第10話 暴走
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帝都へ発つ日。
リリーティアは騎士団本部にいた。
「それでは、私は先にエステリーゼ様を迎えにいっております」
「わかりました」
広間で特別諮問官のクロームに一礼すると、リリーティアは騎士団本部を出る。
雨は降ってはいないが、相変わらずの曇天の空模様。
出発の時間が近づき、彼女は今、宿にいるであろうエステルを迎えに行っていた。
しばらく歩くと結界魔導器(シルトブラスティア)がある広場に出て、リリーティアはそこで一度足を止め、結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げた。
昨日は激しい轟音をたてて、過剰にエアルを取り込み、爆発する寸前だった結界魔導器(シルトブラスティア)。
今は何事もなかったかのように正常に動いている。
彼女は結界魔導器(シルトブラスティア)にそっと触れた。
『私はこの子を助けるの!邪魔しないでっ!!』
リタの言葉を思い出す。
必死に”この子”を助けようとしていた彼女。
彼女にとって、あの時の結界魔導器(シルトブラスティア)の轟音は、苦痛に苛む悲鳴のように聞こえていたのかもしれない。
「・・・よくなってよかったね」
リリーティアは目を細めて、呟いた。
再び歩を進めようと足を一歩踏み出した時、街中からユーリたちが歩いてくるのが見えた。
その中にエステルもいる。
「あ!リリーティア!」
気づいたカロルがリリーティアへと向かって元気よく駆け出す。
「おはよう。・・・あれ、ほかの騎士の人たちは?」
「おはようカロル。みんなは街の入口で待機してるよ」
カロルに続いて、ユーリたちも来た。
「リリーティア、おはようございます」
「おはようエステル。体調のほうは大丈夫?」
「はい」
体調に異常はないようだが、その声は少し元気がない。
リリーティアは複雑な思いを抱いた。
「・・・もうすぐアレクセイ閣下と諮問官も来られるから」
「わかりました。フレンも一緒なんです?」
「フレンは別の用件があって、すでにここを発ったよ」
フレンはギルドへの交渉のために、小隊を連れて半刻も前にダングレストに向けて出発している。
リリーティアはうまく交渉が運ぶようにただ祈った。
「ま、二人とも帝都まで気をつけてな」
「はい」
「ありがとう」
ユーリは何ら変わりなく、いつものような振る舞いを見せている。
帰りづらくさせないようにとエステルのことを思っての振る舞い方だろう。
相変わらず、彼の優しさはさり気無い。
「あ、あの、ユーリたちはこのあと、どうするんです?」
やはりエステルはどうしても彼らの旅のことが気になるようだ。
まだ皆と一緒にいたいのだろう。
「そうだな。『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の足取りも途絶えちまったし・・・」
「だったら、この先にあるダングレ・・・スト・・・はだめだ。今、戻ったら、みんなにバカに・・・・・・」
「?」
急に歯切れが悪くなるカロルにリリーティアは首を傾げる。
「ダングレストっていうと、確かギルドの街だったよな?」
「う、うん。だから、『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の情報も見つかるかもな~って・・・」
「ここからだと、どっちだ?」
「西に行けばつくけど・・・」
自分で提案していながら、カロルはあまり乗る気ではないようだ。
ダングレストに行きたがらない理由があるのだろうか。
「なら、行くか。ギルド作るにしても、色々と参考になるだろうし」
「え?ギルドのために?なら、行こう!」
と思ったら、ぱっと表情を明るくさせ、いつもの元気なカロルに戻った。
彼らの話を耳に、彼らはまたフレンに会うかもしれないなと思いながらも、リリーティアは気になったことを聞く。
「ギルド、始めるの?」
「あ、いや、まだやるって決まってないんだけどさ」
「ま、考え中ってところだな」
「でも、それ、素敵な考えだと思います」
ユーリがギルドを。
正直、リリーティアには少し意外だった。
これまで出会ったギルドがギルドだったため、ギルドにいい印象を持っていないように思ったからだ。
だがその反面、彼の性格を考えると、騎士団よりもギルドの方が合っているようにも思えた。
「ねえ、このままボクらについてくることってできないの?」
カロルの言葉に、エステルはすっと寂しげな表情を浮かべる。
彼女が少し元気がないことを気にして、カロルはそう提案してくれているのだろう。
リリーティアは何とも言えない気持ちで彼女を窺い見る。
「そうですね・・・」
「カロル、お姫様をたぶらかすな」
ユーリがそう困った顔でカロルに言った、その直後、
「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと」
アレクセイが諮問官であるクロームを連れて、リリーティアたちのもとへやって来た。
「・・・さて、リタ・モルディオ。君には昨日の魔導器(ブラスティア)の暴走の調査を依頼したい」
