第3話 少年
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「にしても、エステルは一体どうして急に倒れたりしたんだ?」
ラピードを枕に気を失ったままのエステルを見ながら、ユーリはリリーティアに聞く。
二人の前にはパチパチと焚き火が小さく音を立ている。
彼の問いにリリーティアは少し考える素振りを見せると、その口を開いた。
「おそらく、エアルに酔ったんだと思う」
「エアルって魔導器(ブラスティア)動かす燃料みたいなもんだろ? 目には見えないけど、大気中にまぎれてるってやつ」
「ええ。エアルはこの世のあらゆるものに影響を与えている。とくに、濃度の高いエアルは人体に影響を与えるほど危険なものとなるんだ。通常、この大気中に含まれるエアルの濃度は人体に影響を与えるほどではないから、私たちの日常では心配はないんだけど」
あの魔導器(ブラスティア)の機能はほとんど失われていたのだが、あの時一時的にエアルと干渉してしまったらしい。
「それじゃあ、あの光は・・・、一時的に干渉して濃いエアルが放出されたんだな。エステルはそれで倒れたってことか」
「ええ、おそらく」
「ふ~ん、だとすると呪いの噂ってのはそのせいなのかもな」
魔導器(ブラスティア)が普及しているとは言え、未だその仕組みの根本となると、エアルについては世間一般にはあまり知られていない。
そのためエアル酔いを呪いか何かととらえ忌避することが多い。
彼の言う通り、このクオイの森にある呪いの噂もここからきたというのは間違いないだろう。
「にがっ」
見ると、いつのまに拾っていたのか、ユーリの手には鉛丹(えんたん)色の果実が握られていた。
彼は顔をしかめながら、一口かじられた痕があるそれを見ている。
「大丈夫?」
「これは食えたもんじゃねえな」
リリーティアは苦笑を浮かべてユーリを見る。
森に成っていたその果実は確かに食べられるような果実ではなかった。
それはニアの実と言って食べても人体に害はないが、味はまさにユーリが言っていたようで苦味が相当キツく、食糧としては不向きなものだ。
また、魔物たちが縄張りを主張する印としても使われていて、そのためよく森に落ちているのを見かける。
彼はその魔物たちが縄張りの印として置いていたものをその辺で拾ったのだろう。
仕方なくユーリは簡単な食事を作ろうと、その場を立ち上がった。
その時、エステルが微かに体を動かした。
「エステル?」
リリーティアは立ち上がると、身動きをしたエステルに近寄った。
目を覚ましたようで、彼女はゆっくりと体を起こすと頭を抑えた。
「大丈夫か?」
「うっ・・・少し頭が・・・。でも、平気です。わたし、いったい・・・」
「突然倒れたんだ。リリィによれば、エアルに酔ったんだと」
「エアル酔い・・・?そういえば、濃いエアルは人体に影響があるって、前に本で読んだことが・・・」
「ええ。あそこにある魔導器(ブラスティア)から、時折濃いエアルが放出されているみたい」
エステルは立ち上がろうとして、僅かにふらついた。
リリーティアは慌てて彼女の肩に手を添えて、彼女の体を支えた。
「エステル、まだ起き上がらないほうがいい。もう少し休みましょう」
「そうはいきません。早くフレンに追いつかないと」
「また倒れて、今度は一晩中起きなかったらどうすんだよ」
「でも・・・・・・そうですよね。ごめんなさい・・・」
エステルは肩を落として落ち込んだ。
「エステル、そんなに気を落とさないで。フレンに会った時、あなたが元気な姿じゃないと、彼が心配するよ」
「はい」
エステルは頷くと焚き火の傍におとなしく座った。
リリーティアも彼女の隣に座ると、近くにいるラピードを見る。
「ラピード、お疲れさま」
エステルのために枕の代わりをつとめてくれたラピードに労いの言葉をかけると、ラピードは一度リリーティアへと顔を上げただけで、何も言わずに目を閉じた。
