第13話 竜使い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
リリーティアは傭兵たちと技師たちに指示を出し、着々と実験の準備に取り掛かっていた。
常に頭にあるのは、襲撃者である竜使いの出現。
結界魔導器(シルトブラスティア)を起動して、それを感知する術を持つ竜が襲撃者である以上、結界を起動した後の実験は速やかに行わなければならない。
結界の起動後、無駄のないように実験を行うために段取りを詳しく説明し、一人ひとり行動に指示を出す。
そうして、準備が進められ、いよいよ結界魔導器(シルトブラスティア)を起動させた。
起動後、リリーティアの指示通りに技師たちは調査を開始する。
ギルドの傭兵たちは周りを覆い茂る木々の間、そして、木々の隙間から見える空に目を光らせ、警戒に当たった。
彼女は結界魔導器(シルトブラスティア)の様子を見ながら、周り全体に神経を研ぎ澄ませ、緊張の糸を張り詰める。
いつ襲撃者が現れるか分からない以上、一時も油断はできなかった。
しかし、予定していた結界魔導器(シルトブラスティア)の調査も半分以上終えて、新型の結界魔導器(シルトブラスティア)の結界もちゃんと機能していることが立証されても、一向に襲撃者が現れる気配は見受けられなかった。
技師や技官たちは、今回は現れないのではないかと、内心ほっとしていた。
それでもリリーティアだけは、警戒を緩めることはなく、常に神経に集中していた。
一瞬の油断が命取りになることを心得ている彼女は最後の最後まで気を緩めることはしない。
だが、今回はそれを心得ているからだけでないように思われた。
時折、彼女の表情は幾分か厳しい顔つきになる時があった。
技官や技師たちと言葉を交わす際にはいつも通りの表情になるが、それ以外の時になると彼女はひとり、険しい表情を浮かべていた。
リリーティアは、襲撃者、何より竜のことが頭から離れなかったのである。
結界魔導器(シルトブラスティア)の様子を窺いながらも、常に竜のことを考えていた。
そして、過去に見た竜のことを。
過去に見た竜。
見たといっても、ただそれはすでに命が失われていた状態で見ただけである。
だが、すでに息絶えていた状態とはいえ、それを見たとき、恐怖が体中を襲ったのを今もよく覚えている。
もう数年以上前のことだというのに、その記憶は焼き付いて脳裏から消えることはない。
それだけ、その生き物がこの世界に存在しているということは、畏怖べき事実だった。
「(それでも・・・、知らなければ・・・)」
リリーティアは苦渋な表情で、瞳を閉じた。
竜が現れたとして、それから私ははどうすればいいのか。
結界をものともしない竜に。
街さえも、いとも簡単に破壊できる力を持つ竜に。
この時、彼女は体中に巡る恐怖と戦っていた。
その恐怖に足が竦みそうになる。
けれど、一行を率いる立場としても、それを悟られてはならない。
彼女は閉じていた目を開き、結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げた。
音をたてながら稼働し続けている結界魔導器(シルトブラスティア)。
ふと技官の言葉を思い出す。
『一体、あの竜使いはどうしてあれだけを狙ったのか。・・・未だに怒りがおさまりません。人びとの希望となり得たものに対して、あんな・・・』
リリーティアは悲しげに瞳を細めると、そっと結界魔導器(シルトブラスティア)に触れた。
新型の結界魔導器(シルトブラスティア)。
それは、人々の希望。
----------違う。
これは希望になり得ない。
かつてはなり得るものだと思っていたに違いない。
人々にとっては。
けれど、違ったのだ。
だから、あの竜は現れた。
だから、あの竜は破壊した。
だがら、あの竜は奪った。
そして、新たに現れた竜は、これを破壊しにくるのだろう。
「(でも、そのほうがいいのかもしれない-------)」
----------人々にとっても、世界にとっても。
