第14話 決意
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リリーティアはユーリたちの後を追って、ダングレストの街を出てすぐの道を足早に歩く。
突然、彼女はその足を止めた。
その視線の先には4人と一匹の影が見えている。
ユーリたちだ。
彼女はしばらくそれを見詰めていたが、何やら意を決した様子で再びその歩を進めた。
ユーリたちは一息ついているところだった。
ずっと走ってきたため、カロルは肩で息をして少し苦しそうである。
彼らは次の目的地について話し合っているようで、ヘリオードまで行こうという話をしていた。
行きがかり上、ジュディスも一緒に行くことになったらしい。
「んじゃ、行きますか。リリィもすぐに追いついてくんだろ?」
「はい、そう言ってました」
「けど、大丈夫なのかな?騎士団はエステルを帝都へ連れ戻そうとしてるのに」
騎士団と反した行動をするリリーティアをカロルは案じているようだ。
だが、ユーリは今に始まったことじゃないだろうと、あまり心配していないようである。
彼のその様子に苦笑を浮かべながら、リリーティアは彼らの元へとさらにその歩を進めた。
「ワン!」
彼女が近づいてきたことを真っ先に気づいたラピードが一声鳴く。
その声に皆が一斉にリリーティアへと顔を向けた。
「リリーティア」
エステルが嬉しげに名を呼んだ。
リリーティアはただ小さく笑みを浮かべて、それに応える。
「オレら、一旦ヘリオードまで行くことになった」
ユーリが次の行き先について話す。
その言葉に、リリーティアは目を伏せた。
「そう。でも、その前に・・・・・・」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「エステル、帝都へ戻りましょう」
「え・・・?」
エステルは眉根を寄せ、驚きに目を見開く。
リリーティアとしては珍しくそれは有無を言わさぬ物言いであった。
彼女だけでなく、カロルもその言葉に驚いている。
「あ、あの・・・リリーティア・・・」
信じられないとばかりに、エステルはリリーティアを見る。
だが、彼女のその瞳を見て、それは冗談で言っているのではないことを理解した。
ますますエステルは彼女の言葉に戸惑いを隠せない。
「・・・リリーティアも、エステルと一緒についてくるんじゃなかったの?」
カロルが不安げに見てくる。
それでもリリーティアはただエステルを見詰めていた。
その様子にユーリは悟った。
彼女は本気でエステルを連れ戻そうとしている。
彼はすかさずリリーティアの前に立った。
エステルを庇うように。
「まじでエステルを連れ戻すつもりか?」
本気で連れ戻そうとしていることを察しながら、ユーリは敢えて聞いた。
けれど、リリーティアは何も答えない。
「エステルは旅に出ることを選んだんだ。<帝国>の姫さんだかなんだか知んねえけどな」
彼は真剣な瞳で見返してくる。
「・・・・・・エステルはエステルだよ」
「リリーティア・・・?」
瞬間、彼女の雰囲気が少し和らいだ。
それはどこか温かみのある声音。
毅然とした行動をとりながら、その温かみある言葉。
その違いに、エステルはさらに彼女の事がわからなくなった。
彼女は何を思っているのだろう。
「なら、どうして連れ戻そうとしてんだ?」
エステルを<帝国>の姫という身分で見ずに、彼女自身として見ているリリーティア。
彼女は騎士としての任務ではなく、自分自身の考えでエステルを連れ戻そうとしている。
これまでの旅の中でも、何度も本人の意思を尊重し続け、エステルの傍につき、ダングレストで帝都へ帰ると本人が決断した時も、リリーティアが僅かに複雑な表情を浮かべていたのをユーリはちゃんと見ていた。
だというのに、ここにきてエステルの意志と背いた行動をとる彼女。
どういう風の吹き回しか、ユーリは彼女の行動の真意を探ろうとした。
「上の命令だからか?」
「これは、私の意志だ」
彼女の雰囲気は一変して、間もおかずにきっぱりと言い切った。
ラゴウの一件で、評議会の力、融通の効かない<帝国>のルールを改めて知ったユーリは、今、彼女もその中にあるのではと思ったのだ。
