第15話 解放
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人々が寝静まった深夜。
リリーティアはひとり街の広場に来ていた。
「(魔導器(ブラスティア)の様子も変わりないみたい・・・)」
広場にある結界魔導器(シルトブラスティア)の様子を見に来ていたのである。
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走から一週間は経ち、街はすでに落ち着きを取り戻しているようで、その周辺を見渡してみても、エアルの影響を受けていた植物などの異変も完全におさまっているようだ。
リリーティアは広場の一角に無造作に積まれている木材に視線を移した。
相変わらず建設途中であるこの街には、いたるところに木材などの様々な建設材料が積まれていて、それが各所に目立っている。
「・・・街の建設、ね」
彼女は呟くと、広場の反対側のある一点に横目をやった。
その視線の先にはキュモール隊の一員であろう見習い騎士が一人立っていた。
騎士の後ろには昇降機があり、そこから下に降りられるようになっている。
昇降機の近くには立て札があり、そこには”立ち入りを禁ずる”と部外者が入れないことを忠告していた。
「(確か、あの下が労働者キャンプになっているらしいけど・・・)」
昇降機の下は、この街の建設に携わっている労働者が生活している場所であり、仕事現場でもある。
彼女がこの街の建設で知っていることと言えばそのぐらいのもので、あとはキュモール隊が請け負っているということだけだ。
この街の建設については彼女はほとんど何も知らされていない。
”建設の仕事がキツくて逃げ出す人が増えている”というのは今回初めて聞いたが、だからといって、その理由がこの街の建設を急いでいる為だからというのはおそらく違うだろう。
何か他に目的があって重労働を課せている、と考えるのが妥当そうだ。
リリーティアは立て札をじっと見据えた。
「何を企んでいるのか・・・」
彼女が静かに呟いたその時、昇降機の前で見張りに立っている騎士がこちらに視線を向けた。
途端、リリーティアは何事もなかったかのように歩き出し、怪しまれる前にさっさとその広場から立ち去った。
そして、結界魔導器(シルトブラスティア)がある広場を抜け、しばらく街の中を進み歩いた。
一年の大半が雨であるここトルビキア大陸でも、今では闇に染まる上空に星が煌き、月も出ていた。
石造りの路はいくつかの街頭が灯っている上、月明かりで街全体が仄かに明るい。
「なんだ、おまえもほっとけない病か?」
宿屋の前までさしかかった時、奥の路からこちらに歩いてくる人影がある。
その声ですぐに誰だかわかった。
「ユーリ」
その人影はユーリだった。
月明かりがあるとはいえ、その黒い装束のせいで薄暗い夜の闇に半ば溶け込んでいるように見えた。
「なんだか眠れなくて。ついでに、ここの魔導器(ブラスティア)の様子を見に行ってたんだよ」
そう返すと、なにやら探るような視線を向けてきたが、すぐに「そうか」と言って納得してくれた。
事実、魔導器(ブラスティア)の様子を見に行ってきただけだから、納得してくれないと困る。
深夜にひとり行動している自分も自分なのだけど。
「そういうあなたこそ、何かほっとけないことでもあったの」
「俺はただの散歩だよ」
ユーリはそう言ったが、彼のことだ、何か気になることでもあったのだろう。
どうもほっとけない病を発症しているのはエステルだけじゃないらしい。
リリーティアは思わず笑みを零した。
「なんだ?」
ユーリがジト目で見てきたが、リリーティアはなんでもないと首を振った。
「そういや、ここの建設のことで何か知らないのか。ここ、騎士団が管理してるんだろ?」
「この街の建設についてはキュモール隊の管轄だから。詳しいことは私も知らない」
リリーティアは肩を竦めて答えると、広場から労働者キャンプに降りられることや関係者以外立ち入りを禁じられていること、とりあえず自分が知ってる情報だけは話して聞かせた。
「いかにも怪しいな。キュモールのことだから、何かろくでもないこと企んでんじゃねえか」
「・・・どうだろうね」
重労働を課して働かせているというのは、何らかのキュモールの企みというは彼女も初めから思うところだ。
ユーリもここの執政官代行がキュモールだと知ってから、何かと彼個人を怪しんでいるようである。
だが、リリーティアの中ではもうひとつだけ、可能性として考ていることがあった。
「まぁ、すべては明日探ってみてからだな」
ユーリはそう言うと、宿屋に向かって立ち去っていった。
彼が宿の中に入るのを見届けると、リリーティアは空を仰いだ。
しばらく夜空に瞬く星を見詰めると、すっと目を細め深刻な表情を浮かべた。
「(閣下は何か知っているのだろうか・・・)」
知っているもなにも、これもあの人の計画のうちなのか?
