第14話 決意
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「それは本当のことなんです?!」
エステルの驚きの声があがった
「・・・・・・はい」
目を伏せたフレンは苦渋な表情を浮かべて頷いた。
エステルは口元に手をあてて、信じられないといった様子であった。
その隣にはリリーティアもいて険しい表情を浮かべている。
まだ夜になって間もない時刻。
そこにはエステルとフレン、そして、リリーティアがいた。
彼女たちがいる場所は、周りは布に覆われており、机と椅子しかない簡素な所であった。
そこはダングレストを出てすぐに構えられた騎士団の駐屯地で、彼女らはそこに張られた天幕の中にいた。
「あんなにひどいことをしていて、そんなのおかしいです!」
「はい、それは・・・。ですが、すでに決定したことなのです」
そう言いながら、フレンは机の上に置かれ用紙に視線を移した。
リリーティアはその紙を手に取る。
「今回の騒動でのラゴウ執政官の処罰は、少し地位を下げる。それが相応の処罰だと、評議会が下した判断です」
フレンの言葉を聞きながら、リリーティアはその紙に書かれた内容を見る。
<帝国>の紋章が描かれた上質な紙に評議会を示すサインが入った通達書。
そこには彼が言っていることが、詳しく書かれていた。
「そんな・・・・・・」
エステルが驚きの声を上げた理由は、今回の騒動の黒幕であったラゴウの処罰について聞かされたからだ。
フレンが言ったとおり、これまで非道なことを行ってきたラゴウが少し地位を下げられるだけでの処罰で済んだのである。
それはあまりにも軽すぎる刑罰であった。
だが、皇帝の代理人である評議会が下した判断は、それがラゴウに対する相応の処罰だと通達された。
「ノール港の私物化、バルボスと結託しての反逆行為。街の人々からの掠奪。・・・・・・これだけのことをしておいて罪に問われないなんて」
それは、誰かに言っているというよりも、自分自身に対して言っているようであった。
悔しげな表情を浮かべながら右手を強く握り締めるフレン。
その時、彼の甲冑が天幕に吊ってある光照魔導器(ルクスブラスティア)によって僅かに光る。
彼の身に纏う騎士団の鎧はどう見ても真新しいもので、以前と違って重々しくも立派な装飾に飾られた鎧と隊服を身に纏っていた。
白銀(しろがね)の甲冑。
鮮やかな浅葱(あさぎ)の隊服に、背には青藍(せいらん)の外套。
腰には光沢に磨かれた刀身の剣を携えている。
「隊長に昇進して少しは目標に近づいたつもりでしたが・・・・・・」
そう、彼は小隊長から本日付けで隊長に就任したのだ。
今回の活躍により彼の昇進が認められたのである。
それは、<帝国>騎士団 フレン隊 の誕生だった。
「このような結果になってしまい、申し訳ありません」
フレンは心底申し訳ない表情を浮かべて言った。
彼の様子にリリーティアは自分の胸の中に何かが圧し掛かるのを感じた。
「フレン、それはあなたのせいではありません」
すかさずエステルがフレンに言う。
しかし、彼は自分自身の不甲斐なさ、己の無力さに憤りを感じているようだった。
評議会に対してもその気持ちはあるのだろうが、何より彼は自分自身を悔やんでいた。
「あの、リリーティア、本当にどうにかならないのでしょうか?これでは、あまりにも・・・」
懇願するようなエステルの瞳。
彼女はどうしてもラゴウの処罰に納得ができず、本気でどうにかできないかと思っているようだ。
フレンのその瞳もどことなくそれを問うような眼差しである。
今回のこの結果を覆す手立てがないか、特別補佐である上司の言葉を待っているようであった。
リリーティアは手に持っていた通達書をそっと机に置くと、しばらくそれを見詰めた後、その顔を上げた。
「残念だけど、どうすることもできない」
「「・・・・・・・・・」」
リリーティアの言葉にエステルもフレンも黙り込んだ。
エステルのその瞳は悲しみに揺れた。
