第14話 決意
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紺青の空に満天の星が瞬く。
夜空に浮かぶ月の光と、パチパチと音を立てる焚き火の明かりが仄かに辺りを照らしていた。
「カロル、嬉しそうですね」
エステルが微笑みなが言う。
彼女の視線の先には焚き火の前で座っているカロルがいた。
その隣にはユーリが座っており、何やら話をしている。
カロルが目を輝かせて嬉しげに話しているところを見ると、ギルドのことについてユーリと話をしているのだろう。
「そうだね。ずっとギルドを作りたがってたから」
リリーティアも笑みを浮かべてカロルを見詰める。
リリーティアとエステルは、焚き火から少し離れたところにいて、ちょうどそこには座るに丁度いい大きさの石があり二人はそこに並んで腰掛けていた。
一行はあれから火を焚いて食事を済ませた後、今は各自思い思いに過ごしていた。
ユーリとカロルは焚き火の前でギルドについて話し合っており、ラピードは焚き火から少し離れたところにある木の下で休んでいる。
ジュディスはだいぶ離れた所に立っていて、ひとり夜空を見上げていた。
「・・・・・・何だか、少しうらやましいです」
カロルを見詰めたままエステルが呟く。
「エステルもギルドに入りたくなった?」
「入れてくださいって言ったら・・・入れてくれるでしょうか?」
「ユーリだったら、『ちゃんと考えて決めたなら止めない』って言うと思うよ」
「ふふふ、きっとそうですね」
エステルは声を上げて笑った。
彼女の笑う声を耳にしながら、リリーティアは一度空を仰いだ
「わたし、ユーリたちと旅に出て本当によかったです」
倣ってエステルも空を見上げると、静かに話し始めた。
「あの時、わたし、とてもうれしかったんです。ハルルの樹がよみがえった時、あんなに喜んでいる街の人たちの姿を見て・・・」
枯れたハルルの樹をよみがえらせるためにパナシーアボトルを使ったがどうにもならず、街の人々が失望に沈んでいたあの時。
咲いて欲しいと祈りを込めると、瞬く間にハルルの樹がよみがえり美しく花が咲き誇った。
街の人々たちの喜びの声、そして、心からの感謝の言葉。
その声が耳に流れた途端、彼女の心は大きく震えたのだ。
「わたしにもこんなに誰かの力になれることがある。役に立てることができる」
本の中で広がっていた世界が旅に出れば当然の手応えとして感じられる。
自分が怪我を治すたび、痛みを取り去るたびに、ときには言葉をかけるだけで、人々から感謝されたのは驚きであると同時に、自分自身が誇らしく感じられたのだ。
「それも含めて、新しいことをいろいろ知ることができて、見ることができて・・・ユーリたちと一緒にいて正解だった気がします」
エステルは本当に幸せそうに話していた。
彼らとの旅で自分にできることがあることを知ったエステル。
それが誇らしく思い、自分の心の中で、もっといろんな人たちの役に立ちたいという思いが湧いた。
「・・・エステル」
リリーティアには誰よりも彼女の気持ちがわかっていた。
”役に立ちたい”
それは、リリーティア自身、かつて抱いていた想いであった。
その想いで自らの道を歩んでいたのだ。
”あの日”を迎えるまでは。
その時、リリーティアの表情が僅かに影をおとした。
リリーティアは内心複雑な心境であった。
エステルにとって、あの出来事は喜ぶべきことで、誇らしく感じたこと。
確かにハルルの樹がよみがえったことで人々が助かったことに関しては、リリーティアも喜ばしいことではあった。
しかし、それは同時に、リリーティアを恐怖へと陥れた。
”エステルの力でハルルの樹を蘇らせた”
それは、望まぬ結果へと導くきっかけになってしまったのだから。
古代の〈満月の子〉の力。
彼女の中にはその力が秘められているのではないか。
確証はまだ得られてないが、そう疑うには十分な出来事だった。
「リリーティア・・・、ありがとうございます」
「エステル?」
突然の感謝の言葉。
「リリーティアはいつもわたしの傍についてきてくれますよね。勝手に帝都を出た時も、ハルルの街の時も、今だって・・・・・・」
しかし、その声音はどこか沈んでいて、落ち込んでいるような雰囲気だった。
リリーティアは彼女の顔を覗き込む。
「わたし、迷惑かけてばかりで-------」
「エステル」
突然言葉を遮られ、エステルははっとしてリリーティアを見る。
そこには穏やかに微笑む彼女の顔があった。
「エステル、それは自分で決めたことなんでしょう?」
リリーティアのそれは優しい声音でとても温かい。
その言葉にエステルはゆっくりと頷いた。
もっと学ぶために、自ら歩み寄るために、旅を続ける。
いろいろなことを知って、それを受け止めて、そしてどうするのか。
まだ、それは分からないけれど。
エステルにとっては、自分なりに考えて決めたことだった。
リリーティアはそのことを理解している。
「私もこれは自分で決めたこと。これまでのことだってそう」
エステルの意志を尊重してきたのは、それもすべて自分がそうしたかったからだ。
世界を見て欲しいという、自分の勝手な気持ちから始まったこと。
そして、今回のことも、リリーティア自身が彼女との旅を選んでのことだ。
そこに不安はあれどエステルと共に旅を続けようと思ったのは、他ならぬ自分の意志。
「迷惑と思うなら、こうしてついていかないよ」
迷惑ならエステルと共に旅に出ることなどしない。
