第14話 決意
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「ここはいつも賑やかなんですね」
エステルが周りを見渡しながら言った。
あたりは陽気な笑い声、それに混じって怒号も聞こえてくる。
毎日のようにダングレストの夜は賑やかであった。
リリーティアとエステルは騎士団の駐屯地からダングレストに戻り、今は喧騒が響き渡る大通りを歩いていた。
二人が駐屯地にいたのは、明日のことについて話し合うためであった。
エステルが帝都に戻る旨を伝え、明日の段取りを話し合っていたのである。
「ようやく捕らえたラゴウが軽い処分を受けるだけになってしまうなんて・・・」
エステルはぽつりと呟いた。
彼女にはどうしても信じられなかった。
信じたくなかったのだ。
「あれだけひどいことをしていて・・・」
エステルは悲しげに声を零す。
ノール港の私物化。
バルボスと結託しての反逆行為。
街の人々からの掠奪。
騎士団の駐屯地でフレンが言ってた言葉を思い返す。
ラゴウの行いは、それだけではない。
ラゴウの屋敷の地下で実際に目の当たりにしたが、殺した人々は魔物の餌としていた。
気に食わないだけで部下にも手をかけ、生きたまま魔物の餌とすることもあった。
また、他にも、屍体を商品として売り飛ばし金銭に変えたりもしていたのである。
あの時、傍にはエステルもいたから彼は意図的に伏せて言わなったのだろう。
それだけのことが明らかとなっていながら現実はそれを裁くことができない。
評議会が下したのラゴウへの処遇はあまりに見合ったものではなかった。
「評議会の人たちはどうして・・・・・・」
<帝国>に従事する者は<帝国>のため、市民のために日々務めを果たしているのだと思っていたエステル。
しかし、必ずしもそうでなかったことを知った。
その地位を利用して、自分の欲を満たすだけの者もいる。
それは、城の中にいては知り得なかった真実。
彼女は<帝国>に仕える者たちの実態にひどく失望した様子であった。
その様子を見て、リリーティアはその足を止めた。
隣を歩いていたエステルもその足を止め、突然歩みを止めた彼女を訝しげに見た。
彼女はじっと前を見ている。
「・・・・・・すべての人たちがそうではないんだ。議員の中にも市民を想って従事している人もいる。その人たちのこともどうか思ってあげてほしい」
なにも評議会の議員すべてが、私利私欲のために動いているばかりではない。
それは騎士団と同じで、評議会にも様々な人たちがいるのだ。
フレンのように、市民のために日々奔走している者たちもいる。
それもまた事実であり、現実なのだ。
エステルにそう話しながらも、リリーティアは言いようのない感情が心の奥底に巡っていた。
それは黒く、重く渦巻いている。
自分のその言葉とは裏腹な感情が心の奥底にあるのを彼女自身感じていた。
その感情を振り払うかのように、彼女は笑みを浮かべてエステルを見詰めた。
「・・・リリーティア」
エステルはじっと見詰めた。
大きく瞳を揺らして、そこで微笑むリリーティアの姿を映した。
エステルは彼女のことが不思議でならなかった。
どうしてそこまで強くいられるのだろうと。
評議会の実態を目にしながら。
評議会の重圧に耐えながら。
思えばこれまで彼女が一番に評議会、また、騎士団の中でさえも、様々な重圧を受けているのを見てきた。
ひどい言葉が彼女に浴びせられているのを何度もこの耳で聞いてきた。
だというのに、彼女はただ個々の人の良さを見詰めている。
議員だからといって、評議会とは一括りにせずに。
リリーティアは首をかしげる。
黙したまま、じっと見てくるエステル。
あまりにじっと見詰めてくるので、リリーティアは苦笑を浮かべた。
そして、どうしたのかと尋ねようとした、その時だった。
「エステル、リリーティア!こんなところにいた!」
その声はカロル。