<帝国>の内情を知るフレンは半ば分かっていたことであっただろうが、それでも彼女の言葉に厳しい現実を改めて知らされることとなった。
彼は視線を落として、ずっと悔しげな表情を浮かべている。
そんな彼の姿を、リリーティアはじっと見詰める。
静寂に包まれる天幕。
その静寂の中、彼女は一度目を閉じた。
過去が蘇る。
評議会の陰謀によって多くを奪われた、あの遠き過去。
そこから広がる闇に続く道。
その道を歩く自分。
朱(あか)く染まった手。
リリーティアはその瞳をゆっくりと開いた。
「フレン」
その声にフレンははっとして顔をあげる。
「これが評議会の実態だ」
瞬間、空気が張り詰める。
きっぱりとした物言い。
それが現実なのだと、言い放つ言葉。
理想と現実の違いを知らしめる、それは重く非情な言葉のようでもあった。
「・・・リリーティア特別補佐」
その重みが体中にのしかかる。
彼女の言葉、その声音は、心と共に体が押し潰されるような、そんな感覚へとフレンを陥れた。
それでも彼はリリーティアを見据え続けた。
何より、こちらに向ける彼女のその瞳がそれを許さなかったのだ。
”目をそらすな”
まるでそう言っているような、それは強い眼差しであった。
「あなたは騎士に何を求めた?」
その声は静かながらも、凛として、強く耳に響くものだった。
フレンは彼女の問いに僅かに目を瞠る。
その問いは、騎士になりたての頃、かつて自分に尋ねられた問いだった。
城の廊下で初めて出会った時、シュヴァーンの口から発せられた問いかけである。
フレンは視線を足元に落とし、しばらく黙り込む。
再び、あたりは静寂に包まれた。
しばらくして彼は顔を上げた。
リリーティアを見詰める。
あの頃と同じ、真っ直ぐな目で。
「正義に基づく法と秩序です。騎士はその担い手であるべきだと」
フレンは、あの頃と同じように答えた。
だがそれは、過去に言ったことをただ復唱しただけではない。
もちろん、その場を装った言葉でも、綺麗事をただ並べた言葉でもない。
本心からそう信じている、強い意思が宿った言葉。
しかし、リリーティアから発するその問いかけは、その頃と違った意味も含まれている。
彼女の口から問われた言葉。
それは、かつて城の廊下で問われた言葉と同じでありながら、違っていた。
意味は同じでも、その言葉に含まれた真意は違っていたのだ。
だからこそ、フレンは彼女のその問いの真意を悟った上で、さらに続けた。
「今もそれは変わりません」
はっきりと言い切った。
その時、城の廊下で出会った頃の彼をリリーティアは思い返す。
そして今、目の前に立つフレンをじっと見据えた。
「(・・・・・・大丈夫)」
彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。
その表情はどこか安堵したような笑みにも見える。
瞬間、張り詰めた空気が一変して元に戻った。
そして、リリーティアは一度目を閉じると、ふっと小さく息を吐いてエステルへと向いた。
「それじゃあエステル、私たちはそろそろダングレストへ戻ろう」
「え・・・あ、はい」
二人のやり取りに呆気にとられていたエステルは反応が少し遅れ、戸惑いながらぎこちなく頷いた。
ダングレストに戻ると言う二人に、フレンは街まで護衛を申し出てくれたが、リリーティアは大丈夫だと答えた。
ここから街まではすぐそこだ。
魔物に襲われる心配はほとんどないだろう。
それでも傍に付いて送ろうとするフレンに彼女は苦笑を浮かべながら丁重に断りをいれた。
「リリーティア特別補佐」
二人が天幕から出ようした時、フレンが呼び止めた。
二人は振り向いて彼を見る。
彼はびしっと背筋を正して、そこに立っていた。
真剣な眼差しで、リリーティアを見据えている。
「ありがとうございます」
そして、深々と頭を下げた。
リリーティアへの感謝の言葉と共に。
その感謝は彼女がフレンに尋ねた言葉に対してのものだった。
「あなたは騎士に何を求めた」と言った、その問いかけ。
彼は彼女のその言葉に心から感謝したのである。
