第12話 黒幕
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あまりの早さにエステル、カロル、リタの三人は、二人の戦う姿をただ見ているだけに終わってしまった。
その連携のとれた動きに呆気にとられていたといったほうが正しいだろうか。
三人はただ呆然として、リリーティアとレイヴンが武器を仕舞う姿を見詰めていた。
その時、不意にリリーティアがその口を開いた。
「どこへ行かれるおつもりですか、ラゴウ執政官殿?」
呆然としていた三人ははっと我に返って、彼女の視線の先を辿った。
見ると、露台の近くにいたラゴウが、いつの間にか一階に降りる階段近くにいて、こちらに背を向けていた。
バルボスの部下との戦闘騒ぎに乗じて、この場から逃げ出そうとしていたようである。
「な、なんですかね。わ、私がどこへ行こうと勝手でしょう」
「・・・今回のことで、今度という今度はあなたの罪は明白となりました。<帝国>の法のもと、あなたの身柄を拘束させていただきます」
リリーティアはラゴウに向き直ると、毅然とした態度で彼に告げた。
「な、なんのことです!私が罪を犯したという証拠はどこにあるのですか?!」
あれだけのことをしておいても尚、ラゴウはまだシラを切るつもりのようだ。
「往生際の悪いじいさんね」
「な、なんです!その口の利き方は、私は評議会の人間ですよ!」
呆れるリタにラゴウは指をさして怒りの声を上げた。
「ラゴウ、これまであなたがしてきたことはこれ以上見逃すことはできません。おとなしく投降しなさい」
<帝国>に仕える身でありながらのラゴウの行動に、これまで何度もショックを受けていたエステルは厳しい態度で言葉を投げた。
「すぐに『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』はギルドユニオンにより制圧されるでしょう。逃亡したバルボスも後に身柄は拘束されます。彼らを調べれば、あなたと結託していたという証拠もすぐに出てくるのです。遅かれ早かれ、あなたの不正は如実のものとなるでしょう。エステリーゼ様と私、そして、彼らの証言も含めて」
リリーティアはラゴウに歩み寄る。
ラゴウはぎりぎりと歯を噛み締め、悔しげな表情で睨んでいた。
「<帝国>騎士団の名のもとに、ラゴウ執政官殿、あなたを逮捕します。あなたの身柄はフレン小隊へ引き渡し、帝都まで連行します」
ラゴウの刺すような視線をもろともせず、彼女は<帝国>の騎士として彼の前に立った。
彼の瞳は怒り揺れていたが、何も反論はしてこなかった。
「カロル、悪いけど、フレンたちをここへ呼んできてくれる」
「ついでにじいさんにもここのこと伝えてくれんかね。伸びちまっているこやつらのこともあるからさ」
「あ、う、うん。わかった!」
二人の頼みに頷いて、カロルは急いで階段を下りていく。
カロルを見送ったあと、リリーティアは後ろに立っているリタとエステルへと歩み寄った。
「二人とも大丈夫?」
「はい」
「それよりも私はあのバカドラよ!早くとっ捕まえて一発殴ってやんないと気が済まないわ!」
「ユーリのことも心配です」
リタとエステルは今にもその二人を追いかけたいようだ。
彼女らの言葉に、リリーティアは一度外へと視線を向ける。
すでに茜色の空は、徐々に紺色に染まってきていた。
ちらほらと星も瞬きはじめており、半刻もしないうちに夜を迎えるだろう。
「気持ちはわかるけど、じきに夜になる。バルボスが向かった方角からすぐに居場所も割り出せるだろうから、今夜一晩はダングレストで体を休めて、夜明け前にここを発とう」
リリーティア自身はバルボスが向かった場所はわかっていたが、それは口に出さなかった。
どちらにしろ方角からすぐに分かることである。
バルボスの根城であるガスファロストがある場所は砂地で、周りには目立った建物も草木もないのだ。
その存在を知らなくとも彼が向かった方角に進めば、誰であってもすぐに目星はつくだろう。
「そんな悠長に休んでる暇はないわよ!」
「今日はいろいろありすぎた。今は感情が高ぶっている状態だから疲れに気づいてないだけで、少し休んだほうがいい」
リタは抗議の声をあげるが、今は体を休めることのほうが先決だった。
今日一日だけで多くの出来事が起き、それ以上に戦闘の数もこなした。
ダングレストでの魔物襲撃。
