第14話 決意
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「エステル!」
「!?・・・リリーティア!」
身動きが取れなくなったエステルの前にリリーティアが現れた。
背に庇って怪鳥の前に立つ彼女。
そんな彼女の背にエステルの感じていた恐怖は少しばかり和らいだ。
リリーティアは眼前にいる怪鳥をじっと見上げる。
近くて見ると、その大きさがより一層身に染みて感じられた。
そして、見下ろすその大きな目。
その目は完全にエステルを捉えている。
リリーティアはその目に圧倒的な内に感じる意志の強さをひしひしと感じていた。
巨大な体躯、圧倒的な目。
そのすべてに気圧されそうになったが、彼女はそこに毅然として立ちはだかった。
「忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス」
人の言葉。
しかし、人間的な声音ではない。
それは、怪鳥の口から溢れた言葉だった。
「人の言葉を・・・!あ、あなたは・・・!」
エステルは驚きに声をあげる。
魔物が人の言葉を話すなど信じられないことだった。
それにはリリーティアも驚きを隠せなかった。
話には知っていたが、実際に耳にしたのはこれが初めてであった。
その時、怪鳥の大きな嘴(くちばし)から、炎の塊が渦を巻いて現れる。
「エステル!リリィ!」
「エステリーゼ様!リリーティア特別補佐!」
どこからか彼女らを呼ぶ声。
それは、ユーリとフレンの声だった。
このただならぬ騒動にユーリと、そして、カロルもすでに広場へと駆けつけていた。
「リリーティア!」
続いて聞こえたその声は、騎士団長アレクセイだった。
いつの間に現れたのか、部下である親衛隊をつれて彼もそこにいた。
しかし、彼らの声は本人たちの耳に届かない。
怪鳥の放った言葉が頭の中に木霊し、それを邪魔した。
リリーティアは渦巻く炎を瞳に映しながら、
『世界ノ毒ハ消ス』-------やつははっきりとそう言った。
『消ス』 -------何を?
『世界ノ毒』-------やつの瞳に映るのはエステル。
ならば、やつの言葉が意味するのは----------エステルを・・・・・・、
”コロス”
リリーティアの両の目が見開かれた。
同時に、彼女の心の奥底に黒い炎が逆巻き、その瞳は瞬き一つなく目の前の怪鳥を捉えている。
何かに突き動かされるように、彼女は二歩三歩と前に歩を進めた。
「・・・・・・奪わせない」
心の奥に逆巻く黒い炎が、一段とその激しさを増した。
呟いた彼女の言葉は誰の耳にも届かなかった。
それは一番近くにいたエステルにさえも。
「リリーティア・・・?」
彼女の背を見詰めながら、エステルは戸惑いに声を零した。
彼女から感じたのは威厳にも似た畏怖。
いや、もしくは畏怖にも似た威厳か。
なんと言えばいいのか分からないが、どこか並ならぬ雰囲気に包まれている様で。
普段とまったく違う雰囲気を纏う彼女の姿に、エステルは驚きと戸惑いが隠せなかった。
しかし、それはあの時の同じようにも感じた。
カルボクラムの地下で、自分たちを背にして巨大な敵を前に立っていた、その雰囲気と。
惑うエステルの前で、リリーティアは《レウィスアルマ》を構えると、瞬時にその足元に大きな術式が浮かび上がった。
「こ、これは・・・・!」
エステルは自分の足元に浮かぶ術式を見る。
それは緑色に輝き、少し離れているエステルまでもすっぽりと囲むほど、通常の術式よりも何倍もの大きさがある。
それだけ見ても、それは単なる魔術ではないことは容易に想像ができた。
「動乱誘う水風」----------青色の術式。
「暗澹漂う闇風」----------紫色の術式。
一節唱えるたびに彼女の前にはそれぞれの色に染まった術式が現れ、その度に風が刃となって舞い上がり怪鳥へと攻撃を繰り出した。
怪鳥は炎を放つのを中断すると、軽々と上空へ飛び、その攻撃をかわしていく。
「恩情溢れる光風」----------白色の術式。
「粗暴震う炎風」 ----------赤色の術式。
次々と繰り出される攻撃。
唱えるその声は凛としていて、叫んでいるわけではないのにあたりに強く響き渡る。
怪鳥は空を旋回しながら、攻撃を避けていく。
そうこうしている内に、リリーティアの前には、赤、白、青、紫の術式が四方に浮かび輝いていた。
彼女は射抜くような目で怪鳥を見上げる。
怪鳥も上空で留まり、二人を見下ろした。
いや、リリーティアただひとりをひたと見ている。
刹那、互いの視線が激しく交わった。
怪鳥が大きな嘴(くちばし)を開き、渦巻く炎がそこに現れる。
