第13話 楼閣
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「ええ、まだ天辺につかないのお!?」
何段目になるか分からない階段を上った時、まだその上があると知ってカロルが泣き言を発した。
さっきまで意気揚々とはしゃいでいたのに、気分が激しく落ち込んでいる。
「しっかりしろよカロル先生。本番はまだこれからなんだからな」
ユーリがカロルの肩を軽くたたく。
「それは分かってるけどさあ・・・」
カロルは大きく肩を落としている。
それを見たリリーティアは、ユーリとカロルの傍に歩み寄った。
「ユーリ、一旦ここで休まない?さすがに私も少し疲れた」
腰に手をあてて息をつくリリーティア。
どこまでも続く階段に彼女も少し疲れを感じてはいたが、実際のところ、休むほどのことではなかった。
それでも、ここで一度休息するべきだと考えた。
バルボスを捕まえることが自分たちの最終的な目的である。
この階段を上った先におそらくバルボスがいるだろうから、階段を上りきった後が何より重要なのだ。
ここで体力をすべて使って、いざという場面で力を発揮できなかった場合のほうが困るというものだろう。
だからこそ、彼女はここでの休息を提案した。
「しょうがねえな。んじゃ、少しだけ休むとすっか」
ユーリは呆れたような顔をして、ため息をついた。
だが、彼はリリーティアの意図を察したようではある。
「あら優しいのね」
「肝心の対決を前にバテちまったんじゃ話になんねえしな」
笑みを浮かべるジュディスにろくに視線も合わせず、ユーリは建物の壁を背にして体をもたせかけた。
”相変わらず素直じゃないな”と思いながら、リリーティアは休む態勢をとるユーリを見る。
彼の傍にはラピードが寄り添った。
辺りを見渡すと、皆もそれぞれに思い思いの場所に腰を下ろし、適当な機械の上や直接床に座り、足をさすったり、建物内を見渡したりもしている。
彼らのその行動をしばらく見守った後、リリーティアも壁に背を向けてその場に座った。
「あなたも優しいわね」
突然、上からジュディスの声が降ってきた。
見るとすぐ傍で彼女が座っているところだった。
彼女の言葉に内心戸惑いながらそれを見ていると、ジュディスは微笑んでこちらを見てきた。
おそらく彼女も、疲れた風を装って休憩を促したリリーティアの意図を見抜いていたのだろう。
リリーティアは彼女に小さく笑みを返すと、視線を前に戻した。
少し離れた先にエステルとリタが穏やかに談笑しているのが見える。
しばらくその様子を見ていたが、ふと視線を横にした時、槍が目に止まった。
それは、ジュディスが使っている武器だ。
ここに来るまで待ち構えていたバルボスの部下たちと何度か戦闘をこなしたのだが、ジュディスは戦いに慣れているようで、ユーリやラピードと共に前衛の位置で好戦的に槍を手に戦っていた。
その姿にはじめこそ驚いたが、迷いなく敵を打ち倒す姿は勇ましく、また槍を巧みに操るその動きには華麗さがあり、戦いの最中、後ろから見ていたリリーティアの瞳には、それがとても美しく映った。
リリーティアは隣にいるジュディスに視線を移した。
彼女はじっと前を見詰めている。
その視線の先をだどって見てみると、彼女もエステルとリタが穏やかに談笑しているのを見ていた。
「(・・・・・・エステルのほうを見てる・・・?)」
しかし、よく見ると、それは二人をというよりもエステルのほうをじっと見詰めているようであった。
もう一度ジュディスをほうを横目で見やる。
やはり彼女は、じっとエステルのほうを見ていた。
どうしたのだろうかと怪訝な表情を浮かべるリリーティアは、すぐにはっとすると視線を前に戻して顔を伏せた。
そのまま、何やらしばらく考え込む。
リリーティアはこれまでに感じだ彼女に対する違和感を思い返していた。
その違和感。
