第10話 暴走
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「(二人は大丈夫だろうか)」
リリーティアはエステルの宿部屋へと向かっていた。
エアルの暴走で倒れたリタと、彼女に付き添っているエステルがその部屋にいる。
彼女たちの様子を窺うために、騎士団本部を後にしてその部屋の前に着くと、リリーティアは小さく扉を叩く。
「はいって」
その声はリタだった。
リリーティアは扉を開け、部屋の中に入る。
リタは寝台の上で上体を起こしていて、近くにはユーリも立っていた。
「リタ、目を覚ましたんだね。気分はどう?」
「ええ、大丈夫よ」
見たところ、顔色も良く、もう大丈夫のようであった。
「無事でよかった」
「逆にこっちのお姫さんが倒れちまったけどな」
付き添っていたエステルはというと、リタの寝台に突っ伏している。
リタが倒れてから、彼女はずっと治癒術をかけ続けていたらしい。
疲れ果てて眠っている。
「あれほど倒れる前に言えって言ったのに」
「わかってたんでしょ?言っても聞かないくらい」
誰かが弱っていたら、全力で助けようとするエステル。
他の誰が何と言ようと、どちらにしろ治癒術を使い続けただろう。
それだけ彼女は誰よりも心優しい。
「それより、おまえの方は大丈夫だったのか?」
「ええ。あの時、エステルがすぐに治癒術をかけてくれたし、自分でも治癒の魔術をかけたから」
と、リリーティアは言ったが、もちろん大丈夫とは言えないというのが本当のところだ。
あの後、倒れてしまったのだから。
彼女はエステルのことは言えないなと、心の中でぼやいた。
シュヴァーンに迷惑をかけてしまったことが何よりも失態だったと思ったが、ユーリたちに余計な心配をかけずに済んだことは、せめてもの幸いと思うことにした。
「うう~ん・・・ふにぅ・・・」
「幸せそうな顔しちゃって」
リタがふっと微笑んだ。
そして、彼女はなぜか恐る恐る窺うように、リリーティアとユーリに視線を向けた。
「あのさ、エステリーゼってあたしのこと、どう思ってると思う?」
リリーティアは一瞬キョトンとするも、すぐに笑みを深くした。
「って何て顔してんのよ」
リタはユーリに向かってジト目で見る。
リリーティアの隣で彼はぎょっとした驚きの表情を浮かべていたのだ。
「あんたも何、その笑顔」
ジト目のまま、リリーティアへと視線を移すリタ。
それでも、リリーティアは笑みを崩さなかった。
その笑みの意味はその表情の通りに嬉しかったのである。
『魔導器(ブラスティア)はあたしを裏切らないから・・・。面倒がなくて楽なの』
それは、リタと出会ってから、ずっと頭から離れなかった言葉。
その声音の響きが、どうしても忘れられなかった。
彼女のその声音はどこか冷たくて、とても悲しげで。
でも、エステルの優しさ溢れる接し方、何よりその純粋でやわらかい笑みが、いつしか彼女の声の冷たさを温めてくれるだろうと思っていた。
心からそう願っていた。
そして、今、温められていく瞬間を見た気がした。
きっと気のせいじゃないだろう。
だから、リリーティアは誰よりもそのことに喜んでいた。
「自分がどう見られてるかなんて気にしてないと思ってた」
ユーリは茶化すように言う。
これまでのリタの様子からして、意外な言葉に思わず驚いてしまったようだ
「も、もういい。あっち行って」
そう言って、そっぽを向くリタの顔は少し赤かった。
「術式なんてより、こいつは難しくないぜ。だろ?」
「ええ」
ユーリの言葉にリリーティアも頷いた。
彼の言うとおりだ。
複雑な理論で成り立っている術よりも。
複雑な形式が絡み合っている式よりも。
とても単純で、答えはすぐそばにある。
「ふむぅ・・・あれ?------- リタ!」
エステルは目を覚まし、起きぬけの惚けた顔をしていたが、
リタが起きていることに気づくと、ぱっと笑顔を弾けさせて勢いよく起き上がった。
「目が覚めたんですね!あ、でも油断したらだめですよ!」
そう言いながら、リタに治癒術をかけるエステル。
「もう、大丈夫よ」
「そう言って、治ったと思った頃が危ないんです。あ、-------リリーティア!」
こちらに気づいたエステルに、リリーティアは微笑みを返して応えた。
「リリーティア、大丈夫です!?あれからどうしたんだろうって、心配してたんですよ」
「心配かけてごめんなさい、エステル。ちょっと本部のほうに行ってたんだ。でも、私は大丈夫だよ」
「だめです!リリーティアも油断は禁物ですよ」
エステルは眉根を寄せた真剣な面持ちでリリーティアに歩み寄ると、リタの時と同じく治癒術をかけた。
「ありがとう、エステル」
彼女には敵わないなと、リリーティアは苦い笑いを浮かべた。
「ねえ、エステル、・・・・・・魔導器(ブラスティア)使うフリ、もうやめていいよ」
「・・・な、何のことです?」
突然のリタの思いがけない言葉に大きく動揺するエステル。
平静を装っているようだが、返す言葉が明らかにぎこちない。
だが、リタのその声の調子は優しく、彼女のことを気遣っているようであった。
「魔導器(ブラスティア)なしでも、治癒術使えるなんてすげえよな」
「ユ、ユーリも・・・・、え、あ、もしかしてリリーティアも、です?」
続いてのユーリの言葉に目を見開いて驚き、まさかと思ってリリーティアのほうを見るエステル。
彼女の窺うような視線にリリーティアはただ頷いて応えた。
「ど、どうしてそれを・・・・・・」
まさか知られているとは思っていなかったとエステルは戸惑っていた。
