第14話 決意
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「せっかくギルド、立ち上げたんだし、何か仕事したいね」
「そう慌てるなって」
蒼天の下、カロルの元気な声が響く。
ギルドの結成が決まってから彼はずっと張り切っている様子で、あまりの張り切りようにユーリは苦笑を浮かべた。
一行は夜が明けて簡単に朝食をすませると、出発する前に今後について話し合っていた。
「それで、リリィとエステルはこれからどうするつもりなんだ?」
「わたしたちは、あのしゃべる魔物を探そうと思います。狙われたのがわたしなら、その理由を知りたいんです」
エステルの考えを聞くと、ユーリはリリーティアへ意味深な視線を向けた。
それでいいのかという、問いかけなのだろう。
エステルが決断したことは、自身を狙った魔物の前にわざわざその身をさらすようなことだ。
おそらく彼もその前途を危惧したのだろう。
彼の視線の意図を察しながら、リリーティアはただ頷いてみせた。
危険だと知っても尚、エステルの決断を受け入れた自分の意志を彼に示す。
「理由がわからないと、おちおち昼寝もできないか」
リリーティアの意志も知ってか彼はなにも異論と唱えることなくエステルの考えを受け入れた。
「でも・・・見つかる?どこにいるかわかならない化け物なんて・・・」
カロルはもっともなことを指摘した。
それは、昨日リリーティアも思っていたことだ。
「化け物情報はカロル担当だろ」
「いくらボクでもあんなの初めてだもん。わかんないよ~」
当然のように言うユーリに、カロルは拗ねるように反論した。
魔物と認識して、その者たちを知っている人はこの世に少なからずいれど、始祖の隷長(エンテレケイア)という種族として知る人は少ないだろう。
リリーティアは始祖の隷長(エンテレケイア)としてその存在を知ってはいるが、一晩考えてはみたものの、やつらがいそうな居場所は推測さえできなかった。
「化け物ではなくて、あの子はフェロー」
「知っているんです?」
その声はジュディスだった。
エステルは驚いて彼女を見る。
「(・・・フェロー)」
リリーティアも驚いたが、どちらかというと彼女に対する疑惑の念が大きなった。
「前に友達と旅をしてた時に見たの。友達が彼の名前を知っていたわ」
「一緒に旅をしてたって人?その人、なんでそんなの知ったの?」
カロルの問いに、さぁ、と首を傾げるジュディス。
その様子にリリーティアは探るような気持ちで彼女を見詰めた。
友達というのは、おそらく彼女が乗っていた竜のこと。
結界をものともしないあの竜も始祖の隷長(エンテレケイア)であるのは間違いない。
だから、やつの名前を知っているのかもしれない。
そして、リリーティアが一番違和感に感じたのが、始祖の隷長(エンテレケイア)のことをどこか近しい感じで呼んでいたこと。
それは親しみのあるような、いや、親しみというのは語弊があるかもしれない。
どう言い表していいかわからないが、なんにしろ、やはり彼女と始祖の隷長(エンテレケイア)は無関係な間柄ではないような気がした。
「見たってどこでですか?」
「デズエール大陸にあるゴゴール砂漠で、よ」
ジュディスが口にしたのは、ここから南西にあるデズエール大陸で、その大陸の大半を占める砂漠地帯だった。
デズエール大陸。
ゴゴール砂漠。
「っ・・・」
リリーティアは血の気が引くのを感じた。
砂漠に吹き付ける、熱い風。
砂漠に照りつける、灼熱の光。
砂漠に広がる、生々しい欠片。
そして、砂漠に漂う、咽るような異臭
リリーティアは奥歯を噛み締める。
今は深い記憶まではいらない。
断片的に思い出せばいいだけだ。
思い出したくもない過去の記憶すべてが、頭の中で溢れ出しそうになるのを彼女は必死に抑え込んだ。
表情には出さないよう気をつけながら、ただ冷静な思考で考えを巡らせ続ける。
ゴゴール砂漠。
そこは〈人魔戦争〉時に、アレクセイと騎士団と共に援軍としてリリーティアが向かった場所。
彼女がたどり着いた時には、すでにすべてが終わった後だった。
すべての命が失われていた。
そして、”敵”の命もそこに堕ちていた。
そこで見たという、フェローという名の始祖の隷長(エンテレケイア)。
やつがあの砂漠にいるかもしれないということは、十年前の〈人魔戦争〉にも深く関係しているのかもしれない。
いや、深いも浅いも、始祖の隷長(エンテレケイア)はそもそも〈人魔戦争〉の”敵”だ。
やつらがかつての仲間たちを奪った”敵”に変わりはない。
「デズエール大陸・・・・・・砂漠・・・」
ジュディスのもたらした情報に、エステルは俄然その気になったらしい。
早くもデズエール大陸に行こうと気もそぞろだ。
「ただ見たってだけでほいほい行くようなとこじゃないぞ。砂漠は」
見兼ねてユーリがすかさず忠告をいれた。
彼の言うとおり、砂漠はいわば死の場所ともいわれるほど、危険な場所である。
植物がほとんど生息せず、水分も少ないために気温の日較差が激しい。
そこは気軽に行くような場所ではない。
