第12話 黒幕
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どのくらい地下水道を進んだだろう。
太陽の光もささない、外の様子もうかがえない地下をずっと歩いてきたため、どのくらい経ったのか時間の感覚がよくわからなかった。
そんな中、一行の前には上に続く階段が現れた。
「階段があるってことは・・・」
「この階段の先に、おたくらが忍び込もうとしてた場所があるってことね」
階段を上がり、隙間から微かに光がもれている扉の前にたどり着いた。
ユーリはそっとその扉を開け、隙間からその先を覗き見る。
見ると広い部屋に机や椅子がたくさんあり、見たところ酒場らしき場所のようであった。
「誰もいねえみたいだな」
そこには誰一人として人の気配がなく、閑散としていた。
ユーリは扉を開いて中へ入ると、リリーティアたちも周りを警戒しながら彼に続いた。
「ここは・・・・・・」
「バルボスがアジトに使ってる街の東の酒場、つまり、おたくらが忍び込もうとしてた場所よ」
「じゃあ、このどこかにバルボスが・・・・・・?」
建物の外にいる見張りに気づかれぬように、声を抑えて話しながらカロルは辺りを見渡す。
しかし、やはりどうも見ても人の気配はなかった。
外は厳重に見張りがたっていたが、案外、中は無防備な状態であったようだ。
「上があるみたいだな・・・上がってみるか」
ユーリは二階に続く階段に気づき、一行は足音を立てないようにそっと階段を上がった。
階段を上がりきる手前、誰かの声が聞こえた。
「バルボス!これはどういうことです!」
「何を言っているのか、ワシにはさっぱりだな」
その声はラゴウとバルボスであった。
声の調子から何やら言い争いをしているようだ。
一行は一度足を止め、階段の影でその話に聞き耳をたてた。
「例の塔と魔導器(ブラスティア)のことです!私は報告を受けていませんよ!」
「なぜ、そんなこと報告しなきゃならない?」
「(例の塔、・・・ガスファロストのことか)」
ガスファロスト。
それは、トルビキア大陸の北、スウェルダル諸島にある要塞のことだ。
ダングレストからだと北北東に位置し、バルボスのもうひとつのアジトとして存在している要塞だった。
そして、そこでは秘密裏にヘルメス式魔導器(ブラスティア)の研究が行われていた。
バルボス本人は気づいていないが、それもすべてアレクセイが裏で糸を引いた結果にもたらされていることである。
だから、リリーティアは知っていた。
その要塞がそこに存在し、なんの目的で建てられたのか、それらすべてのことを。
「な、なんですと!?雇い主に黙ってあんな要塞まがいの塔を・・・。それに『海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)』まで勝手に使って!」
「(やはり、あれはバルボスの仕業か・・・)」
ダングレストで起きた魔物の襲撃事件で、結界魔導器(シルトブラスティア)を直そうとした際に赤眼がそれを邪魔してきたが、あれはすべてバルボスの指示だったようだ。
「ワシは飼い犬になったつもりはない。ただおまえの要望どおり、魔核(コア)を集めたのだ。そのおかげで天候を操る魔導器(ブラスティア)を作れたんだろう」
「誰が余った魔核(コア)を持っていっていいと言いました!?」
「お互い不可侵が協力の条件だったはずだがな」
「な、なにを・・・!」
「ワシが貴様のやることに口出しをしたか?」
「・・・バルボス、貴様!」
互いに激しく口論するバルボスとラゴウ。
これまで彼らはそれぞれの目的のために互いに手を組んで事を進めてきた。
しかし、所詮それは互いの利害が一致したにすぎないだけの関係だ。
互いにそれを利用こそすれど、そこには信頼などはなからない。
「執政官様がお帰りだ」
「覚えておきなさい!貴様のような腹黒い男はいつか痛い目を見ますよ!」
「貴様がな」
一行は再び階段を上り進み、バルボスとラゴウの前に姿を出した。
広い部屋の奥にはバルボスが椅子に腰掛け、その前にある机には光照魔導器(ルクスブラスティア)と様々な書物が開かれたまま無造作に置かれている。
バルボスが座っている目の前は露台になっていて、その部屋との境には窓もなく常に開け放たれた造りとなっていた。
現在の時間帯に相応しい夕日がそこから煌々と部屋の中を照らしている。
そして、バルボスから少し離れた位置に立っているラゴウ。
彼の後ろには術式が書かれたメモ板があり、そこには大小ばらばらの紙切れがいくつも貼り付けられていた。
それはバルボスが研究している魔導器(ブラスティア)の術式を記しているもののようだ。
この部屋には彼ら二人だけでなく、数人の部下たちも適当な位置でそこに立っている。
「あ、あんたら!」
リタがバルボスとラゴウに怒りをあらわにして睨み見る。
「悪党が揃って特等席を独占か?いいご身分だな」
ユーリはバルボスの背を見据えて言う。
この部屋の露台からは街の外に広がった平原が見下ろすことができた。
その平原には緊迫した空気が漂っていた。
騎士とギルドの大群が今にも戦いを始めそうな勢いで睨み合っているのである。
その互いの距離は矢を射れば届きそうな位置にあった。
