第14話 決意
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橋の近くの物陰と一体になっていた影は、ゆっくりとその場から出た。
そして、纏っていた黒い影(フード)を取る。
その時、小さな花の飾りが揺れた。
影の下から現れたのは、
月の光に照らされた----------リリーティア・アイレンスだった。
黒い外套(ローブ)を身に纏う彼女は、もうひとつの影が去っていった方向を見詰めていた。
しばらくして、彼女は僅かにその口を開く。
「・・・・・・ユーリ」
静かに呟いた。
その声音は様々な感情に溢れていた。
そう、そのもう一つの黒い影はユーリであった。
彼はリリーティアの目の前でラゴウを手にかけたのだ。
それは、鷹から道具の処遇を任されている、彼女の任務であり、役目であったはずだというのに。
ラゴウが評議会の権力を使い、その処罰を軽くし罪から逃れた、その夜。
リリーティアはひとつの決断を下した。
それは、ラゴウ評議会議員を舞台から引きずり下ろすこと。
それが今夜中に自分のやるべきことであり、任務であった。
しかし、そこには思わぬ妨害が入ってしまった。
彼女にとってそれはあまりにも想定外の出来事。
これまで様々な任務に携わってきたリリーティア。
とくに、公にできない任務に至っては、どんな想定外なことが起きたとしてもそれなりに対処できるようにと、常に神経を研ぎ澄まし事を為してきた。
どの任務よりも決して失敗は許されないのだ。
陰謀と陰謀が絡んだ駆け引きからなる暗闘というのは。
その失敗は下手をすれば己の身を滅ぼすことに繋がる。
それでも、今宵、目の前で起きた想定外に至っては、彼女はひどく動揺を隠せなかった。
ユーリの妨害により任務は実行に移せなかった。
しかし、結果は想定通り。
想定通りだからこそ、彼の行動に戸惑った。
リリーティアはそっと目を閉じる。
これまで、旅の中でのユーリの姿を思い返していた。
誰よりも、仲間を思い。
誰よりも、苦しむ人々を痛み。
誰よりも、<帝国>の法に怒り。
彼の行動の中には、人々の笑顔を守りたいという強い想いがあった。
その中で彼は動いていた。
ゆっくりと目を見開き、彼女は橋のたもに歩み寄ると、じっと橋の手すりを見詰めた。
そこには、僅かな朱殷(しゅあん)が広がっている。
今宵、彼はまた動いた。
不正によって苦しむ人々たちを、助けるために。
「そうまでして・・・・・・あなたは・・・・・・」
彼は法で裁けない不正を、自ら裁いたのだ。
たとえそれが、朱(やみ)に手を染めることになろうとも。
彼女は彼の親友である、フレンの姿を思った。
彼にも人々の笑顔を守りたいという想いがある。
だからこそフレンは思った。
不正で苦しむ人々のために戦おう、と。
己が成すべきこと、それは騎士となること。
騎士として成すべきこと、それは法の担い手となること。
彼の確固たる決意。
騎士としての揺るぎない彼の信念。
厳しい現実を目の当たりにしても尚、その信念を貫いていた。
それが、フレンの選んだ道であった。
「ユーリ・・・・・・それが、あなたの選んだ道か・・・・・・」
そして、今、ユーリも選んだ。
フレンと同じく、人々の笑顔を守りたいという想いを胸に。
不正で苦しむ人々のために戦おう、と。
厳しい現実を目の当たりにしても尚、その信念を貫いた。
しかし、それは自ら法を犯してでも不正を裁く、罪人としての道。
それが、ユーリの選んだ道であった。
トリム港でフレンとユーリが言い合っていたあの時。
彼らの想いは同じだった。
すべての人たちが安定した生活の中を生きていけるためには、
騎士団としての地位を得て、法を正しく変える必要があるというフレン。
騎士団としての地位を得るまでの間、不正に苦しむ人々を助けられないとして騎士団を辞めたユーリ。
そのどちらの心にも、人々の笑顔を守りたいという想いがあった。
ただ、そのために二人が選んだ道は、あまりに違いすぎて・・・。
「(フレン、・・・・・・あなたなら、彼の決意を・・・・・・)」
どう裁くだろうか?
ユーリの行いは、己の価値観だけで善悪を決めて悪人を裁く行い。
それは明らかに罪人の行いであった。
フレンは法を正して世を守る立場にいる。
ユーリの行いは、彼としては裁くべき不正であるのだ。
その行為を知ったとき、フレンはどう決断し、それをどう裁くだろう。
親友の罪を。
リリーティアは羽織っていた黒衣の外套(ローブ)を脱ぐと、それで橋の手すりについた朱殷を拭う。
彼女は騎士団に属する身でありながら、彼の行いを心の奥に留めた。
その瞳にしっかりと映し取っても、様々な感情を入り交じる中で、ただそこに留める。
そもそも、彼女はそれを咎める気などない。
これから先も、ずっと。
「(彼もまた、私とは違う・・・・・・)」
リリーティアアは己が左の掌(てのひら)を見詰めた。
これまでにこの手で奪ってきた命は、数知れず。
彼もその手自らにひとつの命を奪えど、そこにはリリーティアと違うものがあった。
彼女にはなく、ユーリにはあるもの。
それは----------正義。
彼は、彼なりの想い、義を以て、守るべきもののために動いた。
苦しむ人々を救うために。
人々の笑顔のために。
だからこそ、彼の行いによって、救われた人もいることは事実で。
「(・・・・・・私は、違う)」
ただ、排除にしたにすぎない。
正義の下ではなく、それは、闇が渦巻く駆け引き。
陰謀は陰謀をもって制されるが如く。
同じ行いでもそこには、人々の笑顔は、見えない。
けれど、自分たちの理想を貫くには、やるべきことであった。
リリーティアはその周辺に残った朱殷のすべてを注意深く拭っていった。
それが今の彼女がやるべきことのように。
当然の如くに。
拭い終えると汚れた外套(ローブ)の中に手近にあった適当な物をいくつか包み入れて縛る。
そして、その黒い塊の外套(ローブ)を橋の下へと放り投げた。
それは水路の底深く沈んでいく。
十七夜(かなき)の月の下。
それを見下ろしながら、彼女は心の内でこう呟いた。
----------すべて、片付け終えた。