そんな彼の忠告は耳に入っていないのか、エステルは何やらひとり考え込んでいる。
「もしかして、おとぎ話の・・・」
と、エステルははっとして顔を上げた。
「お城で読んだことがあります。砂漠に住む、言葉をしゃべる魔物の話を」
「でも、いくらでもあるじゃん、そんな話。ほら、海の中から語りかけてくる魔物の話とか」
エステルが話すそのおとぎ話はリリーティアも幼い頃に読んだことがあった。
カロルの言うように、そういったおとぎ話は世界各地の数多にあり、すべてが作り話とされている。
「それはきっと逆なのかもね」
「逆?」
ジュディスの言葉にカロルが首をかしげる。
「そのままそういう話になったのよ、彼らのことが」
「火のないところに煙はたたない、ですね」
目的の先が見えたからか少し嬉しげに話すエステルにジュディスが頷いた。
しゃべる魔物、始祖の隷長(エンテレケイア)の存在を知るリリーティアも、長い年月を生きるやつらのことがおとぎ話のひとつとしてあることはなんら不思議じゃないと確かに思えた。
だから、ジュディスの考えには少し納得していた。
けれど、同時にその胸にはやはり彼女に対する疑念が渦巻く。
「(彼ら・・・か・・・)」
リリーティアにとっては、どうしても違和感でしかなかったのだ。
始祖の隷長(エンテレケイア)のことを”彼ら”と呼ぶことに対して・・・。
「でも、まさかそこへエステルとリリーティア、二人だけで行くつもり」
「え?あの・・・」
その気になっていたエステルは言葉に詰まり、リリーティアを見た。
彼女の困り果てている様子に、リリーティアは胸の奥にある疑念を振り払いながらカロルへと顔を向ける。
「カロル、エステルの護衛をギルドに依頼してもいい?」
「え?」
リリーティアの思わぬ言葉に、カロルはキョトンとする。
「いいんじゃないか。その護衛、ギルドの初仕事にしようぜ」
「そっか!ここで二人だけで行かせたらギルドの掟に反するよね」
「そういうことね」
顔を輝かせるカロルに、ジュディスが後押しするように言葉を添えた。
ギルドへの初依頼に意気込んだのもつかの間に、すぐにカロルはあっと声を上げる。
「・・・でも、仕事にするなら、二人から報酬をもらわないと」
「別にいいだろ、金なんて」
「ダメダメ。ギルドの運営にお金は大切なんだから」
カロルは人差し指を立て言う。
ユーリはお金に無頓着であったが、カロルだけはそこはきっちりとしており、その言い分はもっともである。
それに、こちらから正式にギルドに依頼したのだから、依頼金を支払うのは当然であった。
「あ、あの・・・わたし、今、持ち合わせないです・・・」
「報酬ってどのくらい必要?」
「あ、そうだなぁ。えっと・・・」
立ち上げたばかりで、依頼金の相場まで考えていなかったのだろう。
リリーティアの問いに、カロルは考え込む。
「報酬は、あとで考えても良いんじゃない?」
長くなりそうだと踏んでか、ジュディスが言った。
「報酬、必ず払います。だから一緒に行きましょう!」
エステルは少し必死な様子であった。
旅を続けるなら、ユーリたちと一緒に続けたいのだろう。
「んじゃ、決まりだな」
ユーリがにっと笑うと、エステルはぱっと表情を輝かせた。
「じゃあ、ヘリオードを通ってから、トリム港に行って船を調達しよう!デズエール大陸まで船旅だ!」
カロルは意気揚々に言うと、腕を突き上げた。
「よーし!じゃあ『勇気凛々胸いっぱい団』出発!」
元気溢れた掛け声と共に、一行の新たなる旅が始まった。
はずなのだが----------。
「ちょっ、それなんです?」
エステルがカロルが言った言葉に思わず目を瞬かせる。
正直、リリーティアも少し気にはなったが。
「え、ギルド名だよ」
「それじゃだめです!名乗りあげるときに、ずばっと言いやすくしないと!」
リリーティアアはカロルらしい命名だなと思わず口元を抑えて笑ったが、
エステルに至っては、すぐに抗議の声を上げ始めた。
「そ、そうなの?じゃあ・・・」
素直に彼女の異論を受け止め、考え込むカロル。
なぜか、ギルドのメンバーでもないエステルも一緒になって考え出し、
二人が真剣に考え混んでいるのを、リリーティアたちは黙って見守っていた。
あまり間もたたずして、エステルが何か閃く。
「凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)、なんてどうです?夜空にあって最も強い光を放つ星・・・」
「一番の星か、格好いいね!」
カロルが声をあげる。
エステルの命名に気に入ったようだ。
ブレイブヴェスペリア----------古代語で<凛々の明星>を意味する言葉。
いつも夜空にあって、どの星よりも煌きを放つ凛々の明星は不思議なことに、常にそこに光輝いていた。
通常、星の位置というのは少しずつ動いているものだが、その明星だけはそこから動くことなくそこに有り続けている星だった。
どれだけ長い時間(とき)が流れても、《いつも》変わらず、《いつも》一番に輝いている星。
「『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』・・・ね。気に入った、それにしようぜ」