<帝国>騎士団は今ある戦力を持って整然と隊伍を組んで並び立っている。
おそらく、偽の書状に煽られた<帝国>側からさらに騎士団が派遣されて、現在はこっちに向かっていることだろう。
ただし、それは表面上として。
騎士団長であるアレクセイもドンと同じく、この茶番劇のすべてを見抜いているだろうからだ。
そして、騎士団の前に対峙しているギルドの軍勢。
騎士団の整った陣形に比べ、ギルド側のそれはかなりのでたらめであった。
とはいえ、今で言うと数の上ではギルド側のほうが圧倒的に勝っている。
その状況はまさに一触即発と言ってもいいほどに、平原にはただならぬ光景が広がっていた。
「その、とっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?」
バルボスは椅子から立ち上がり、一行へと振り向いた。
「ほう、船で会った小僧どもか」
バルボスが面白いものでも見たかのような、怪しげな笑みを浮かべた。
「この一連の騒動は、あなた方の仕業だったんですね」
「それがどうした。所詮貴様らにワシを捕まえることができまい」
険しい表情のエステルの言葉にバルボスは余裕の笑みをこぼした。
「はあ、どういう理屈よ」
「悪人ってのは負けることを考えてねえってことだな」
「なら、ユーリもやっぱり悪人だ」
「おう。極悪人だ」
にっと笑うカロルの言葉に、ユーリはふさげて不敵な笑みを浮かべてみせた。
「やれやれ、造反確定か。面倒なことしてくれちゃって」
レイヴンは片手で頭を押さえ、至極面倒だと言わんばかりにため息をついている。
リリーティアも内心、彼の言葉に深く同調した。
「ガキが吠えおって」
バルボスの部下が一行を取り囲んだ。
ユーリはすかざす剣を抜き、戦う構えをとる。
「手向かうか?前に言ったはずだ。次は容赦しないと」
「そのほうが暴れがいあるってもんだ」
「とっとと始末しろ!」
一行が武器をとって臨戦態勢をとると、遠くから大砲のような音が響いた。
それも複数回。
はっとしてリリーティアは外を見る。
「(間に合わないか・・・!)」
彼女は苦い表情を浮かべた。
この状況を収めるためにすり替えられた本物の書状をフレンが取り戻しに行っている。
その本物の書状がドンの手に渡れば、この茶番劇を終わらせることができるのだ。
しかし、フレンがここに到着する前に戦いの合図が鳴ってしまった。
「バカどもめ、動いたか!これで邪魔なドンも騎士団もぼろぼろに成り果てるぞ!」
「まさか、ユニオンを壊して、ドンを消すために・・・・・・!」
カロリは声を上げる。
「騎士団がぼろぼろになったら、誰が<帝国>を守るんです?ラゴウ、どうして・・・あっ」
「なるほど、騎士団の弱体化に乗じて、評議会が<帝国>を支配するってカラクリね」
エステル、リタも陰謀に隠された二人の真の思惑に気づいたようだ。
「で、『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』が『天を射る矢(アルトスク)』を抑えてユニオンに君臨する、と」
当然、レイヴンもこの騒動に裏にある思惑にはとっくに気づいている。
「なんてこと・・・」
エステルは悲痛な面持ちでバルボスを見る。
欲望が渦巻く真実に愕然としていた。
これまの旅で彼らの陰謀に幾度か巻き込まれ、そこで欲深い裏を見てきたといっても、
彼らの最終目的である思惑とその大胆不敵な今回の手段は彼女にとっては大きな衝撃を受けたようだ
「騎士団とユニオンの共倒れか。フレンの言ってた通りだ」
「ふっ、今さら知ってどうなる?どうあがいたところで、この戦いは止まらない!」
「それはどうかな」
ユーリは口元に意味ありげな笑みを湛えて言う。
何かを知った風なその口ぶり。
フレンが来るのを彼の中ではすでに確信しているのかもしれない。
リリーティアにはそう見えた。
しかし、その間にも騎士団とギルドの互いの距離は縮まっている。
あと数秒もすれば、最初に命が失われる者が現れ、そして、あっという間に大勢の者がその後を追うことになるだろう。
「そして、おまえらの命もここで終わりだ」
その時、外から馬の鳴き声が響いた。
「ったく、遅刻だぜ」
途端、ユーリは口元の笑みをさらに深くする。
彼には何が起きたのかすぐにわかったようだ。
「フレン!?」
エステルが歓喜の声音で名を呼んだ。
馬の鳴き声、その足音。
それは、フレンが馬に跨って駆けつけた音であった。
「止まれーっ!双方刃を引け!引かないか!!」
フレンは声を張り上げ、ギルド勢と騎士団の間に馬を止めた。
「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預かり参上した。<帝国>に伝えられた書状も逆臣の手によるものである!即刻、軍を退け!」
証つけるように書状を掲げるフレン。
その瞬間、大勢の歓声が上がった。
それは騎士団から上がった声だった。
彼らだって、この衝突を望んでなどいなかったのだ。
まだギルド側のほうは困惑した様子ではあったが、じきに今回の騒動の発端を理解してくれるであろう。
これで最悪の事態は避けられた。
大勢の歓声を耳にしながら、リリーティアは安堵した表情を浮かべたのだった。