それは、彼女がここへ訪れた理由を話していた時に感じたこと。
研究の旅をしていたら捕まったのだと、ユーリが代わりに答えていたあの時のことである。
他の皆は彼女が捕まっていた理由に納得していたが、リリーティアだけは何故か妙な違和感を覚えていた。
ならば、その違和感はどこからくるのか。
ジュディスからではなく、ユーリが口を挟み答えたのを見たからか。
彼がそれを答えた後のジュディスの様子を見たからか。
いろいろ考えたが、正直、リリーティア自身もその違和感を感じた理由ははっきりと答えられない。
リタが言うように、研究熱心な性格が多いと言われるクリティア族だからと考えると、研究の旅をしていて捕まったという彼女の理由は、らしいといえばらしい。
なにもおかしいことではない。
しかし、どうもそれだけでは納得まではいかなかった。
ならば、その違和感の原因が彼女がここにいた理由に対してとするならば、いったい自分はどんな理由ならば納得するのか。
リリーティアはもう一度、彼女の様子を窺った。
彼女の傍には槍。
そして、それを華麗に使いこなして戦う彼女の姿。
ユーリと共に現れた彼女。
彼女がここにいた理由の違和感。
そして、エステルを執拗に見つめているその瞳。
そのすべてをふまえて、改めて思考を巡らす。
しばらく考えて込んだリリーティアは、突然、険しい表情を浮かべてその瞳を大きく揺らした。
「(まさか、彼女が・・・・・・)」
考えた末に、リリーティアの行き着いた納得の答えは----------、
「(----------竜使い)」
一瞬後、右肩に激しい疼きが襲った。
リリーティアはとっさに右手をぎゅっと強く握りしめた。
肩を掴みそうになったのを反射的に抑えたのだ。
周りには悟られぬようにと。
肩の疼きを感じながら、リリーティアは再び冷静に考える。
その答えには、ただひとつ、合わないところがあった。
それは、彼女の扱う武器である、その槍だ。
数年前のあの頃と現在(いま)のあの時、竜使いのその手に持つ槍はどちらの時もまったく同じものであった。
しかし、現在(いま)隣にある、彼女が持つそれは槍ではあっても装飾も形状も違うもの。
それを見れば、今の段階で彼女を竜使いと断定するのは早合点とも言えるのではないだろうか。
そう思った時、徐々に肩の疼きがおさまっていくのを感じた。
リリーティアは目を閉じて、深く息を吐く。
そのため息は自分自身に向けたものだった。
「何か悩み事、かしら?」
「え?」
その声に、リリーティアははっとしてジュディスを見る。
いつのまにか彼女の瞳はエステルではなくこちらに向いていた。
「ため息ついていたから」
「あ、ごめんなさい」
さっきのため息が、近くにいた彼女には聞こえていたらしい。
リリーティアは少し照れたような、申し訳ないような、複雑な笑みを浮かべた。
「いろいろ考え事をしていて・・・」
彼女が竜使いと同一人物なのではと疑っていたなどとは言えず、リリーティアは苦笑を浮かべた。
逆に色々と繕って答えても、怪訝に思われるだけだろう。
「そういえば、あなたは騎士としてだけじゃなく、魔導士としても有名だって言っていたものね」
ふと思い出しながら話すジュディス。
ため息もつきたくなるほど忙しい身の中にいるのだなと、彼女は言いたいのかもしれない。
ここまで上ってくる間にジュディスはリリーティアたちについていろいろ聞いていた。
エステルが<帝国>の姫であること。
リタが天才と呼ばれる魔導士であること。
その流れの中で、リリーティアは騎士であり、リタと同じ魔導器(ブラスティア)研究員であることも話した。
「有名っていうのは・・・、私からしたらリタの方だと思うんだけど・・・」
リリーティアはリタのほうを見る。
彼女はエステルと談笑を続けている。
そこにはぎこちなさはあれど、出会った頃と比べれば、だいぶ親しげにエステルと会話を交わすようになっている。