アレクセイはすぐに話を切り出した。
それは昨日、リリーティアとアレクセイが話をした内容であった。
「・・・・・・あれ調べるのはもう限界。あの子、今朝少しみたけど結局何もわからなかったわ」
リリーティアも念のため早朝に調べてみたが、リタと同じ見解であった。
「いや、ケーブ・モック大森林に行ってもらいたい」
「・・・ケーブ・モック大森林か。暴走に巻き込まれた植物の感じ。あの森にそっくりだったかも」
カロルが言った。
ダングレストの近くにある大森林。
ダングレストが故郷であるカロルはその大森林の様子を知っていたようだ。
「最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、凶暴化が報告されている。帝都に使者を送ったが、優秀な魔道士の派遣にはまだまだ時間を要する」
「あたしの専門は魔導器(ブラスティア)。植物は管轄外なんだけど?」
「エアル関連と考えれば、管轄外でもないはずだ」
リタはどこか魔導器(ブラスティア)の暴走の調査を拒んでいるような様子だった。
思えば、ここに来てから一度も話すことなく、なにか考え込んでいる風ではあったように思う。
気がかりなことがあるなら、代わりに自分が調査へ行くべきかと、リリーティアは考え始めた。
「それに・・・あたしは・・・エステルが戻るなら、一緒に帝都に行きたい」
「え?」
「!(・・・・・・リタ)」
エステルはきょとんとした。
リリーティアも彼女の意外な言葉に内心驚いたが、同時に少し嬉しくもなった。
「君は<帝国>直属の魔導器(ブラスティア)研究所の研究員だ。我々の仕事を請け負うことは君たちの義務だ」
アレクセイは少しばかり厳しい口調で言う。
だが、彼の言うことは正しい。
魔導器(ブラスティア)研究員であるリリーティアはそれをよく理解しているため、何も言えなかった。
重く張り詰めた空気が流れていく。
「あ、え、えっと・・・・・・それじゃあ、わたしがその森に一緒に行けば問題ないですよね?」
その重い空気を振り払うように、慌ててエステリがリタとアレクセイの間に入った。
「姫様、あまり無理をおっしゃらないでいただきたい」
「エアルが関係しているのなら、わたしの治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに・・・」
エステルの言うことは間違いではなかった。
街の外を出歩くだけでも、結界の外となればそれは危険でしかない。
それが大森林となると、そこは魔物の住処も多い場所だ。
いつもよりも、更なる危険が伴う。
そんな危険の中での調査になるから、最悪の事態も考え、治癒術を使える者が同行するほうがいいだろう。
「お願いです、アレクセイ!わたしも手伝わせてください!」
エステルは必死だった。
その様子から、ユーリたちとまだ旅を続けたいという彼女の想いが痛いほど伝わってくる。
でも、リリーティアにはどうしていいか分からず、ただ成り行きを黙って見守っていた。
本当なら自分もアレクセイに頼みたいところではあったが。
「しかし、危険な大森林に、姫様を行かせるわけには」
「それなら・・・、リリーティアも一緒にお願いします」
エステルの提案に、リリーティアは内心はっとして驚いた。
どんな反応を示していいか分からず、とっさにアレクセイのほうへと顔を向ける。
彼もどうしていいものか考えあぐねている様子だ。
「ユーリも、一緒に行きませんか?」
「え?オレも?」
アレクセイの考えがまとまっていない中、エステルはユーリにも同行を願った。
自分の名前も出るとは思っていなかったユーリは、驚いて彼女を見る。
「二人が一緒なら、かまいませんよね?」
エステルはアレクセイに向き直ると、真剣な表情で問う。
彼はしばし考え込んだ。
リリーティアは半ば不安な気持ちで、彼の判断を待った。
実のところでいえば、彼女の旅が続いて欲しいと願う。
「青年、姫様の護衛をお願いする。一度は騎士団の門を叩いた君を見込んでの頼みだ」
「・・・・・・なんでもかんでも勝手に見込んで押し付けやがって」
<帝国>騎士団のトップにいる彼を前にしても、ユーリは気構えることなく、それは寧ろぶっきらぼうな口調であった。
「その返事は承諾を受け取ってもかまわないようだな」
「だだし、オレにも用事がある。森に行くのはダングレストの後だ」
「致し方あるまい」
リリーティアはほっとした。
これでエステルの旅は続くことになる。
彼女は安堵しながらも、少しばかり驚いてもいた。
〈満月の子〉の力に着目し始めたばかりだといのに、帝都を離れての危険な旅を承諾するとは思わなかったからだ。
その判断を下した先には、どんな深い理由が隠されているのだろうか。
彼女はアレクセイの判断を勘ぐった。
「リリーティア」
「はい」
「君にも引き続き、姫様の護衛を頼む」
「・・・はい、了解しました」
リリーティアは内心戸惑いながらも、姿勢を正し、敬礼をして応えた。
アレクセイは頷くと、背を向けてその場を離れていく。
「閣下・・・」
クロームがアレクセイに何か言いたげに名を呼んだ。
「この結果を、フレンは予期していたようだな」
「ん?フレンがどうしたって?」
ユーリの問いに、アレクセイは振り返る。
