第14話 決意
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騎士団たちが待機している東の広場に向かって歩くリリーティアとエステル。
そこから見るエステルの背がとても悲しげに映って見えた。
現に彼女にとって、帝都へ帰ることは辛いことなのだ。
ユーリたちとの旅の中で様々な姿をした街や無限に広がる自然に目を輝かせていたエステル。
その旅には彼女の知らなかった世界が広がっていた。
書物ではけして感じられなかったもの。
そこには喜びや美しいものもあれば、悲しみや醜いものもあることを知った。
けれど城の中では、それは感じ得ることも見ることもできないものばかり。
『帝都へ帰ります』
だからこそ、彼女にとってその決断は辛いもののはずであった。
しかし、彼女の旅の目的は確かに終えた。
これ以上の旅を続ける意味はなくなったのである。
ならば、<帝国>の姫として城へ帰るしかない。
たとへ彼女の中に目的ができたとしても、これ以上の旅は<帝国>としても認められないだろう。
今度こそ彼女の旅はここに終わったのだ。
リリーティアはエステルの背をじっと見据え続ける。
彼女の力は未だ見極めることはできていないままだが、障害となる芽は摘み取った。
今はそれで十分だ。
帝都へ帰ってから、また考えればいい。
そう心の中で考えを完結させ、リリーティアは音もなく息を吐いた。
<帝国>の姫を帝都まで護衛する。
それが今の自分の任務だと、彼女は騎士としてその歩を進めた。
----------カン!カン!カン!
「っ!?」
「また魔物!?」
エステルが叫ぶ。
街の入口の広場に続く通りを歩いていると、突然、激しい音が街全体に鳴り響いた。
それは、三日前、凶暴化した魔物がこの街に襲撃した際にも鳴り響いた警鐘であった。
しかし、以前のように魔物たちが向かってくる地響きはない。
いったい何を警告しているのか。
「何が起きたんでしょう?」
「・・・・・・・・・」
困惑するエステルの傍で、リリーティアは辺りを見渡す。
街にいる人たちも何事なのかと戸惑っており、大勢の人が建物の中から飛び出していた。
その時、街のどこからか人々の叫び声が聞こえてきた。
それも一人や二人ではない。
よく見ると、通りの奥から走ってくる人々が見えた。
背後を窺いながらのところを見ると、何かから逃げているようである。
「た、大変だっ!!ま、魔物が!!魔物が街の中に・・・・!!」
人々の中から男の叫び声。
逃げ惑う人々がだんだんと増えていき、リリーティアはエステルの腕を引いて慌てて道の端へと寄った。
道の端へ寄ると、彼女は空を仰いだ。
夕陽に重なって絶妙な色合いを見せる光の輪、結界は確かにそこにある。
なのに、人々は魔物が来たとひどく慌てている。
魔物の大群が襲ってきたあの時と比べても、その慌てぶりは尋常ではなかった。
「どういうことです?結界があるのに魔物が街の中にだなんて・・・」
途端、リリーティアははっとした。
その表情が見る見るうちに強張っていく。
血相を変えて、叫び逃げ惑う人々。
結界があるのに、魔物がきたと叫ぶ人々。
その光景はまさに”あの頃”と同じ状況であった。
実際に目の当たりにしたことはないが、まさに同じ状況化の中にある。
いくつかの街が襲われた、当時の出来事。
それは十年前に起きたあの〈人魔戦争〉時と。
つまりは、人々が魔物と叫ぶ者の正体は----------、
「少し様子を見てくるから、エステルはここにいて」
自分の考えていることが間違いであることを祈りながら、リリーティアはその場を駆け出した。
「え、あ・・・リリーティア!」
「絶対にそこから動かないで!」
手を伸ばすエステルに、リリーティアは叫んだ。
もし、この状況が自分の考え通りだとすれば、尚さら彼女を連れて行くわけにはいかない。
危険すぎる。
リリーティアは逃げ惑う人波に逆らって、前へと駆け出す。
その間も押し寄せる人の数は増える一方であった。
みな後ろを振り向きながら走ってくるため、何度もぶつかりそうになり危ない。
そんな時、通りの先の方から爆音が鳴り響き、地響きが立った。
続いて二度三度と、それは続く。
