第12話 黒幕
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紺青の空に煌く星々。
星々と共に浮かぶ丸く満ちた月。
月の光に照らされたダングレスト。
「これですべてです」
人の声。
それは、人ひとりがやっと通れる建物の隙間から聞こえた。
街灯もなく、その隙間は密集市街地に形成された狭い道で、いわゆる路地であった。
建物の壁に阻まれ、奥まで月の光が届かない路地にはふたつの影の塊が見える。
「それでは、お願いします」
「わかりました」
その会話のあと、後から返事をしたほうの影がすぐに動き、路地を抜けて街の表通りへと出ていった。
もうひとつの影は、ひとりそこに取り残される。
しばらくその場に留まっていたが、その影も動き出して路地を歩いていく。
徐々に道が開け、遮るものがなくなった影は満月の光に照らされた。
闇を纏っていた影は、瞬く間にその身に真紅を纏う。
その姿は、リリーティア・アイレンスであった。
彼女は用心深く辺りの気配を探りながら、街灯が並ぶ表通りへとその身をすべらすようにして出た。
彼女は黙したまま、ただひとり街中を歩く。
すでに夜が訪れてから二時間以上の時間が経っているが、街の通りは人通りが絶えることはなく騒がしいものである。
近くの酒場からは陽気な歌声や笑い声、それに混じって怒号も聞こえてくる。
客を呼び込む商店も一向に締まる気配がない。
そんな歓楽街さながらの雑踏の中で、彼女は思考を巡らせていた。
「(とりあえず、ラゴウについてはあれでいいとして・・・・・・)」
酒場でラゴウの身柄を拘束してから、カロルが呼んでくれたフレンたちが酒場へと駆けつけ、無事にラゴウの身柄を引き渡した。
ラゴウは自分を陥れるためのリリーティアの罠などと、無茶苦茶なことを口走りながらフレンの部下たちに連れて行かれた。
すぐにドンもそこに現れ、彼の部下と共に『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』のアジトであるその酒場は制圧された。
<帝国>とギルドユニオンの武力衝突も、ドンがギルド側に事の真相を伝えたことにより、ギルドの者たちも落ち着きを取り戻したようだ。
そうして、事態は無事に収拾され、あとはバルボスのことだけだった。
それに関しては明日から行動をとる。
問題はない。
「(必要なものは回収したし、報告も終えた)」
バルボスがいた酒場には、これまで行ってきたいくつかの研究資料があった。
その内容はバルボスとラゴウによってこれまで進められてきた魔導器(ブラスティア)に関することが書かれてあった。
リリーティアは自分たちにとって重要なものだけを厳選して、周りに悟られないようそれを持ち出した。
そして、その資料と共に今回の騒動の現状報告を記したものをアレクセイのもとへと送った。
彼女が路地で行っていたやり取りはこのことであった。
「(今日はもう宿に戻って休もう)」
リリーティアの他、ラピード、エステル、カロル、リタはあの騒動からとりあえずひと段落がついた頃、街の入口から一番近くにある宿『アルクトゥルス』で宿をとることにした。
勘定してくれた宿主も気さくな人で、まさにギルドの人間らしい気前のいい人柄である。
地下水道に潜ってから行動を共にしていたレイヴンは、今回の騒動の収拾に追われてドンと共にユニオン本部に戻っていった。
当の本人はトンズラするき満々だったようだが、当然それはドンによって叶わなかった。
フレンに関しては、ラゴウのことや今後についてドンと互いの在り方を話し合うなど、騎士団のほうも忙しくしているようだ。
そのことからも分かるように、ひと段落着いたといっても今回の騒動の収拾が完遂するにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「(みんなも、もう宿にいるかな・・・)」
宿をとった後は、各自自由に過ごすことにしていた。
その間、こうしてリリーティアは自分のやるべきことを済ませていたのである。
今はエステルの護衛が主な任務であり、本来ならば彼女のそばを離れてはいけないのだが、自分の行動が目立たないよう、人通りが多いこの時間帯のうちにアレクセイへの報告を済ませておきたかったため、そこは割り切った。
街の外へ行く際にはひとりでの行動はしないようにエステルには念を押して言ったから、リタとカロル、ラピードの誰かとは一緒に行動しているだろう。