実際どう思っていたのかは彼女にはわからなかったが、なんとなくその動きは”大したことはない”と言っているように見えて、彼女は小さく笑みを零した。
「・・・うっ」
エステルの呻く声に見ると、彼女の手の中には、さっきユーリが食べて苦いと言っていたのと同じ果実があった。
それを見たリリーティアは、ジト目でユーリに視線を投げる。
「ユーリ、エステルに何食べさせてるの」
「はははっ、これで腹ごしらえはやっぱり無理か」
「とてもおいしいです」
「・・・・・・エステル、無理しなくていい。それ、もとから食べられるような果実じゃないから」
顔をしかめながらも、果実を噛じるエステル。
どう見ても無理をして食べている彼女にリリーティアは苦笑した。
しばらくして、ユーリが作ってくれた簡単な食事を口にしながら一行は休憩を取った。
「フレンが危険なのにユーリは心配じゃないんです?」
食事をしながら、エステルはふと疑問に思ったことを口にした。
「ん?そう見える」
「・・・はい」
「実際、心配してねえからな。あいつなら自分で何とかしちまうだろうし。あいつを狙ってる連中にはほんと同情するよ」
ユーリのその口ぶりに、リリーティアは訝しげに彼を見た。
「ガキの頃から何やってもフレンには勝てなかったもんな。かけっこだろうが、剣だろうが。その上、余裕かまして、こう言うんだぜ?大丈夫、ユーリ?ってさ」
どうやら、ユーリはフレンと旧知の仲だったようだ。
「ユーリとフレンって、幼馴染だったんだ」
その事実にリリーティアは少しばかり驚いた。
世間は思いのほか、狭くできているらしい。
「・・・まあ、昔馴染みってなだけだよ」
「うらやましいな・・・。わたしには、そういう人、誰もいないから」
エステルは目を伏せ気味にして、呟くように言った。
<帝国>の姫という立場上、気安い友人と呼べる相手とは無縁で育ったため、そういった飾らない間柄には誰よりも思い入れがあるようだ。
リリーティアに対しても愛称で呼んでくれることにこだわったことからも分かるように、飾らない間柄の象徴でもあるような”エステル”という呼び名に並々ならぬ情熱をもっているのは、このことが大きく影響しているのだろう。
「・・・・・・・・・」
リリーティアは僅かに眉根を寄せて、じっと彼女を見詰めた。
<帝国>の姫である彼女に対して、今は共に旅をする仲間としてリリーティアも親しみをもって接しているとはいえ、だからといって、やはり彼女と自分とでは”気安い友人”と呼べるような間柄ではない。
そこには<帝国>の姫と<帝国>の騎士という立場がある。
姫という身の上を思ったリリーティアの胸中には、エステルに対して僅かに憐れむ思いが溢れた。
「いても口うるさいだけだぞ」
だが、羨むエステルに対して、ユーリは面倒くさそうな顔を浮かべている。
僅かな期間で小隊長となり、騎士として規律を重んじる真面目さがあるフレン。
あの城の廊下で出会った印象からしても、生真面目そうな性格だと強く感じさせた彼のことだから、どこか適当にものをこなすようなユーリは、そんな生真面目な親友にこれまでいろいろと小言を言われてきたのかもしれない。
不思議とその様子が容易に想像できで、リリーティアは微かに苦笑を浮かべた。
「どうした、ラピード?」
その時、リリーティアの隣にいたラピードが急に立ち上がった。
ユーリは問うがラピードから何の反応はなく、自分たちが歩いてきた方向をじっと見詰めている。
リリーティアも周りの気配を探ってみたが、これといった異変はないように見受けられた。
「さて、そろそろ行くか」
ユーリはそろそろ出発しようという合図だと受け止めたのか、その場に立ち上がった。
リリーティアとエステルも、それに倣って立ち上がる。
そして、一行は身支度を整え、さらに森の奥深くへと足を踏み入れるのだった。