その地響きに周りの人々の悲鳴が強くなる。
リリーティアはなんとか通りを抜けて、街の出入り口近くの広場に出た。
「っ!?」
彼女は目の前に広がる光景に息を呑む。
その場所には帝都へ帰るために騎士団たちが待機していたところだったのだが、あたりには黒煙が漂い、その中には地に伏した騎士たちの姿があった。
「隊長、大丈夫ですか!」
その声はフレン隊の副官ソディアであった。
剣を支えに片膝をついたフレンに駆け寄っている。
「く、なんて威力なんだ・・・」
苦渋な表情で空を見上げるフレン。
その時、空の一角から笛のような耳慣れない音が響いた。
はっとして見ると、茜に染まった空を背にして何かが飛んでいる。
鳥のようだ。
ただし、かなり大きい。
結界の中を激しい音を立てながら飛び回っている。
途端、リリーティアの両の目が見開かれ、髪の毛が逆立つ。
全身が氷のように冷えていくのを感じながら、彼女は喉から搾り出すように呟いた。
「----------始祖の隷長(エンテレケイア)」
容姿は巨大な魔物そのもの。
大人さえ丸呑みしかねない大きな鳥の姿。
全身は炎のように棚引く真紅に包まれている。
それが本当に燃え盛っているのか、はたまた単にそう見えるだけなのか、リリーティアには判断がつかなかった。
ただ、それは夕日に照らされて、さらに鮮やかに煌き輝いている。
なんであれ、大きかった。
その怪鳥は東に位置するこの橋のあたりを中心に周回している。
まるで何かをさがしているかのように。
彼らはすでにあの怪鳥の攻撃を受けたらしい。
目の前を漂う黒煙は、その時の名残なのだろう。
フレン隊は突然現れたあの魔物といち早く対峙し、決死にこの街を守ろうと戦っていたようだ。
フレンの傍に副官であるソディア、その前にはウィチルの姿も見える。
始祖の隷長(エンテレケイア)であるその怪鳥がこちらへと向かってきた。
怪鳥にいくつかの炎の弾が襲いかかったが、軽々と避けて一度上空へと飛び上がった。
その火球を放ったのは、橋の上にいるフレン隊に所属する騎士のひとりが放ったもののようだ。
怪鳥が上空を一回転して、その大きな嘴(くちばし)から、炎の塊が渦を巻いて現れる。
それは段々と大きくなり、リリーティアがあっと思った時、その焔は放たれた。
爆音と激しい地響き、騎士たちの叫び声と共に爆風が彼女を襲った。
閉じていた目を開くと橋の上にいた数人の騎士たちが黒煙の中に倒れているのが見えた。
瞬間、リリーティアの体が激しく脈打つ。
心の奥に渦巻く黒いもの。
それは燃え盛る炎のように、氷のように冷たい体を駆け巡った。
彼女は上空を悠然と飛び回る怪鳥を鋭く睨み見る。
「大変!しっかりしてください!」
リリーティアはその声に我に返った。
見ると、さっき攻撃を受けて倒れている騎士たちにエステルが駆け寄っているところだった。
リリーティアの後を追いかけてきたらしい。
目の前にけが人がいれば放っておけない彼女の性格は、上空に巨大な怪鳥がいるにも拘わらずその救助に挺身する。
まるで怪鳥がそこに見えていないかのような、その行動。
「エステル、だめ!!」「エステリーゼ様、危険です!!」
リリーティアとフレンが同時に叫んだ。
しかし、彼女にはその声が耳に届いていないのか、彼らに治癒術を施し始める。
突如、怪鳥が急降下しているのが見えた。
それはまさしくエステルに向かっている。
----------彼女が狙われている!?
そう思ったかみたか、彼女はだっと駆け出した。
両の手に愛用の武器《レウィスアルマ》を引き抜き、一直線にエステルへと向かう。
「魔物め、こっちに来い!」
ウィチルが怪鳥に向けて火球を放つが、意に介さずにエステルへと降下している。
「なぜ、私たちを無視する」
ソディアが苦々しげに剣を向けて怪鳥を睨み見る。
怪鳥はエステルの前でその巨大な翼をゆっくりと上下させて上空に留まった。
「わたしが・・・狙われてるの?」
エステルは橋の上でただ立ち尽くしていた。
巨大な怪鳥を前にして感じる恐怖。
どうして自分なのかという疑念。
その恐怖と戸惑いに、エステルはそこから一歩も動けなくなってしまった。
早く逃げなければ。
そう思っても、自分の体は言うことを聞いてくれなかった。