けれど、彼女ははっきりとそうではないと答えた。
「・・・・・・・・・」
ユーリは、じっとリリーティアを見据え続ける。
その瞳を見ても隠しているのではないことはわかった。
本当に彼女自身の判断でエステルを連れ戻すことを決めているようだ。
たとえ、彼らがそれを止めようとしても、その意志は揺るぎないもので。
「まさか、遣り合うつもりじゃねえだろうな」
瞬間、空気が一気に張り詰める。
エステルとカロルははっとして、リリーティアを見た。
静寂の中に風が吹き渡る。
「・・・・・・必要と判断した場合は」
それも止むを得ないことだろう。
彼女は静かに答えた。
「う、うそ!ほ、本気・・・!」
「・・・!」
「・・・・・・・」
カロルはあまりの衝撃に身を引いて驚いた。
エステルも手で口元を抑えて、驚きに表情を歪ませている。
黙って成り行きを見守っていたリリーティアでさえも、彼女のその言葉には僅かな反応を示した。
その中で、ユーリだけは観念したかのようにひとり深いため息をつく。
この状況を受け入れたらしい。
けれど、エステルが帝都へ無理やり連れて行かれるのを黙って見ているつもりはない。
彼もまた、彼女と遣り合うのも止むを得ないとして覚悟をしたようだ。
「エステルを連れ戻す理由を教えてくれ」
それでも、彼はリリーティアにこれだけは聞いておきたかった。
「命令でもなく、<帝国>の姫だからって理由(わけ)じゃないなら、なんだ?」
騎士としての考えでもなく。
騎士としての任務でもなく。
<帝国>の姫として連れ戻すのでもなく。
彼女自身が、エステル自身を連れ戻そうとするのはなぜか?
ユーリは問う。
彼女の行動の真意を見極めるために。
「・・・・・・世の中には、美しいものがたくさんある。ゆえに醜いものも・・・」
リリーティアは語るように話す。
彼女は確かに望んでいた。
本の中でしか世界を知らないエステルに外の世界を見て欲しいことを。
けれど、彼女は確かに知っていた。
それは同時に、世の中の現実を知ることになるということを。
本の中の世界とは違う、現実の世界。
それは美しくものもあれば、醜くもある。
知ることは時に残酷であり、容赦がない。
「そのことは、エステルも知った」
その残酷さをよく知るリリーティアは迷っていた。
この先も、その世界の醜さを知れる中に彼女をいさせてもいいのだろうかと。
彼女もこれまでの旅の中でそれなりに醜さをその目で見てきた。
<帝国>のルールそのものを。
しかし、だからこそ、彼女は旅を続けることを選んだということも分かっている。
苦しむ人々の声を知るためには旅をすることが必要なんだと。
十分、リリーティア自身も理解している。
けれど----------、
「もう、知ったんだ」
----------彼女は優しすぎる。
誰かが怪我を負っている人がいれば、なり振り構わず助ける。
人々が権力に苦しんでいるのを見ては、深く悲しみ。
<帝国>のルールが正しいものではないことを知っては、深く嘆き。
彼女はすべてを全力で受け止める。
あまりに純粋なのだ。
彼女の想いも、その心も。
これまでの旅でその姿を何度となく見てきたリリーティア。
だからこそ、ふと思ったのである。
これ以上、知る必要はないのではないか、と。
”もう、知ったんだ”----------十分すぎるほどに。
彼女はその純粋な優しい心で、
十分、現実を感じてきた。
十分、世界の醜さを感じてきた。
だから----------。
リリーティアのその声は呟くような小さな声量でありながら、重く響く声音であった。
「・・・リリィ、おまえ」
ユーリはその短い言葉に彼女の想いのすべてを感じ取った。
エステルを心から想っている感情がそこにあると。
エステルが旅に出ることを選んだそのことを案じ、不安に思い、また、それよりも何よりもエステルにその厳しさを伝えている。
そして、彼女の中にはわずかな迷いもあるのだ、と。
だから、エステルにこのまま旅を続けさせてもいいのか、リリーティアは今、見極めているのだろう。
自分の意志でエステルを帝都へ連れ戻すと彼女が言った時、
単にこれ以上の旅は危険だから止めているのだろうと、ユーリは考えていた。