誰と行くにしてもラピードは常に彼女のそばをついて回ってくれているような気がする。
そう、リリーティアは思った。
エステルが近づこうとするとラピードはなぜか逃げ出すが、周りの様子を察して、その都度に最善の行動をとってくれている。
この旅でラピードを見てきた彼女は、おそらくそれは気のせいではなくそうしてくれているという確信のほうが強かった。
そう思うと、ラピードにはこれまで何度として助けてもらったことだろうか。
彼女は思わずひとり苦笑を浮かべた。
「・・・・・・・・・」
とその時、突然、彼女はその足を止めた。
しばらくそうしていると、ふと顔を横へと向ける。
その視線の先には出店があった。
女店主が大きな声で客を呼び込みながら、客に商品の説明をしたり、またそれを勧めたりしている。
彼女はその店に足を向けた。
「いらっしゃい!」
客の間をぬって商品が並ぶ前に立つと、女店主が意気揚々と客である彼女を迎えた。
この店はいろんな装飾品を売っている店だった。
見たところ女性ものがほとんどで、周りの客も女性ばかりである。
店に掛かる光照魔導器(ルクスブラスティア)に照らされて煌々と輝き、装飾品はとても美しいものであった。
しばらくそれらを見ていると、
「おや、あんたのその髪飾り・・・・・・」
その声に顔を上げると、女店主が少し驚いた様にこちらを見ていた。
訝しくその店主を見ていると、相手はすぐに気さくな笑顔を浮かべた。
「良く似合ってるじゃないかい」
「え?・・・あ、・・・ありがとうございます」
思わぬ言葉にリリーティアは少し動揺したが、礼の言葉を返した。
女店主はあまりにもにこにことして笑顔をこちらに向けてくるので、内心戸惑いながら気になることを尋ねた。
「あの、この髪飾りのこと、なにか知っているのですか?」
「ああ、じろじろと見て悪かったね。いやね、その髪飾り、うちで扱ってたもんだったからついね」
女店主は申し訳なさそうにしながらも、そう話した。
聞くと、この髪飾りは以前この店で一点ものとして売っていたものなのだという。
その話を聞いて、リリーティアは驚いた。
「よく覚えてらっしゃるんですね」
この髪飾りをもらったのは、もう5年ほど前の話だ。
そんな前に扱っていた商品を覚えているこの店主は、よほど自分の扱う商品をひとつひとつ大切にしているのだろうかと思った。
今、目の前に並ぶ商品も綺麗に並べられており、美しく輝いていることから丁寧に扱っているということは何となくわかる。
でも、逆にこれほどの品物の数を扱っているとなると、一点ものだったからと言っても覚えておけるものなのだろうか。
リリーティアには不思議でならなかった。
「あははははは!」
周りの客もぎょっとするほど、豪快に笑う女店主。
自分は何かおかしなことを言っただろうかとリリーティアは首を傾げた。
「ま、その髪飾りは特にね」
女店主はにっと歯を見せた笑顔を向けた。
リリーティアはキョトンとして彼女を見る。
その言葉には何か深い意味があるような気もしたが、よく分からなかった。
彼女にとっては思い入れのある品物だったのだろうか。
「大切にしてくれているようだね。見てすぐにわかったよ」
「・・・そ、そうですか?」
彼女の言うとおり、リリーティアはいつもこの髪飾りを大切にしていた。
きちんと手入れもしているし、肌身離さずつけている。
でも、見ただけですぐに大切にしているのかどうかを見抜く彼女に、またも驚きを隠せなかった。
「ああ、もちろん!そんだけ大事にしくれてたら、送り主もさぞ嬉しいことだろうねえ」
満面の笑みの女店主。
その笑みと彼女の言葉に、リリーティアは言葉に詰まった。
なんと言葉を返そうかと考えていたら、彼女が言った髪飾りの送り主の顔が不意に思い浮んで、なぜか急に気恥ずかしくなったリリーティアは、さらに言葉を返せなくなってしまった。
何も言葉を返さないリリーティアに対しても、女店主は本当に嬉しげな表情をしばらくこちらに向けていた。
そして、自分の扱っていた品を大切にしてくれていることへの礼を伝えると、客に呼ばれた女店主はリリーティアのそばを離れていった。
しばらくの間、リリーティアは客と楽しげに話す女店主を困惑した面持ちで見ていたが、はっと何かを思い出すと、少し後ろ髪を引かれる思いがあったが、そっとその店を後にしたのだった。