第14話 決意
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怪鳥が再び炎を放とうとしていた。
リリーティアはいつでも反撃できるようにぐっと集中を高める。
まさに、一触即発。
さなか、怪鳥の上空に爆発音が鳴り響いた。
同時に激しい光が降り注ぎ、吹き付ける爆風にリリーティアとエステルは反射的に顔を伏せた。
怪鳥は攻撃を止めて上空へとさっと飛び上がり、二人のもとから離れる。
リリーティアが目を開くと、その視界の先に巨大な物体が見えた。
「ヘラクレス!」
彼女ははっとしてそれを見た。
大河に半ば以上、その巨大な脚を埋めて、小山程もある物体がそこにある。
表面には無数の砲台を配している、魔導器(ブラスティア)の城砦。
それは、騎士団の新しい本部として作られた、移動要塞 ヘラクレス だった。
「ユーリ!」
エステルが表情をぱっと輝かせて叫ぶ。
その声を耳にしながらも、リリーティアはヘラクレスからその目を離さなかった。
「無事だな」
ユーリが二人の元へと駆け寄った、
彼の後ろの方から、ラピードとカロルもこちらに走ってくるのが見える。
「あれは・・・?」
ユーリは移動要塞ヘラクレスを見て言った。
ヘラクレスは怪鳥に次々と砲撃を放っている。
砲撃が炸裂するたびに、一瞬爆炎に交じって空中に術式の円陣紋様が花開くように展開していた。
それを見れば誰が見ても、ただの砲撃ではないことはわかるだろう。
「あれは、ヘラクレス・・・・・・移動要塞の?」
「・・・ええ」
エステルの言葉に彼女は額に滲んでいた汗を袖で拭いながら頷いた。
当初は強大な力を持った”敵”から人々を守るための強大な盾として造られた要塞。
けれど、いつしかそれは守る盾というよりも奪う剣と成り代わった要塞。
いまや”敵”である始祖の隷長(エンテレケイア)に対抗する兵器として存在している兵装魔導器(ホブローブラスティア)の要塞であった。
表向きは騎士団本部として銘打ってはいるが、その真の用途はそこにある。
「(ここで、あれを出してしまった以上、ギルド側が黙っていなくなる・・・)」
騎士団たちでは太刀打ちできず、エステルが狙われていた以上やむを得ない状況だっとはいえ、ギルドの膝元であるダングレストの前でヘラクレスを出したことは大きな失態である。
友好条約を持ちかけた傍から、<帝国>が持っている力を示す証となるようなヘラクレスが現れたとなると、反発してくるギルドの人間は大勢でいるはずだ。
友好条約を結ぶには思っていたよりも困難なものとなってしまっただろう。
あれを見たドンは、今どう思っているのだろうか。
リリーティアはそれが気になった。
「ここにいちゃ危ないよ!」
ユーリに追いついて、カロルが慌てて言った。
砲撃は激しさを増している。
動きが早いのか、それとも何か他に理由があるのか、
よく見ると、圧倒的な砲火にもかかわらず、怪鳥にはこれまでの攻撃は一切当たっていないようだ。
橋の近くを中心に不規則な軌道を描きながら、怪鳥は攻撃を回避している。
「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」
「え?」
砲撃はいまだ止まない中、唐突にユーリが言った。
それはエステルに向けて言っているようだ。
上空を見上げていたリリーティアは彼へと視線を移した。
何を言おうとしているのか、彼女はすぐに察した。
「帝都に戻るってんなら、フレンのとこまで走れ。選ぶのはエステルだ」
「わたしは・・・」
彼女は言葉を切り、目の前を流れる大河を見詰めた。
リリーティアは僅かに険しい表情を浮かべてそれを見ていた。
選ぶもなにも、彼女には彼女の意志関係なく帝都へ帰ることが必然であった。
騎士であるリリーティアには、今すぐにもフレンのもとへと、エステルのその腕を引っ張っていくべき立場にある。
それでも、彼女はその様子をじっと見守っていた。
砲撃はいまだ止まないまま。
「わたし、旅を続けたいです!」
爆音に負けないよう、エステルは声を上げて伝えた。
彼女の本当の気持ちを。
押さえ込んでいた思いが溢れ出したかのように、その瞳から涙が弾いた。
その時、エステルに向かってユーリが手を差し伸べる。
彼女はその手と彼の顔を交互に見詰めた。
彼は優しげに微笑んでいる。
そっとその手に自分の手を重ねると、彼女の手が大きな温もりに包まれた。
「そうこなくっちゃな」
片目を瞑って笑みを浮かべるユーリ。