「大決定!」
カロルと同じくユーリも頷き、誰も異論を唱える者はいなかった。
「じゃあ改めて・・・『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』、出発!」
カロルの威勢のいい掛け声に、ユーリたちは出発する。
リリーティアが彼らが歩き始めたのを見ていると、
「また、みんなで旅が出来る・・・」
エステルの呟く声が聞こえた。
見ると、彼女は澄み渡る青空を仰いでいる。
大きな喜びが溢れていることを、その静かな声から感じとれた。
ヘリオードの時でもそうであったように、彼女はユーリたちとの旅がまだまだ続いていくことに喜んでいるようだ。
彼女は一度深呼吸した後、ユーリたちの後に続いて歩き出した。
その表情は笑みに満ち溢れている。
リリーティアも彼女の後に続いた。
最後尾を歩きながら、先を歩く皆の後ろ姿を眺めた。
そして、ジュディスのほうへ意識を向ける。
行きがかり上、一緒になり、ギルドに加入した彼女。
竜使い。
始祖の隷長(エンテレケイア)。
フェロー。
おそらく、密接に関係しているであろう者たち。
竜使いについてはしばらく様子を見るという結論に至ったが、いつか判断を下さなければならない時がくるのだろうか。
この旅の先に。
それさえ、今はわからない。
リリーティアはエステルの背に意識を移した。
〈満月の子〉の力。
始祖の隷長(エンテレケイア)。
フェロー。
エステルを狙った始祖の隷長(エンテレケイア)。
その理由は〈満月の子〉の力に関係しているのだろう。
その真意は、この旅の最終目的である、やつから直接聞くしかないのか、それとも、この旅の途中で知ることになるのか。
それも今はわからない。
リリーティアはふとその足を止めた。
そして、空を仰ぎ見る。
考えてみると、すべてが不透明だった。
彼女が竜使いとなった真意。
竜使いが彼女を狙った真意。
始祖の隷長(エンテレケイア)が〈満月の子〉を狙った真意。
すべて密接に関係していながら、それぞれの真意は謎に包まれたままだった。
それは、これから続くこの旅の中でどう明るみになっていくのか。
おそらく、その真意の先で、〈満月の子〉としてのエステルの力をも見極めることになるのだろう。
新たに始まった旅。
そこに広がるのは、漠然とした不安。
けれど、その不安の中でも、彼女の中には揺るぎない想いもあった。
彼女はエステルの背に視線を戻した。
誰かの悲しむ声を聞けば、全力で応えようとする彼女。
誰かの苦しむ姿を見れば、どんな時でも治癒の力を使う彼女。
彼女のその優しさは、あまりに純粋で、深い。
そんな優しい心を持った彼女を----------、
『忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス』
-------------世界の毒だと言った。
始祖の隷長(エンテレケイア)は、やつは、はっきりと言い放った。
そこにどんな真意があるにしろ、彼女が、彼女の力が、世界の毒だなどと言われる筋合いはない。
どこにもないのだ。
それは、十年前だってそうだった。
命を奪われる筋合いなどなかった。
彼女も。
彼らも。
父も。
みんな。
一番、それを奪われるべき人間だったのは----------、
「-------ワン!」
リリーティアははっとして顔を上げる。
見ると、目の前にラピードがいて、こちらをじっと見ていた。
その瞳は「どうした?」と言っているようで、自分の身を案じてくれているようにも見えた。
「何でもないよ。ちょっと考え事」
そう言うと、リリーティアは再びその歩を進めた。
彼女が歩きだしたのを確認すると、ラピードも歩き出した。
相変わらず、察しがいいというかなんというか。
リリーティアは苦笑を浮かべ、ラピードを見詰めた。
そして、さっき自分が考えようとしたことを、そっと打ち消した。
ただ、己の罪だけは胸に残して。
彼女は、前を歩くユーリたちを見る。
ギルドを結成したユーリとカロル。
そのギルドの仲間となったジュディス。
そして、自分を、世界を知る旅に出るエステル。
共に同じ旅を続けることになった彼ら。
けれど、それぞれに心の奥深くに秘めた想いは違う。
ユーリは、不正で苦しむ人々のために。
カロルは、ギルドの首領(ボス)としてギルドのために。
ジュディスは、彼女なりの秘めたものを胸にして。
エステルは、自分を知って世界を知るために。
そんな、それぞれの想い。
それはまた、それぞれに彼らが選んだ道。
リリーティアもそこに秘める想いには様々なものがあった。
その中で、一際強く揺るがない、想い。
彼女は歩きながら、じっと前を見据える。
その瞳に映るのは、エステルだった。
「(彼女は必ず守る)」
もう二度と、やつらなどに奪わせない。
十年前のようには、けして。
リリーティアは、ぐっと両の手を握り締めた。
エステルを守る。
彼女にある、揺るぎなき想い。
騎士としてではなく、
魔道士としてではなく、
彼女自身で決めた新たな決意。
それが、彼女が選んだ、もうひとつの道だった。
第14話 決意 -終-