第13話 楼閣
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そんな苦しい状況がしばらく続いたあと、リリーティアは自分の背後に何かを感じてはっとして振り向いた。
すぐそこに青く輝く術式が現れ出している。
しかし、それはリリーティアに向けてのものではなかった。
「リタ!エステル!伏せてっ!!」
彼女は叫びながら、その術式が完全に現れないうちにその場を駆け出す。
術式の横を通り抜け、並んで立っているリタとエステルの元へと向かった。
その叫び声に驚いた二人は無意識に詠唱を中断した。
ひどく困惑した表情で駆け出してくるリリーティアを見る。
その時、その青い術式から鋭い氷の塊が現れた。
直後、リリーティアは二人の腕を掴みとり胸の前に引っ張り込むと、二人を両腕に抱き込んで前に倒れ込んだ。
リタとエステルは何が起きているのか訳が分からいままに、リリーティアの腕の中で小さく声を上げる。
地に倒れ込んだ直前、彼女のたちの真上に鋭い氷の塊が矢の如く通り過ぎていく。
背に僅かな冷気を感じながら、その攻撃が止むのを半ば息を止めてリリーティアは待った。
「二人共、大丈夫?」
「・・・は、はい」
「・・・・・・・・・」
攻撃が止んでリリーティアは上体を起こすと二人の様子を窺って見る。
エステルは突然の出来事で未だに戸惑いながらも何とか返事を返したが、リタはただただ驚いて声もなくリリーティアを見ていた。
二人の無事な様子にほっとした表情を浮かべるのもつかの間に、彼女はすぐに立ち上がって忙しく周りを見渡す。
「え・・・」
無意識に掠れ漏れた声。
リリーティアはある一点へとその視線を止めると、その瞳が大きく見開かれた。
彼女の瞳が捉えたものは、ずっと先の方。
前方にある通路の先、その入口付近に敵の術者が武器である杖を振り上げていたのを見た。
周りの様子を見ても、明らかにあの魔術はその者が放ったもののようだ。
その魔術は風と水に属する、一般的に『フリーズランサー』と称される術。
その術は前方に氷の弾を発射させるもので、弾はさまざまな高さから撃ち出され、扱いの難度は中級レベルとしてそれなりに威力のある魔術である。
しかし、低い位置にいる対象物には当たりにくいという難点もある術とも言え、対象物をよく見極めて使うべきものであった。
浮かび上がってくる術式を見たリリーティアは、すぐにそれと読み取り、その術の難点を利用して攻撃を避けたのだ。
それなりの手練の術者なら難なく扱える魔術なため、別段驚くことではない。
しかし、なぜか彼女はその術者を見た瞬間、ひどく驚きをあわらにしていた。
なぜなら----------、
「(----------あの距離から放った・・・!?)」
敵の術者から、リリーティアたちがいる距離まではそれなりの距離があった。
魔術はただ放てばいいだけでない。
その距離間も把握し、その感覚を研ぎ澄ます必要もあった。
そのため術を発動させる距離が長ければ長いほど正確な発動は難しくなる。
発動可能な距離にはそれなりに限度があるというこどだ。
敵の術者とリリーティアたちがいる間の距離。
それはリリーティアが可能と考える限度を遥かに超えているものであった。
彼女自身もあれだけ距離がある中で魔術を発動させたことなどこれまでなかった。
そもそも、試したこともない。
距離があくほどに集中力は必要であり、その分、発動するまでに時間がかかる。
術が高度になるほどに、さらにそれは厳しいものとなる。
つまりは、敵に対しての隙が大きくなるし、戦闘には非効率的すぎるのだ。
「(先にあの術者をどうにかしないと危険だ)」
リリーティアは厳しい表情で視線の先にいる術者を見る。
すると、その術者が詠唱を始めた。
次はどこを狙っているのか。