彼女らになんと言葉を続けていいか分からず、エステルは言葉を詰まらせる
と、その時、突然の咆哮と共に、開け放たれた大きな窓にさっと黒い影が差した。
瞬間、リリーティアの右肩が激しく疼く。
「なんだ?」
「あ、バカドラ!」
「!?」
それは竜使いだった。
「(どうして!?ここにあれは・・・!?)」
リリーティアは竜使いが現れた理由が理解できなかった。
見ると、竜が口に火をためている。
「くそ!」
ユーリが竜使いに向かって走り出す。
同時に竜が火を吐き出した。
その標的は----------、
「(-------エステル!?)」
リリーティアはだっと駆け出した。
その時、視界の隅に、エステルがリタを腕に抱きしめて庇う姿が見えた。
剣を抜いて前に出るユーリの肩を掴むと、力強く後ろに引いた。
その反動を使い、リリーティアは勢いよく前に飛び出す。
「(させない!)」
竜使いを睨み上げ、《レウィスアルマ》を両手に取った
その動きはまさに俊敏で、あっという間のことだった。
しかも、武器を引き抜くと同時に、彼女の中ではすでに術式を構築し終えていた。
火球が迫る。
「フラグランス!」
燃え盛る炎が現れたと思った瞬間、
「フルティウス!」
一瞬の間も置くことなく魔術を放ったリリーティア。
彼女の放った炎は竜の火球とぶつかり、爆音をたてて爆発した。
その直後、大河のように流れる水が炎に覆い被さるように降り注ぐ。
炎は一瞬にして消えてなくなり、水滴が散らばりながら蒸気と化す。
それはまるで炎の塊が粉砕されたかのような光景だった。
リリーティアは竜使いを鋭い目で見上げた。
竜使いはいつも手にしている槍を振り上げて構えている。
次の攻撃に備えて、 彼女は《レウィスアルマ》をぎゅっと握り直した。
彼女の足元にはすでに赤く輝く術式が浮かんでおり、いつでも魔術を放てる状態である。
「(・・・・・・なに?)」
竜使いはなぜか戸惑ったような素振りを見せた。
全身が鎧で包まれているため表情は見えないが、なんとなく戸惑った風にリリーティアには見えたのだ。
矢先、竜使いは武器を下ろすと、高く上空へと飛び去った。
降りしきる雨の中、去っていく竜使いを見詰めながら、警戒心はそのままに彼女は術式を解除した。
「リタ、だいじょうぶですか?」
「・・・あんたって子は・・・」
「よかった・・・」
エステルとリタの声を背に聞きながら、リリーティアは遠くに見える竜使いから一瞬たりとも目を離さなかった。
「(どうしてここに・・・・・・?)」
今回の竜使いの出現。
リリーティアはどうしても理解ができなかった。
これまでのことを考えると、竜使いが必ずといって現れる条件とは、まったく一致していないからだ。
竜使いが必ずといって現れるその条件。
それは、----------ヘルメス式魔導器(ブラスティア)が使用された場所。
これまでの過去も、ラゴウの屋敷でも、カルボクラムでも、そうして現れていた。
しかし、今回は違う。
ヘルメス式魔導器(ブラスティア)など、ここには使われていない。
何より竜から吐き出されあの火球は、あきらかにエステルを狙っていた。
それはなぜか----------?
「(まさか、・・・・・・〈満月の子〉だから?)」
リリーティアはふと思った。
しかし、それが決定的な理由としては、少々疑問であった。
〈満月の子〉だからなんだというのか?
〈満月の子〉とヘルメス式魔導器(ブラスティア)になにか共通点があるのか。
それはなんだ----------?
「すごい音がしたけど、どうしたのっ!!・・・って、え!あれって・・・」
ただならぬ音に部屋へ飛び込んできたカロル。
リリーティアはそこで考えるのを止め、ユーリたちへと振り返った。
カロルは遥か遠くにいる竜使いの姿にひどく驚いている。
「なに?なんなの?な、なんだったの、あれ?」
何が起きたのはわからないカロルは、竜使いがここに来ていたことに困惑している。
でもそれは、竜使いと対峙したリリーティアも同じ気持ちだ。
「大事な話の途中だったのに」
「エステルの治癒術に関しては、とりあず、ここまでな」
「別にいいわよ。あたしはだいたい理解したし」
どうやら、リタには〈満月の子〉という存在は知らずとも、これまで彼女を見てきて、
魔導器(ブラスティア)を使わないで力を使えるその理屈は把握したらしい。
リタの横でエステルは少し不安な表情を浮かべていた。
自分の力のことを知られ、彼らにどう説明しようか、彼らがどう思っているのか、いろいろと不安なのだろう。
「なに、悪いようにしないって。オレ、そんなに悪いやつに見える?」
エステルの抱える不安に気づいたユーリは、口元に笑みを湛えながら問う。
「見えるわ」
エステルが答えるより早く、リタがきっぱりと言い切った。
彼女の返答に、ユーリはやれやれと呆れながら肩を竦めた。
「うふふ」
二人のやりとりに声をあげて笑うエステル。
そこにはすでに不安な色はなかった。
彼らのそんな様子を、リリーティアは柔らかな表情を浮かべて見詰めていた。
ユーリやリタなら、彼女のその力を受け入れ、けして特別扱いはしないだろう。
まして、それをどうこうすることだってない。
「ちょっと、ボクだけ仲間はずれなの?何のことだよ、教えてよ!!」
そして、それはカロルも同じ。
エステルの力を知ったらはじめは驚くだろうが、すぐに受け入れ、それよりもすごい事だと褒めるのだろう。
だから、きっと大丈夫。
だって、彼らは----------、
「(----------私とは違うのだから)」