もしそうだったならば、何がなんでも帝都へ連れ戻すために動いていただろう。
「だから、・・・・・・今はこれからどうするか、ゆっくり考えましょう。カロルたちみたいに」
「はい。そうですね」
二人は焚き火の前で話をしているユーリとカロルをもう一度見た。
ユーリと話すカロルのその目は未だにそこで輝いている。
自分たちが立ち上げたギルドの未来に思いを馳せ、希望に満ち溢れていた。
彼らのように、エステルもこの先のことを決めていかなければならない。
自分にもなすべきことを見つけるために、人々に歩み寄る。
そこに目的はあれど、その手段が不透明すぎる。
まずはそのために何をすべきか考えていく必要があった。
「・・・・・・わたし、やっぱりどうしても気になるんです」
エステルは足元に視線を落とし、静かに話す。
リリーティアは言いたいことをすぐに察して、気遣わしげに彼女を見た。
「世界の毒とはいったいどういう事なんでしょう?」
”世界の毒”
怪鳥に言われた言葉がエステルの胸の中にずっと影を落としていた。
それはリリーティアも同じで、たとえ自分に向けて言われた言葉でなくとも、それは無視できない言葉であった。
今もこの耳に忌々しげに響いている。
あの怪鳥から放たれた言葉だからこそ、それは余計に耳に残った。
「あの魔物は、明らかにわたしを狙っていました」
「・・・ええ」
あの怪鳥はその瞳に彼女をはっきりと映していた。
リリーティアも目の前でそれをはっきりと見ている。
エステルを狙っていたことは、疑いようがなかった。
「狙われていたのがわたしなら、・・・その理由が知りたい」
エステルが呟くように、だけどはっきりと言う。
「だから、あの魔物を探そうかと思うんです」
エステルは顔を上げて、リリーティアを見る。
その表情は真剣だった。
彼女の言葉はもっともな話ではあったが、魔物が始祖の隷長(エンテレケイア)だと知るリリーティアには、どうも乗り気にはなれなかった。
「でも、それはあまりに危険なことだよ。相手は確実にエステルを狙ってた。いくら言葉を話せる魔物だからといっても、その前に私たちの話を聞いてくれるかどうか・・・」
始祖の隷長(エンテレケイア)がエステルを狙った。
それはつまり、あの怪鳥を探して見つけたとしても戦いになる可能性があるということだ。
いや、可能性というよりも確実に戦いになる。
つまりはその真意を聞く前に命を奪われるかもしれないのだ。
「・・・・・・そうかも、しれませんけど・・・」
しかし、エステルはだからといって、無視することができないようだ。
それは無理もないことだろう。
毒だといわれて、気にするなというほうが酷な話なのかもしれない。
けれどリリーティアにしてみれば、過去に多くの仲間たちを一瞬にして失ってしまったあの絶望感に比例して、始祖の隷長(エンテレケイア)が持つ強大な力を知る身としては、エステルをやつの前には近づけさせたくなかった。
「第一、手がかりもなにもないのに、どう探せばいいか。この広い世界を当てもなく探すのはあまりに無謀すぎる」
そう、探す探さないの前に手がかりがない。
いくら相手が巨大な魔物だからといっても、途方もないこの広い世界から探し出すのは不可能に近い。
「そうですけど・・・」
リリーティアのもっともな指摘に、エステルはしゅんとうなだれる。
「わたしにもなすべきことがある。それを見つけるためにも、自分から歩み寄っていきたい。だから旅に出ることを選んだ」
リリーティアが言う。
それはエステルが旅に出る決意をした理由。
彼女はなすべきことを見つけるために、旅を選んだのだ。
ならば----------。
「それを見つけるためにといって、あの魔物を探すことは必ず必要なこと?」
自分の命を狙う者の前に、わざわざその身をさらけ出すようなことをしてまで。
エステルの顔を覗き込みながら、優しげな口調でリリーティアは問う。
彼女の想いを今一度確かめるように。
「それは・・・・・・」
エステルは口を噤み、ただじっと足元を見つめる。
しばらくなにか考えると、その口を開いた。
「わたしが皇帝になるかどうかはまだわからないけど、まだまだ知らなければならないことがこの世界にはたくさんあります。そのためにも、自分が何者なのか、あの魔物が言ってた世界の毒が何なのか、知らなければならないと思うんです」
その言葉も切実であった。
今度は、リリーティアが口を噤んだ。
しばらくじっと考える。
----------〈満月の子〉。
ふいにその言葉がリリーティアの頭によぎった。
やはりその心には漠然とした不安が渦巻く。
「本当は少し怖いです。・・・けど、やっぱりわたしは知りたいんです。どうしても・・・」
エステルは静かに訴える。
それは、彼女が選んだ、これから歩む道。
今ここに、曖昧さはなくなった。
彼女の選択した道がはっきりと前に見えたのである。
「分かった、エステル。あの魔物を探してみよう」
承諾の言葉に、エステルがはっとして顔を上げる。
見ると、リリーティアは頷いていた。
「リリーティア、ありがとうございます」
頭を下げるエステル。
「それに、・・・自分のなすべきことを見つけるためには、自分を知ることも必要だものね」
そう言って、リリーティアは微笑んだ。
正確には、そう装った。
自分の中にある不安を表情(おもて)に出さないように。
新たな決意を示した彼女に不安を与えないように。
リリーティアは言い知れぬ不安をその胸の奥に沈めた。