彼女が彼に問うたその言葉。
かつて城の廊下で問われた言葉と、今ここで問われた言葉。
過去の問いと現在(いま)の問い。
それは同じであって、それは違っている。
何が同じで、何が違っていたのか。
彼女はこう尋ねた。
「何を求める」のではなく「何を求めた」と。
「求める?」--------それは、未来をどうするかという啓示を尋ねる言葉で、
「求めた?」--------それは、過去だったのかと相手を鼓舞する言葉であった。
かつて言った己の言葉がそこで終わってもいいのか、と
所詮あの言葉はその程度のものでしかなかったのか、と。
”何を求めた”
その短い言葉には、彼女なりの想いが込められていたのである。
それは、まさに一種の激励。
厳しい現実を突き付けながらも。
” だからこそ前に進め ”と。
フレンにはそう感じた。
彼女の言葉を真摯に受け止めた。
目の当たりにした厳しい現実も、容易にはいかない目指す理想も。
改めてその身に刻んだのだ。
彼は一隊を率いる隊長として、今ここに決意を新たにした。
” それでも前に進むのだ ”と。
「・・・・・・・・・」
リリーティアは彼の感謝の言葉に苦笑を浮かべる。
実際、複雑な心境であった。
彼女にとってそれは激励というよりも、ただ確認したかったのである。
彼の中にある、理想に対する想いの強さを。
評議会の権力を思い知り、厳しい現実を知ったフレン。
隊長に昇格しても、評議会議員一人さえも正しく裁けない世の中。
それが、今の<帝国>のルール。
そのルールを目の当たりにした彼に、それでも騎士としての在り方を語ったあの想いはまだそこにあるのか。
それを知りたかったのだ。
ここで揺らぐのであれば、彼があの時語った理想はその足で歩むことはできないだろう。
このまま進んでも、いずれ現実に打ちひしがれて道を踏み外すことになる、確実に。
「(・・・・・・私や、あの人のように)」
ゆえに、評議会を甘く見てはならない。
それを身をもって彼女は知っている。
しかし、だからこそ、彼女はもう二度と評議会の陰謀には屈したくなどなかった。
それは、彼女の根底にある評議会に対する反抗心。
けれど、そこから溢れるものは、フレンの理想をここで立ち止まらせてはならないという、純真な想い。
まんまと陰謀の渦に飲み込まれ、歩む道を踏み外した自分たちのようにはなってはならないという、切なる想いでもあった。
その想いが彼女の中にあったのである。
だから、自分への感謝の言葉は間違っているのだ。
それは、彼のためではなく、すべて自分自身の勝手な感情からのものでしかない。
貫けることができなかった自分たちのかつての想いを、彼に投げ捨てただけ。
あの時のように、簡単に奪われてたまるかと。
彼の理想を、評議会の人間に潰されてたまるかと。
リリーティアは心の内で自らを嘲笑する。
自分が歩むことをやめたその道を彼に押し付けている。
そんな気がした。
その道を踏み外して、違う道を歩んでいるリリーティア。
彼女が踏み外してしまった道を、しっかりと歩んでいるフレン。
それは、あまりにも対照的。
それでも----------、
リリーティアはこれまで歩んできた道を振り返る。
「(----------これが、私の選んだ道だ)」
彼女は心の中で呟いた。
その言葉に偽りはない。
この手で奪ってきた命も、
この背に負い続ける罪も、
この足で歩む闇も、
その全てが、”今の自分の生き方(やりかた)” なのだ。
「フレン隊長、あなたはあなたのやり方で、やるべきことを為していきなさい」
「はっ!」
彼女の言葉にフレンは敬礼して応えた。
しっかりと未来(まえ)を見つめている。
輝きに満ちた瞳(め)で。
彼のその瞳(め)に、リリーティアは心なしか目を逸らしてしまった。
やはり、闇を纏う自分にはあまりにもその光は強すぎる。
けれど、だからこそ、いつまでもその輝きを以て騎士の道を歩んでいってほしいと。
あの時と同じく、彼女は今でもそう願っている。
心から。
リリーティアは目を伏せると、エステルと共に天幕を後にした。