彼女の選択を、彼は歓迎した。
しかし、リリーティアは複雑な思いでそれを見た。
今すぐ彼女を止めなければならない。
リリーティアは意を決して彼女のその腕を掴もうと手を伸ばしかけた、その直後。
これまでと違ったひときわ大きな爆発音が轟いた。
「うわぁぁっ!」
カロルの叫び声と共に耳をつんざくような音と体が吹き飛ばさそうなほどの爆風がリリーティアたちを襲った。
砲撃が逸れて橋に着弾したようだ。
一瞬にして派手な炎と黒い煙が巻き上がり、相当な威力であったため、あっという間にそこから音をたてて橋が崩れていくのが見えた。
あの勢いだと、リリーティアたちがいる足場もすぐに崩れ落ちてしまう。
「早く逃げて!」
とりあえずここからの避難が先だと、リリーティアは彼らに叫ぶ。
爆風によって石畳に座り込んでしまっていたカロルの腕を掴み、急いで立ち上がらせると、その場から駆け出した。
そして、崩壊と爆炎に追われるようにして橋の上を走っていると、先の方にひとつの人影があるのが見えた。
「ジュディス?」
エステルが呟く。
その人影はガスファロストで行動を共にして別れた、ジュディスだった。
驚いたことに、いつの間にそこにいたのか、気づくと怪鳥がジュディスのすぐ近くにいる。
それは、彼女が単身、怪鳥と対峙している、そんな風にも見えた。
「危ないことしないで!」
エステルは悲鳴に近い声で彼女に駆け寄り、その腕を掴んだ。
と、怪鳥はなぜか目の前に現れたエステルには目も呉れず、再び大空へと舞い上がっていく。
その行動を訝しく思いながら、リリーティアは怪鳥に鋭い視線を投げた。
「心配ないわ。あなたたちは先に-------」
「さぁ、早く!」
ジュディスの言葉を遮り、エステルは問答無用でその腕を引きずっていった。
「あら、強引な子」
ジュディスは苦笑を浮かべて、彼女のあとについた。
リリーティアも怪鳥の動きを気にしながらも彼らの後ろを走っていたが、足場の崩壊が止んだことに気づいて立ち止まった。
その時にはヘラクレスの砲撃も止んでいた。
空を仰ぎ見ると怪鳥は街に背を向けて飛び去っているところだった。
「あれ?帰ってく。なんで?」
カロルは首を傾げた。
リリーティアもおかしいと訝った。
怪鳥は明らかにエステルを狙っていた。
まだ、彼女はここにいる。
どうして潔くこの場を去っていったのか、リリーティアにはどうしてもわからなかった。
空の彼方へと去っていく怪鳥をじっと見詰める。
最高峰を誇る<帝国>の力をもってしても、やつは何ら傷を負っていないようだ。
ならば、やはりなぜ去る必要があったというのか。
「(まさか彼女が何か・・・?)」
怪鳥の姿が見えなくなった空を見続けながら、リリーティアは考える。
あの時、単身、怪鳥と対峙していたように見えたジュディス。
この状況下で突如として出会った、おかしな巡り合わせ。
リリーティアは竜使いの彼女がなんの目的でこの橋の上にいたのかが気になった。
「エステリーゼ様!」
その時、崩れた橋の向こう側からフレンの声が聞こえた。
「ごめんなさい、フレン。わたし、やっぱり帝都には戻れません。学ばなければならないことがまだたくさんあります」
エステルは彼に届くように声を張る。
「それは帝都にお戻りになった上でも・・・」
戸惑うフレンにエステルは目を閉じて首を横に振る。
すでに彼女の意志は固い。
リリーティアは彼女から少し離れた所からその様子を眺めていた。
おそらく何を言っても彼女はユーリと共に行くのだろう。
そう半ば諦めた気持ちで、その様子を見守っていた。
「帝都にはノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。自分から歩み寄らなければ何も得られない・・・。それをこの旅で知りました。だから!だから旅を続けます!」
エステルは訴えるように叫ぶ。
ずっと城の中で過ごしてきたエステル。
そんな彼女がユーリたちと旅に出て、様々なものをその瞳に映してきた。
ハルルの樹の息づまるような美しい花吹雪。
エフミドの丘から望む、煌く海。
その瞳に映る自然は新鮮で、すべてが美しいものだっただろう。
でも、いくら雄大で美しくとも、そればかりではないことを彼女はこの旅で思い知った。
<帝国>という機関が正しいことを行うとは限らないと初めて知らされたノール港。
それが当たり前の世の中になっているという、知らなかった現実。
その時の彼女は深く心を痛めていた。
信じられない、と。
