第10話 暴走
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アレクセイはじっと窓の外を見ていた。
外は大降りの雨。
部屋の中は、その雨の音が響くだけでもの静かであった。
----------コン、コン
その静けさを破る音が響いた。
それは、扉を叩く音。
「リリーティア・アイレンスす」
「・・・・・・入りたまえ」
扉が開くと、一礼してリリーティアが部屋の中へと入ってきた。
「もう起き上がっても平気なのかね?」
アレクセイは振り向かずに問う。
「はい」
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走の後、意識を失ったリリーティアは、しばらく騎士団の本部内にある部屋で寝込んでいたが、つい先刻に目が覚めたところだった。
シュヴァーンにはもう少し休むよう言われたが、だいぶ調子も良く感じられたので何も問題はなかった。
そうして、寝込んでいる間も付き添ってくれていた彼に礼を言い、こうしてアレクセイのもとへと訪れたのである。
「・・・・・・姫のあの光、君はどう思う?」
リリーティアは目を伏せて少し間をおくと、アレクセイの背へと視線を上げた。
「あの時、エアルの暴走が少し弱まるのを感じました。おそらくエアルと直接干渉できるからこそ起きた現象だと思われます。まるで周囲のエアルが彼女の意に従うかのような動きでした」
「〈満月の子〉の末裔である皇帝家なら、誰にでも起きることかね?」
「・・・いえ、それはありえません。あの濃度のエアルを制御するなど、・・・通常なら考えられないことです」
「それはつまり・・・・・・」
アレクセイはそこで言葉を噤んだ。
リリーティアの言葉を待っている。
すでに彼の中でも答えが出ているであろう言葉を。
「古代の〈満月の子〉と遜色のない力を有している可能性が高いということです」
リリーティアは淡々とした口調で答えた。
その答えにアレクセイはしばらく黙りこんだ。
何か考えに耽っている。
目的のための新たな手段を見つけ、今後の計画を考えているのだろうか。
理想のために〈満月の子〉の力を使う計画を。
「できれば、もう少し水面下で彼女の様子を窺いたいところですが」
そう、計画に用いるにはまだそれなりに不確定の要素が多すぎるのだ。
エステルの力が古代の〈満月の子〉のような力を秘めているのかは、いまの段階では確証が得られたとはいえない。
とはいえ、はじめは推測でしかなかったものが、少しずつ現実になりつつある。
「帝都に戻り次第、その力については検討を重ねるとしよう」
「はい」
返事をした直後、胸の奥に何かが重くのしかかるのを感じた。
「次に、今回のエアルの暴走についてだが-------」
そこで、ようやくアレクセイが振り向いてリリーティアを見た。
「最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、それに凶暴化が報告されている」
リリーティアの表情が険しくなる。
嫌な胸騒ぎがした。
「(・・・確か、十年前も)」
十年前、〈人魔戦争〉が起きる少し前にも同じことが起きていた。
そのときは各地に騎士を派遣し、ひどく深刻な問題となった。
そんな中で、二つの街が滅びるという事態が起きたのだ。
当時は得体の知れない魔物の仕業だと思っていたが、その真相は〈人魔戦争〉の”敵”によるものだということは分かっている。
そして、その原因をつくったのは----------、
「っ・・・・・・」
リリーティアはぎゅっと拳を握り締めると、それ以上考えるのを止めた。
「どうした・・・?」
「いえ、すみません。少し考え事を・・・」
アレクセイは訝しげに彼女を見たが、すぐに話に戻った。
「暴走時、過度のエアルの中にあった植物の形態が著しく変化していた。そこで、ゲーブ・モック大森林を調査し、関連性を調べようと思う」
ゲーブ・モック大森林。
それはここから遥か西に位置し、このトルビキア大陸の最西端にある熱帯雨林。
その森林に生える植物たちは他とは違い、異様なほどにその姿は巨大で、独特な生態をしていた。
まさに、エアルの暴走時の中にあった植物たちの様子がゲーブ・モック大森林と同じ形態であった。
「魔道士の派遣状況は如何ですか?」
「帝都に使者を送ったが、優秀な魔道士の派遣にはまだまだ時間を要する。早急な対応として、リタ・モルディオにその調査を依頼する」
天才的な頭脳を持つとされる魔導師(ブラスティア)研究員のリタなら、エアルについて十分な知識と分析する力がある。
誰よりも彼女が適任だろう。
リリーティアは自分が行ってもいいとも考えたが、エステルのことが頭によぎり口にはしなかった。
「事が事で予定は大きく変動したが、帝都への出発は明朝になる。ギルドへの交渉も同じくな」
「了解しました」
「話は以上だ」
リリーティアは一礼し、部屋を後にした。
ひとり廊下を歩いている間、リリーティアの頭の中にあったのはエステルのことだった。
予想していた通りではあったが、彼女の力に目を付けたアレクセイに何とも言えない思いが渦巻いた。
過去には、本来の〈満月の子〉の力を作り出そうと様々な実験を行ったことがあった。
その度に、どれだけの命が失われただろうか。
リリーティアは歩く足を止めた。
そして、じっと己の手を見詰める。
その度に、どれだけの命を奪っただろうか。
どれだけの嘆きを耳にし、
どれだけの悲しみを目にし、
どれだけの想いを踏みにじり、
これまで、なにかを得るために代償を差し出してきた。
”代償なくしては得られない”とアレクセイは言う。
しかし、考えればあまりにも代償のほうが遥かに多すぎて・・・。
それでも、強大な”敵”に立ち向かうためには、強大な”力”が必要だった。
”'敵”の脅威に恐れない<帝国>にするために。
この<帝国>を変えるために。
そのために、また新たな代償を支払わなければならないのかもしれない。
「(まだ、わからない。まだ、ほかに方法が・・・・・・)」
リリーティアはそう心の内で呟くと、再び廊下を歩き出した。