ケーブ・モック大森林での巨大な魔物との戦闘
そして、この事件の騒動。
自分たちが思っている以上に体力は消耗している。
「リリィちゃんの言うとおりよ。すぐに追いかけていっても、そこにたどり着いた途端ぶっ倒れたりでもしたら敵の思うツボってもんでしょ」
レイヴンの言葉を聞いても、二人は腑に落ちない面持ちであった。
気持ちの中ではまだ整理ができないようだ。
「・・・そうですね、わかりました」
「はぁ、仕方ないわね」
だが、リリーティアたちが言うことが正しいと頭の中では分かっている二人は、しぶしぶだが頷いた。
中でもエステルはとても不安げな面持ちであった。
よほどユーリのことが心配のようで、リリーティアはそんなエステルに困ったような笑みを浮かべる。
「エステル、ユーリのことは心配ないよ。彼は強いから」
穏やかな声音でエステルに言う。
彼の戦術の腕はリリーティアも十分に理解していた。
その強さだけでなく、彼は心持ちがしっかりしている。
常に冷静な判断で周りを導き、己の意志を強く持つ彼ならば、その場その場で彼なりに最善の行動をとるだろう。
リリーティアが言う強さには、ただ剣の腕がいいという意味だけではなく、彼そのものの強さのことも言っていた。
「そうですよね。ありがとう、リリーティア」
”ユーリは大丈夫だ”と自分に言い聞かせているような感じではあったが、
少しは不安も和らいだのかエステルはいつものように柔らかい笑みを浮かべた。
「・・・・・・いい気になるんじゃありませんよ」
今までじっとして黙っていたラゴウが、急にその口を開いた。
リリーティアたちはその声に顔を向けると、ラゴウは射抜くような目でこちらを見ている。
その視線は明らかにリリーティアだけに向けられたもので、沸々とした怒りが込められた視線をひしひしと感じながらも、彼女はラゴウへと向き直った。
「アレクセイめの狗がいきがるんじゃありません」
さらにラゴウの目は鋭くなる。
しかし、リリーティアのその瞳(め)には怒りも何も変化はない。
ラゴウにとって一番気に食わない瞳(め)がそこにあった。
そのことがさらにラゴウを苛立たせ、彼の心の中にある怒りを膨張させた。
「あヤツめに媚を売って、つくづく頭の悪い小娘なことですね」
リリーティアは何も言い返すことはなく、じっとラゴウを見据えている。
やはり、その瞳(め)には何ひとつ変化はなく。
さらに怒りを湛えた目で睨みつけるラゴウ。
「私はあなたなど簡単に潰せるのですよ」
「ラゴウ!あなたは-----!」
「エステル、私は大丈夫だから」
瞬間、ラゴウはこれまで見せたことがないほど不気味にほくそ笑んだ。
「おや?・・・今のは私の聞き間違いでしたかな?」
その言葉に、相手の反応の意図をすぐに察したリリーティアは僅かに眉をひそめた。
彼女の僅かでありながらも見せたその一瞬の変化に、ラゴウはさらに厭みな笑みを深くする。
「一介の騎士であるあなたが、<帝国>の姫君に対して馴れ馴れしい言葉を話されたように聞こえたのですがね」
「それは私が-----!・・・リリーティア」
エステルは抗議の声をあげようとしたが、それはリリーティアの手で制された。
困惑と不安な面持ちで彼女を見るエステル。
エステルからは彼女の表情は見えず、今どう思っているのか、窺い知ることはできなかった。
「いや、やはり今のは私の聞き間違いでしたか。これは失礼しましたな、それが事実なら不敬罪になりかねませんからね。・・・・・・そもそも特別補佐であろう貴公が、そんな無礼な振る舞いをするはずがありませんな」
「・・・・・・・・・」
ラゴウの皮肉。
それでも、リリーティアのその瞳(め)だけは何ひとつ変化を見せない。
しかし、この時に彼女の胸の内には、たとえようがないものが渦巻いていていた。
それは、重く、激しく。
「私は評議会の人間です。さきほども申し上げたでしょう、あなたなど簡単に潰せるのです」
その言葉に何かを感じとったリリーティアは反射的に短剣に意識を向けた。
だが、すぐにその意識を解いた。
まだその時ではないのだ----------、
蔑んだ目。
不気味な笑み。
威圧的な言葉。
ラゴウからの重圧のすべてを一身に受けながらも、彼女は常のごとくにそこに在り続ける。
最後の最後まで、その瞳(め)は何ひとつ変化を見せなかった。
--------------------今は、まだ。