それがリリーティアの中でもうひとつ考えている可能性だった。
彼女とてアレクセイの計画の全てを知っているわけではない。
どちらかというと、知らない所で何かしらの計画が動いていることが多い。
つまり、街の建設に重労働を強いているのには何か目的があり、その目的がアレクセイの思惑のもとで動いているのかもしれないということ。
もしそうだとしたら、それをどうこうするということは----------。
「あら、あなたも夜の散歩かしら?」
また声をかけられた。
その声も知った声で、リリーティアは顔をそちらへ向けた。
声の主はジュディスで、さっきユーリが歩いてきた方向から、こちらに向かって歩いてくる。
それを見て、リリーティアはユーリが宿の外に出ていた理由をなんとなくだが察した。
「なんだか眠れなくて」
そして、ユーリに言ったのと同様、この街の魔導器(シルトブラスティア)の様子を見に行っていたことを話した。
「ジュディスも眠れないの?」
「・・・・・・似ているわね」
リリーティアの問いに少しだけ間をおくと、ジュディスは呟きに近い声で言った。
「似てる・・・?」
その言葉の真意がわからず、リリーティアは僅かに眉を寄せた。
ジュディスはふっと笑みを浮かべると、空を仰いだ。
「・・・この先から見える景色、故郷に似ているわ。それを見ていたのよ」
この先といえば、空中に渡された石造りの橋通路があった。
確かそこからは下層に広がる街の景色が見渡せるようになっている。
下層にあるその区画街はまだ建設中で開放されてはいないが、この街の奥には大きな滝が流れていて、流れ落ちたその滝の水がその区画街の中を縫う様に流れている。
ここ上層区画から望めるその景観はとても美しいものだった。
「ということは、ジュディスの故郷はきれいな所なんだ」
「ただ高いところにあって見晴らしがいいってだけなの」
ジュディスは遠くを見詰めている。
故郷の風景を思い出しているのだろうか。
その表情は懐かしんでいるようにも見えた。
「(故郷、か・・・)」
リリーティアも空を仰いだ。
彼女にとっての故郷はもちろん、生まれ育った帝都ザーフィアスになる。
「(そういえば、帝都が故郷なんだな・・・)」
リリーティアは今更ながら知ったように、心の中で呟いた。
帝都を離れてそれなりに月日は経つが、まだ懐かしいという気持ちはない。
考えてみれば、今まで故郷を懐かしむということが、これまでに一度もなかった。
「(帝都が、故郷・・・・・・)」
リリーティアは僅かに眉をひそめた。
帝都が自分の故郷であるのは間違いないはずなのに、なぜか彼女自身の中では帝都が故郷ということに、どことなく違和感があったのだ。
いや、違和感というよりも、-------何もない、といったほうが正しいのかもしれない。
なんと表現していいものなのか分からなかった。
「ジュディスは故郷を離れて長いの?」
何年も慣れ親しんだ地を離れていると、そういう気持ちになるのだろうか。
幼い頃から魔導士として<帝国>に従事していたリリーティアには、任務などでしばらく離れていることはあれど、何年も帝都を離れているということはなかった。
「・・・そうね、それなりには」
竜使いである彼女。
竜使いは何年も前から魔導器(ブラスティア)を破壊し現れている。
もしかして、その時から故郷を離れているのだろうか。
それともそのもっと前からか。
「私は帝都が故郷になるけど・・・・・・」
そう話すも、帝都が故郷だと自分の発した言葉そのものが、
なんだか薄っぺらい真実でしかないような、そんな風に思えた。
「リリーティア?」
途中で黙り込むリリーティアに、ジュディスは訝しげな表情を浮かべた。
「いや、・・・今まで帝都を懐かしいと思ったことないなぁと思って」
リリーティアは困ったように笑った。
なぜ故郷と思えないのだろう。
こんなに長く、巡るめく日々を過ごしてきているというのに。
自分自身のことでありながら、よく分からなかった。
「それじゃあ、私はそろそろ宿に戻るよ」
「ええ」
ジュディスはもう少し街の景色を見ていくらしい。
リリーティアは小さく笑みを浮かべて「おやすみ」と言葉をかけると、すぐそこにある宿に向かった。
帝都が故郷という概念が自分の中にはないのだろうか。
だからといって、それでなにか困るということもない。
リリーティアはそうしてどうでもいいことのように打ち消した。
明日に響かないためにも、早く休もう。
宿に戻る中、彼女はただそんなことを思うだけだった。
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「やっぱり、似ているわね・・・」
リリーティアと別れ、ジュディスはひとり呟いた。
口元に微かな笑みを湛えながら。
そして、彼女はその呟きと共に、とある遠い過去の記憶を思い出していた。
街の景色ではなく、今し方、リリーティアが立ち去っていった方向を遠くに見つめながら。