールを捕まえるためならば、止まることはなかっただろうが。
「リリーティア特別補佐、やはりエステリーゼ様にこんな危険な旅は・・・!」
肩で息をしながらフレンは言葉を続けた。
「騎士団長はあなたが傍にいるなら大丈夫だとおっしゃっていますが、・・・それでも、この-------」
「この旅もすべて、彼女が決めたことだよ」
リリーティアはフレンの言葉を遮る。
「そして、私はそれを支えると決めた」
彼女の言葉にフレンは険しい表情を浮かべる。
あと、そこには少し不安げな色が見えた。
やはりエステルのことが気がかりなのだろう。
「エステルのことは私が必ず守る」
----------少なくとも、この旅が続く間は。
リリーティアは真剣な眼差しを向けてそう言うと、先に行ってしまったユーリたちの後を追いかけた。
フレンは何かを言いかけて、口を噤んだ。
走り去っていく彼女の背と遠くに見えるユーリたちの背を、彼は複雑な表情で見詰めていた。