人の相手をしている時よりも、魔導器(ブラスティア)に触れている時のほうがよほど親しげな彼女ではあるが、エステルに対しては少しずつ親しげに接するようになっているようだった。
リリーティアは二人の様子を微笑ましく見詰めると、すぐにジュディスへと視線を戻した。
「騎士でもあって、その上、魔導士でもあるだなんて、なんだか不思議ね。他にもあなたのような人がいるものなのかしら?」
「それは・・・、私だけかな。確かによく不思議がられるよ。ほとんどの人が、それがおかしいと思うみたいで」
ジュディスの問いにリリーティアはくすりと小さく笑った。
これまで何度も投げかけられてきた質問とは少し違うが、やはり引っかかるところは誰もが同じのようである。
「あら、そうなの?私はいいと思うけれど」
ジュディスは頬に手を添えて、言葉を続ける。
「生き方は人それぞれですもの。それは人に言われて決めることでもないわ。だから、いいんじゃない」
「・・・・・・・・・」
その言葉にリリーティアは思わず息を呑んだ。
じっとジュディスを見詰める。
「?・・・私の顔に何かついてるかしら?」
ずっとこちらを見てくるリリーティアに、ジュディスは首を傾げる。
彼女はその言葉に答えることはなく、ただじっとジュディスを見ていた。
「・・・ふふふ」
と、突然彼女は口元に手をあてて笑い声をもらす。
驚いた表情を浮かべたと思ったら、急に笑い出すリリーティア。
ジュディスは怪訝な表情を深くした。
「あ、ごめんなさい」
そう謝りながらも、また笑っている。
リリーティアは完全に笑いが収まった後、申し訳ないような表情を浮かべてジュディスを見る。
「以前も同じようなことを言ってくれた人がいたんだ。それを思い出して・・・」
そう、あの時と同じだった。
それは、ぶっきらぼうな言い方だったけれど、その言葉の中には優しさがあった、あの言葉。
それは、誰よりも魔導器(ブラスティア)を大切に想っている彼女が言った、あの言葉。
あの時の言葉とジュディスのそれは、少し言い回し方は違うけれど、まったく同じ意味が込められた言葉であった。
「ありがとう、ジュディス」
笑顔を浮かべるリリーティア。
ジュディスからの思いがけない言葉。
それは、彼女にとっては単に当たり前のように零した言葉だったのかもしれない。
特別な意味もなく、ただ自分はそう思ったから口にしただけ。
そんな感じではあったけれど、やはりそこにも彼女の持つ優しさを感じ取れたのだ。
同時に、その言葉には彼女の信念が隠れているようにも感じた。
そんな優しくも、強い想いを感じる言葉に、リリーティアはその笑顔に感謝の思いを込めた。
ジュディスの言葉に、あの時と同じように胸の奥が温かくなるのを深く感じながら。
「・・・・・・・・・」
ジュディスはなんと言葉を返していいか分からず、彼女のその言葉の真意を探った。
自分の中では感謝されるような事を言ったつもりではなかった。
しかし、どう見ても当の本人は心から嬉しげにそこで笑っている。
しばらく怪訝に見詰めていたが、やはり、目の前にあるその表情は表面上に繕ったものではない。
さっきの言葉も、心からのものだと思えた。
その柔らかな笑みは、不思議と彼女の人柄そのもののようにも感じた。
リリーティアからの感謝の言葉はあまりに思いがけないことで、その真意はよく理解できなかったが、彼女のその柔らかな笑みはジュディスに自然と笑みを零させた。
「よし、そろそろ行くか。あまりバルボスの野郎を待たせても悪いからな」
その時、ユーリの声があたりに響いた。
彼の声に皆が次々と腰をあげていく。
その様子を見た後、リリーティアもその場に立ち上がるとユーリたちの後に続いた。
ジュディスも壁に立てかけていた槍を手にして、彼女のその後に続くと、しばし黙り込んでリリーティアの背をじっと見詰めていた。