しかし、そうではないことを、その言葉で知った。
いや、その思いも確かにあるようだが、そんな単純な理由だけで済まされるものではないのだ。
”もう知ったんだ”----------その言葉に秘めたリリーティアの想い。
そのすべてを理解するのはおそらく無理だろう。
彼女がこれまで見てきたもの、感じてきたもの、そのすべてがその言葉の中に含まれているのだから。
けれど、エステルを想っての言葉であるということは、ユーリも深く理解した。
「エステル、もう一度聞きたい。あなたはどうして旅に出ることを決めたの?」
リリーティアは少し口調を和らげてエステルに問う。
けれど、その瞳は厳しいものがあった。
「・・・私は、・・・・・・」
その瞳にエステルは一瞬たじろいだ。
視線を落として黙り込む。
でも、彼女はすぐにその顔を上げた。
「お城にいても、苦しむ人々の声は届きません。自分から歩み寄らなければ、知ることはできないんです。だから、私は旅を続けたい。もっと、もっと旅で知ることがたくさんあるから・・・」
エステルはしっかりと前を見詰め、答える。
旅を選んだ彼女の決意は、揺るぎないものだった。
「・・・それはわかるよ。でも、それを知ってどうするというの?」
それは、リリーティアもはじめから分かっているのだ。
橋の上で彼女の言葉を聞いた時から、その決意は固いのだということも。
けれど、だからどうだというのか。
「それを知って、なにができるというの?」
そう、彼女はそれを知ってどうするというのだろう。
苦しむ人々の声を聞いて。
現実を見て。
それを悲しみ嘆くだけなら、旅を続ける意味なんてない。
リリーティアにはそれだけの理由ならこの旅を許す気にはなれなかった。
知って苦しむだけなら、これ以上知る必要はないと思えた。
確かに、痛みを知り、感じることは大切なことかもしれない。
人としても、<帝国>の姫としても。
けれど、人の心には限度がある。
その痛みを、悲しみを、嘆きを、受け止めるにも。
それらを知るだけでは、ただその重みに押しつぶされるだけだ。
そこから、どう前に進むか。
相当な覚悟がなければ、きっとただただ苦しみ、潰されるだけ。
前に進もうとしても、その道を踏み外すことだってあるのだ。
それに、とくに彼女のように、純粋すぎる心ではいずれその身はもたなくなる。
そんな気がしてならなかった。
「それは・・・・・・まだ、わかりません」
エステルは顔を伏せる。
二人のやり取りををただ黙って見守るユーリとジュディス。
カロルは二人のことを何度も交互に見詰め、狼狽えていた。
「でも・・・・・・それを・・・、」
エステルは再び顔を上げ、リリーティアを見詰めた。
「わたしにもなすべきことがある。それを見つけるためにも、自分から歩み寄っていきたいです」
「それが、どれだけ・・・・・・大変なことでも?」
少しばかり強い口調で言うリリーティア。
その割には大変だと言ったその言葉はあまりに抽象的な言い回し方のように、ユーリとジュディスには聞こえた。
苦しいこと、辛いことだと、はっきりとした言葉で言わず、ただ大変だと曖昧に表現したのは、彼女の優しさが思わずそこに出たのだろう。
二人にはそう思えた。
「・・・はい。じゃないと、人々の声を聞くことなんてできないから」
エステルは大きく頷く。
それも、真っ直ぐな目だった。
彼女なりの強い意志が込められた瞳がそこにある。
そうして、しばらくの間、じっとエステルを見詰めていたリリーティアは目を閉じてひとつ小さく息を吐いた。
「・・・・・・わかったよ、エステル」
そして、顔を上げると、眉根を寄せて小さく笑みを浮かべた。
途端に張り詰めていた空気が和らいだ。
正直、リリーティアには未だに漠然とした不安があった。
彼女から見れば、エステルのその決意はまだ少しだけ曖昧さを感じられた。
けれど、それでも今は自分のこの不安よりも、目の前のエステルなりの意志を受け止めたかった。
だから、彼女は選んだ。
「私の勝手で悪いんだけど、改めてこれからもよろしく」
エステルと共に旅を続けることを。
喜ぶエステルに、リリーティアはさらにその笑みを深くした。