そんなことなど考える必要さえない。
それは確実に敵対する術者であるリタとエステルを狙っている。
特に仲間の補助を担っているエステルは一番に狙われているはずだった。
「(どうする・・・・・・)」
リリーティアは思考を巡らせる。
この距離だ。
敵が術を発動させるまで少しだけ時間がある。
しかし、悠長に考えるほどの時間はない。
すぐにでも動くべきだった。
目の前ではジュディスが傭兵たちと戦っている。
リリーティアがいた位置まで後退して、その隙を埋めてくれていた。
周りの敵の数も最初と比べれば少なからず減ってきている。
リリーティアはそれらを視界におさめると、すぐに動いた。
目的は敵の術者の攻撃を阻止すること、ただひとつ。
その方法は単純明快。
可能なかぎり術者に近づいて、こちらから魔術で反撃するのみ。
「ジュディス、しばらくここをお願い!」
そう叫んで、駆け出すリリーティア。
突然にもその場を走り出す彼女にエステルが呼び止めるが、彼女は振り返らなかった。
その場を任されたジュディスは彼女の行動を怪訝に思うも、矢継ぎ早に襲ってくる傭兵たちにその意図を考える暇もなかった。
リリーティアはその円状の地形に沿って走っていく。
何人かの傭兵たちがその行く手を阻むが、彼女はそれをかわして、留まることを知らぬかのように駆け抜ける。
再び別の傭兵たちが目の前に立ちはだかり、攻撃を仕掛けてきた。
相手は三人。
一人目の攻撃を避け、二人目も難なく避ける。
最後の三人目は腹部に《レウィスアルマ》を叩き込んだ。
そして、その傭兵の崩折れる体を踏み台にしてリリーティアは空高くへと飛び上がる。
空中からその瞳に捉えるのは、例の術者ただひとり。
「紫黒(しこく)なる灯火に終焉の時来たり 異界の門開きて 裁きを下せ」
リリーティアは空中で体を何度か半回転させながら、《レウィスアルマ》を巧みに回転させて術式を描いていく。
彼女の周りには紫色の術式が浮かび上がっていた。
「出でよ、アラストール!」
すると、敵の術者の周りに紫色に輝く大きな術式が浮かびあがる。
術者は早急に詠唱を中断し、素早い身のこなしで後ろへと後退する。
しかし、その術式から抜け出すまであと一歩というところで体の自由を奪われた。
どう足掻こうとも、地面に縫い付けられたようにそれ以上足が動かなかったのである。
その術者だけなく、周りにいた傭兵たちも何人かそこに囚われた。
術式の上空に黒く渦巻くものが雷鳴しながら現れると、渦巻く中心にいくつもの術式が門を描くように浮かび上がった。
そこから、二つの鎌のようなものが現れると、回転しながら目にも止まらぬ速さで術式に捕らえられた者たちを攻撃していく。
攻撃を受けたすべての敵がその場に倒れ込んだ。
もちろん、その中には標的であった術者もいた。
問題がひとつ片付いたと安心する間もなく、リリーティアが着地した寸前に傭兵たちが襲ってきた。
彼女はその攻撃に反撃しながらも、元の位置へと戻ろうと駆け出す。
そんな中、何度も傭兵たちが立ちはだかり止めど無く襲ってくる。
それは、どう見てもさっきよりも数が多く、周りの様子を窺うと周辺にいたほとんどの傭兵たちがリリーティアへと標的を変えたことが分かった。
厄介な敵は出来るだけ早急に対処する。
リリーティアたちだけでなく、それは相手も同じこと。
傭兵たちは彼女の攻撃を阻止するべく動き出したようだ。
「・・・来い」
リリーティアは静かに呟く。
数多の敵から狙われたとしても、彼女は臆する様子もなく対峙する。
むしろこうして相手が自分へ気が向いている隙に、ユーリたちが少しでも多くの敵を倒す好機となればと考えていた。
襲ってくる傭兵たち。
止むことのない攻撃にリリーティアはただひたすらに立ち回る。
「ストーンブラスト!」
その声とともに、リリーティアの足元に黄色の術式が浮かび上がる。