同じくして、彼女も両の手に持った《レウィスアルマ》を回し、さらなる術式を組み立てていく。
「その四柱なる風神を統べる王にして、絶対なる空流を降誕せし顕現者」
舞うように術式を描き、彼女の前にもう一つ黄色の術式が現れた。
そして、赤、白、青、紫の円形術式が線術式によって繋がれた。
そこには大きな五芒星の陣が描かれ、煌々と輝きを放つ。
「アルスマグナ アイオロス!!!」
リリーティアは右手に持つ《レウィスアルマ》を高く掲げて、あらん限りの声で術を唱えた。
五芒星の術式から放たれたのは、渦を巻きながら翡翠に煌く凄まじい風。
それは、やはり桁違いに威力の高い魔術であった。
彼女が魔術を発動したのと同時に怪鳥もその口から炎を吐き出した。
騎士団たちに放っていたものよりも、それは遥かに大きい。
互いの間で怪鳥の放った焔とリリーティアが放った魔術が激しく衝突した。
つんざく音と凄まじい衝撃波に橋の下に広がる川が激しく波立つ。
その衝撃の波はユーリたちがいるところまで届き、彼らは咄嗟に顔を覆って僅かに足に力を入れた。
近くにいたエステルもその衝撃に床に手をついた。
彼女の放った魔術は巨大な焔を粉砕し、その威力は少し衰えたが怪鳥に向かって襲いかかる。
だが、怪鳥は大きな翼を揮わせて真上に飛び上がった。
そして、暴風なる風は空を漂い、空に溶けるようにして消えていった。
「・・・・・・すごい」
その声は、ウィチルだった。
魔導器(ブラスティア)研究員である彼もリリーティアが名の知れた魔道士であることを当然知っている。
その実力も噂で知っているつもりだったが、実際に目の当たりにして、彼はそれはやはりただの噂だったのだと思い知った。
魔道博士研究員 リリーティア・アイレンス ---------- その実力は噂の域を遥かに超えている。
彼は彼女のその実力に愕然とした思いと畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
それは彼だけに限られたことではなく、フレンを含めた騎士団員たちは己が上に立つ者のその姿に同じ思いを抱いていた。
「(・・・・・・やつは本気じゃない)」
そんな中、リリーティアは至って冷静に目の前の敵を見据えていた。
その心の奥底には未だ黒く醜いものが炎のように渦巻いていながら、その思考は不思議と平静の中にあった。
放った魔術は今の彼女にとって最高度の威力を誇る魔術。
それはかつて過去に一度放ったことのある魔術だった。
その時は気力が持たず、魔術を放った直後に気絶してしまった。
けれど、あれから十年。
彼女も無駄に時間(とき)を過ごしていない。
己の身の丈を知りながら、術式を改良し、その威力をかつてのものよりも増力させた。
しかし、今の彼女の最大の力をもってしても、始祖の隷長(エンテレケイア)には微々たる力でしかないようだ。
リリーティアはすぐに分かった。
今の魔術で怪鳥の攻撃を粉砕できたのも、相手が本気ではないからできたことだと。
なぜなら、当たり前ではないか。
上空を何度も旋回する怪鳥。
それを瞳に捉えながら、彼女の足元には通常の術式が浮かび上がった。
さっき放った魔術は何度も放てるものではない。
高度なものほどそれ相応に精神の集中が必要でそれだけ気力と体力を有する。
すでに彼女の体は倦怠感に襲われていた。
だが、その頭の何にはいくつもの術式を構築させていく。
神経を研ぎ澄ませ、いくつもの術式を内の中に組み立てていた。
そのひとつひとつの威力は上級に達する魔術。
しかし、それらすべてを合わせてもさっきの魔術の威力には到底敵わない。
今の彼女の気力ではこれが限界であった。
それでも、一度に多くの数を個々に組み立てるだけでも余程の集中力が必要で、それも下級ではなく、上級高度の魔術を複数組み立てて保つことはさらに至難の技である。
それを物語るように、彼女の額には汗が滲んでいた。
再び怪鳥がこんなたちに向かって降下してくる。
彼女は《レウィスアルマ》を握り直し、意識を集中させ続けた。
額から頬に一筋の汗がつたう。
さっきと比べたら格段と威力が下がる魔術。
けれど、このまま屈するわけにはいかない。
彼女の過去が蘇る。
遠い過去。
頬に感じるのは、熱い風。
肌に感じるのは、灼熱の光。
瞳に映るのは、生々しい欠片。
また『消ス』(奪う)とやつが言うならば----------、
彼女の瞳に映るのは、強大な敵の姿。
彼女の心を支配するのは、燃え盛る黒い炎。
そして、その奥に秘められた揺るぎなき想い。
--------------------やつの命を『消ス』(奪う)まで、私はここに立つ!