見ると、通りの先からこちらへと走ってくる。
カロルはユーリとリタと共にダングレストに宿をとっているのだが、リリーティアとエステルだけは騎士団がダングレスト内に用意してくれた部屋があり、彼らとは別の宿で休むことになっていた。
「カロル、どうしたんです?そんなに慌てて・・・・・・」
息を切らして、カロルは二人の前についた。
エステルが言うように慌てて自分たちを探していたようだ。
「二人ならどうにかできない?」
「どうにかって・・・?」
カロルは息を整えると、突然にも話を切り出す。
何のことを言っているのか分からず、エステルが彼に尋ねた。
「ラゴウのことだよ!」
リリーティアとエステルは顔を見合わせた。
互いになんとも言えない表情を浮かべる。
評議会の立場を利用して罪を軽くしたことを、カロルもどこからか聞いたようである。
それで<帝国>の姫であるエステルや、騎士団の上等級にいるリリーティアに、ラゴウの処遇が改正できないか頼みにきたらしい。
「少し地位が低くなるだけで済まされるなんて・・・、あんなにひどいことしてたのに!」
カロルは訴える。
「それは・・・」
「・・・・・・・・・」
エステルは困り果てた様子でリリーティアのほうを窺い見た。
彼女の視線に一瞥するも、リリーティアはただ黙したまま視線を落とす。
「ちゃんとした罰も受けないなんてそんなの絶対おかしいよ!」
誰もが納得できないラゴウの処遇。
証拠もあるというのに、その処罰は軽いものだということは火を見るよりも明らかであった。
それなのに、それが通ずるのだ。
それが、<帝国>のルールなのだから。
「・・・・・・変わらないままだ」
それは、今に始まったことではない。
昔から暗に広がる<帝国>の闇。
ある意味、<帝国>の真の姿。
「リリーティア?」
リリーティアのその囁きはエステルもカロルにもその耳に捉えることはできなかった。
ただ、彼女の様子にカロルが首をかしげた。
「ごめんカロル、私にはどうにもできないんだ」
「そう・・・なんだ」
さっきまでの勢いを無くし、肩を落として落ち込むカロル。
「ラゴウのことはわたしからもお願いしてみます。正当な処罰を下せるように」
気遣わしげにエステルが言った。
その言葉にカロルは頷いたが、やはり納得は出来ていないようである。
今すぐにもどうにもならないことに歯痒さがあるのだろう。
それから、一言二言カロルと話しを交わした。
明日、ここを発つ時間も告げて。
「じゃあ、ボク行くよ」
「今日はお疲れさま、カロル」
そして、自分たちの宿へ戻ると言うカロルにリリーティアは労いの言葉を掛けた。
「うん、二人もね」
「おやすみなさい」
エステルが小さく頭を下げると、カロルは頷いてその場を駆け出した。
二人は小さな背中が人々が行き交う中へ走り去っていくのをじっと見詰める。
リリーティアはその背を遠くに見つめながら、思い返していた。
彼ら、彼女の姿を。
評議会の権力を前に、己の不甲斐なさに悔やむフレン。
評議会の隠された実態を前に、失望感に襲われ愕然とするエステル。
権力をかざし罪を逃れる者を前に、憤りを抱き訴えるカロル
その光景は、<帝国>のルールが生み出す闇そのもの。
そこには秩序も、まして、正義など存在しない。
ただの陰謀渦巻く闇。
再び、リリーティアの心の奥底に言いようのない感情が蘇る。
やはり、それは黒く、重く、渦巻いている。
その感情の意味を知りながら、彼女は前を見据えた。
その闇は闇をもって制される。
そこにも、正義はない。
陰謀と陰謀が絡んだ、駆け引きだけ。
彼女の視界には人々が行き交う中を走り去る小さな背中があった。
しかし、その瞳の奥には、一人の男の姿を捉えている。
不敵にほくそ笑む男の姿を。
「・・・・・・潮時だ」
囁くようなその声は人々の喧騒の中にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。