それは、そこから石つぶてが噴出する魔術で敵が彼女目掛けて放ったようである。
今まさに敵を倒していた最中であった彼女は少しばかり反応が遅れたが、地面を蹴って横に飛ぶと、地面に一回転しながらその攻撃を寸前のところで避けた。
だが、その起き上がる瞬間を狙って、ひとりの傭兵が武器を振りかざして襲ってきた。
片膝をつきながらも彼女はなんとかそれを受け止めたが、重い一撃にそれ以上の身動きが取れなくなった。
好機とばかりに、彼女に向かって左右前方から四人の傭兵たちが同時に武器を振りかざす。
リリーティアはぐっと歯を食いしばり渾身の力で敵を押し上げると、受け止めていた剣を横へと受け流し、敵の首元に武器を叩き込んで気絶させた。
しかし、すでに彼女の頭上には雄叫びを上げて武器を振り上げる傭兵たちがいる。
どう見ても、すべての攻撃を受け止めることは不可能だった。
だが、両手に持った《レウィスアルマ》ならば、少なくともふたり分の攻撃は確実に受け止められる。
リリーティアは武器を強く握り直して、覚悟を決めた目で敵を鋭く見据えた。
「月光っ!」
その時、傭兵たちがいるさらに頭上から、凛として透き通った声が聞こえた。
矢先、彼女の目の前に何かが降ってきて、その周囲に波動的な光が弾ける。
傭兵たちは眼前に突如として現れたその光に吹き飛ばされた。
唖然とするリリーティアの目の前には微かに煙を帯びながら、一本の細長いものが立っている。
それは、----------槍。
「っ!!」
その光景を捉えた瞬間、彼女の右肩が疼いた。
胸の奥は一瞬にして恐怖に支配される。
それは、見覚えのある光景だった。
数年前に見たある光景と似ていた。
そう、似ている。
まったく同じ光景ではない。
けれど----------同じだった。
記憶にある過去の光景と、現在(いま)目の前に広がる光景。
それはまったく同じではないのに、彼女の瞳の中でそれは確かに重なったのだ。
さらに右肩の疼きが激しくなる。
それは、彼女にとって、あの者が現れた時に必ず起きる無意識なる体の異変。
その時、目の前にある突き刺さった槍が引き抜かれた。
リリーティアは反射的に身を固くする。
そう、過去にもそれを見たのだ。
槍を引き抜く----------、
「大丈夫、リリーティア?」
そう言ってこちらに振り向く。
リリーティアは愕然とした思いで、その者を見詰めた。
襲ってくる傭兵たちから自分を助けてくれた、
「ジュディス」
-------------------竜使いを。
この時をもって、リリーティアは確信した。
彼女こそが、竜使いなのだと。
なぜ、今の光景でそう断言するに至ったのか。
過去の光景と目の前の光景
ただ似ていただけにすぎないはずなのに。
それは、正直リリーティア自身にも説明することはできなかった。
でも、確かに瞳の中で重なったのだ。
何より、はっきりとして己の体の一部からは警告を発していた。
竜使いが現れた、と。
それは本能からか、それとも経験からか。
どちらにしろ、リリーティアはすでに確信してしまったのである。
塔の頂上へ向かっていた道中、一度休憩をとった間に一度彼女のことを疑った。
竜使いなのでは、と。
その時は自分の早合点でしかないと、彼女を疑ったことに自己嫌悪さえ覚えた。
しかし、その疑いは事実だった。
ならば、自分はどうするべきか・・・・・・。
疑惑が事実だった場合のことなど、ひとつも考えていなかった。
今の状況では、リリーティアにも判断できなかった。
「(今は・・・、やるべきことを済まそう)」
リリーティアはその真実を頭の奥へと追いやった。
今はバルボスの処遇が先だ。
竜使いである彼女が戦っている姿を前にしながら、リリーティアはそう自分自身に言い聞かせた。
右肩の疼きを感じなから-------。