「エステリーゼ様を頼むと、フレンから君たち二人への伝言だ」
そう言って、広場から去っていくアレクセイ。
リリーティアは目を瞬かせる。
まさか、自分も入っているとは思っていなかった。
先を完璧に見通していたフレンに月日も経たずして彼が小隊長なったもうひとつの理由を知った気がした。
エステルは承諾してくれたことの感謝を示してか、去っていくアレクセイの後ろ姿に向かって深く頭を下げた。
そして、ユーリたちに振り返る。
「また、あらためてよろしくお願いします」
そういって頭を下げるエステルの傍で、リリーティアはじっとアレクセイの背を見ていた。
そのとき、彼がこちらへ視線向けた。
彼女はその視線の意味を察し、返事をするかわりに軽く一礼した。
「よし、じゃあ。ダンクレストの街経由でゲーブ・モック大森林だね!」
カロルは声を上げた。
その声はさっきよりも、幾分か弾んでいる。
二人と一緒に旅ができるようになったことを、喜んでくれているのが分かった。
「そうだな。行くぞ」
「うん!」
ユーリとカロルが歩き出す。
そのあとにラピードが続いた。
「リタ、また一緒に旅ができて嬉しいです」
「え、ええ・・・そうね」
「はい!」
「ほ、ほら、行くわよ」
喜ぶエステルにそっぽを向いて、リタはさっさとその場を歩き出す。
だが、その顔は仄かに赤く、どうも照れているらしい。
「リリーティア」
エステルの声に、リリーティアは彼女を見る。
「また旅ができるんですよね。わたし、本当に嬉しい・・・」
静かな声でありながらも、心から喜んでいることがその声音から強く感じられた。
「ええ。私も、またみんなといられて嬉しいよ」
リリーティアも微笑みを浮かべて言う。
その言葉は嘘ではない。
彼女のその笑みに、エステルはさらに笑顔を深くした。
「リリーティア、行きましょう」
そう言うと、エステルは駆け出していく。
リリーティアはその姿を目を細めて見詰めた。
駆け出していくエステルの背
その先にユーリたちの背が見える。
そこに広がっているのは、《いつも》の姿だった。
再び始まった《いつも》。
----------《いつも》?
途端に、リリーティアは戸惑う。
《いつも》とはなんなのだろう。
自分にとって《いつも》とは?
じっとユーリたちの背を見ていたリリーティア。
そのとき、人が行き交う街の中にふと何かに気づいた。
それを見た彼女は一瞬すっと表情をなくし、すぐに《いつも》と変わらない表情に戻る。
リリーティアもユーリたちの後を追って歩き始める。
そして、人が行き交う中を通り、彼らと一定の距離を保った。
すれ違う人々は、街の建設に携わる作業員が大半だ。
忙しなく今日も仕事をこなし、日々を過ごす人たち。
それが彼らの日常で。
なら、私の日常は----------、
リリーティアは右手をそっと後ろに回した。
ユーリたちの背をじっと見据えたまま。
歩みは止めないまま。
----------魔道士として研究をして、
「鷲からです」
彼女の背から声。
それは街の喧騒にかき消されそうなほどの微かな声量。
同時に、後ろに回した手に一枚の紙切れがおさまる。
声の主はどこかへと消えた。
それでも彼女は、
ユーリたちの背をじっと見据えたまま。
歩みは止めないまま。
----------騎士として任務をこなし、
彼女は片手をそっと前に回す。
その手に視線を向けた。
掌(てのひら)におさめられた小さな紙切れ。
そこには隙間なく文字が綴られている。
見慣れた筆跡。
『姫を監視し、かの力見極めよ。
他、道具の処遇は君の判断に任せる。
計画に進展ある場合、絶えず報告せよ』
それは、アレクセイの署名と共に書かれた指示。
----------ただひたすらに理想のために動く。
彼女は視線をユーリたちの背に移した。
右手を握り締める。
中でくしゃっと小さな音をたてた。
ユーリたちの背をじっと見据えたまま。
歩みは止めないまま。
----------そう、それが私の日常であり、私の《いつも》だ。
ならば彼らとの旅は、”非”日常。
それを忘れてはならないと、心の中で繰り返す。
リリーティアは手に握った紙切れを仕舞いこんだ。
ユーリたちの背をじっと見据えたまま。
歩みは止めないまま。
人が行き交う街の中で、何事もなく行われたやり取り。
その一連の流れ。
それは、あまりにも一瞬で。
誰がそのやり取りを捉えることができただろうか。
否、誰もできない。
それは、しごく自然の流れであった。
リリーティアアはユーリたちの後をいつものようについて歩く。
彼らは他愛ない会話を交わしていた。
その中でエステルの楽しげな顔が嫌に目についた。
『また旅ができるんですよね。わたし、本当に嬉しい・・・』
そう言っていたエステルの笑顔が頭に浮かんだ。
彼女が望んだこの旅の先には何が待っているのか。
それは誰にも分からない。
そう、分からないから----------、
リリーティアはアレクセイからの指示を今一度頭に思い浮かべた。
「(----------私は、私のやるべきことを)」
彼女は心の中で呟いた。
そして、前を歩くエステルをじっと見詰める。
楽しげなその笑顔を。
彼女は、前を行く彼らとの距離を、そっと縮めた。
第10話 暴走 -終-