だから、彼女は知ったのだ。
自分から歩み寄らなければ何も得られないことを。
リリーティアは、ただじっと彼女を見据え続けた。
彼女の言うことは理解できた。
これまで様々な現実を見てきたリリーティアだからこそ、彼女のその想いは大切なことだということも。
けれど----------。
「エステリーゼ様・・・・・・」
フレンは届くはずのない手を伸ばしかける。
彼にも彼女の想いは理解できるのだろう。
けれど、彼の立場としても、<帝国>の姫であるエステルは帝都へ戻ってもらわなければならない。
「フレン、その魔核(コア)、下町に届けといてくれ!」
そんな時、ユーリはエステルの横から身を乗り出すと、フレンに何かを投げ渡した。
それは、水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)だった。
夕空の下、涼やかな色の魔核(コア)は綺麗な弧を描き、戸惑うフレンの手の中に収まった。
「帝都にはしばらく戻らねえ。オレ、ギルド始めるわ」
「ユーリ・・・!」
ユーリの思わぬ言葉に、カロルは喜びに表情を輝かせる。
カロルはずっとユーリとギルドを作りたいと言っていたが、ユーリはギルドを始めるかどうかを決めかねている様子であった。
だから彼がギルドを立ち上げる気はないとなった時を想像して、それがずっと不安だっただろう。
けれど今、彼はフレンに宣言した。
ギルドを作る、と。
それはカロルが心から望んでいたことで、彼の夢でもあった。
「・・・ギルド。それが、君の言っていた君のやり方か」
「ああ、腹は決めた」
ユーリは頷いた。
強い意志を感じる瞳をフレンに向けている。
リリーティアはユーリの中にあるもうひとつの隠された決意をその言葉に感じ取っていた。
フレンはまだそれに気が付いていない。
その決意を知ったときフレンはどうするのか。
リリーティアは複雑な思いのまま、彼らのやり取りを見詰めていた。
「・・・それはかまわないが、エステリーゼ様は-------」
「頼んだぜ」
「ユーリ・・・!」
フレンの言葉を遮り、ユーリは背を向けて歩き出す。
彼の呼び止める声にも振り向かず、カロルのもとへと歩み寄った。
「言うのが逆になっちまったけど、よろしくな、カロル」
「うん!」
カロルは声を弾ませて、大きく頷いた。
余程嬉しいのだろう。
子どもらしい満面の笑みを浮かべている。
「さぁ、とっとと街を出ようぜ。ウダウダしてると騎士どもが追っかけにきちまうぞ」
そう言うやいなや、ユーリは街の出口へと駆け出した。
カロルと、そして、ジュディスもそれに続いた。
だが、リリーティアだけはユーリたちの後に続くことなく、橋の手すりの近くで、それらの様子をただ見守るように立っている。
エステルは少しの間、駆け出す彼らの後ろ姿を見詰めた後、フレンへ振り向いた。
そして、深々とお辞儀をする。
それは彼に対する謝罪の意味を込めたものなのか、それとも、彼女の決意の表れなのかもしれない。
エステルは顔をあげると、踵を返した。
と、視界の端にいたリリーティアへ体を向ける。
「リリーティア、私・・・」
エステルは不安げにリリーティアを見詰めている。
これまで、どんな時もリリーティアは自分の意思を尊重してついて来てくれた。
しかし、今回はどうなのだろう。
エステルは彼女が今どう考えているのか不安だった。
そんなエステルの不安をその瞳から感じながら、リリーティアはじっとエステルを見詰めていた。
そして、一度目を伏せると、フレンのほうへと歩を進め、橋が分断された間際で立ち止まる。
「エステル、
エステルに背を向けたまま、そう言った。
「リリーティア・・・!」
エステルはぱっと表情を輝かせた。
そこには安堵の色も見える。
リリーティアのその言葉に彼女は喜び、そして、感謝した。
喜ぶ彼女にリリーティアは振り向いて頷くと、エステルも頷いてユーリたちの後を追った。
そして、そこには大河を隔てて立つ、フレンとリリーティアだけになる。
「リリーティア特別補佐、エステリーゼ様は・・・」
フレンは複雑な表情を浮かべたまま、リリーティアを見る。
彼女は目を伏せていたが、しばらくして顔をあげるとフレンを見据えた。
「私は、私のやるべきことをやっていく」
凛とした声音でそう言うと、リリーティアは背を向けた。
それ以上なにも言うことなく、彼女はユーリたちが歩いていったほうへと足早に去っていく。
フレンは困惑した表情を浮かべて、去っていく彼女の背を遠くに見詰め続けた。