そうして、予定していた結界魔導器(シルトブラスティア)の調査も終盤にさしかかっていた。
一向に襲撃者が現れる気配は見受けらず、技官や技師たち、そして、ギルドの傭兵たちまでもが、今回は襲撃者は現れないのだろうとすでに思っていた。
全体の空気が僅かに緩んでいるのを感じながら、それでもリリーティアは緊張の糸を解くことはしない。
できるはずもなかった。
「・・・?」
ふと彼女は何かを感じた。
眉をひそめて辺りを見回す。
気のせいかとも思ったが、さらに気を張り詰め、周囲に意識を集中した。
「みなさん、ここから離れてください」
「特別補佐殿?」
傍にいた技官が訝しげに彼女を見た。
彼女はその違和感がどこからくるものなのか原因は分からなかったが、もしもの事態を考え、技官や技師たちを結界魔導器(シルトブラスティア)の周りから離れさせておこうと思ったのである。
襲撃者が襲ってきた時の安全のために。
周りの技官や技師たちは不安な表情を浮かべ、戸惑いながらゆっくりとその場を離れた。
その時だ。
彼女が突如として上空を見上げ、その瞳が鋭くなる
瞬間、後ろへと地を蹴ると、同時に腕を振り上げた。
「アーラウェンティっ!!」
彼女は風の魔術を放った。
すると、大きな音を立てて、何かが彼女の前に落ちてきた。
近くにいた技師たち数名は、悲鳴に近い驚きに声を上げる。
見ると、結界魔導器(シルトブラスティア)のある一部分だけが破壊されていた。
けれど、魔核(コア)は無事なようで、外部の損傷も深くなかったため、結界魔導器(シルトブラスティア)は未だ正常に稼働している。
リリーティアは頭上から勢いよく降ってくる何かに気づき、とっさに魔術を放ったのだ。
それは確実に結界魔導器(シルトブラスティア)を、魔核(コア)を狙っていた。
彼女は瞬時にそれを見切り、上空から降ってくる何かが自分の前へと落ちるよう、魔術を以て、その軌道を僅かでも変えたのである。
結果、一部分は破損したものの魔核(コア)は無事に済み、周りの人たちにも怪我はなかったようだ。
周りを取り囲む傭兵ギルドは、あまりに突然の出来事に何が起きたのか理解できず、その場に固まっている。
その場にいた者たちが皆、呆然と立ち尽くしながら、落ちたその何かに視線を注いでいた。
彼女のすぐ前に、微かに煙を帯びながら一本の細長いものが立っている。
----------槍だ。
「!」
技官は見覚えがあるその槍に目を瞠った。
「技官殿、並び技師の皆さんはもっと後ろに下がって下さい!傭兵団の皆さんは彼らの護衛に徹底して下さい!」
そう指示を出しながら、リリーティアは深紅の頭巾(フード)の下から険しい表情を覗かせ、ただ空にある一点を凝視していた。
彼女の指示に技師たちは慌てて傭兵たちの後ろへと避難し、傭兵たちは武器を構えて空を睨む。
葉の隙間から見える蒼天。
遥か上空に黒い影が見える。
晴れ渡った空だったが、真上に輝く太陽の光のせいで、リリーティアからは逆光となり、それは黒い影にしか見えなかった。
あの距離から正確に魔核(コア)を狙っていたことに内心驚きを隠せないが、今は黒い影に意識を集中する。
黒い影はどんどん大きくなる。
リリーティアはさらに目を細め、黒い影を見定めようとしたが、突然視界は赤い光に覆われた。
赤い光----------それは灼熱の炎だった。
彼女は反射的に後ろへと飛んだが、強い熱風にその体は吹き飛ばされてしまう。
地面に体を打ちつけたものの、なんとか受け身を取り、体への衝撃を抑えることはできた。
片膝をついた彼女の目の前に広がるのは、ごうごうと燃え盛る焔。
その中には------人影。
小さな影だ。
炎と煙、そして、曖昧な輪郭の外套を羽織っているせいか、人影の姿はよく分からなかった。
影は槍を引き抜くと、その手を振りかざす。
その矛先が狙うのは魔導器(ブラスティア)。
リリーティアはその影へと、一歩足を踏み込んだ。
その時、また違った影が自分の横を通り過ぎた。
彼女はぎょっとしてその影を見る。
「技官殿!!」
彼女は手を伸ばし叫んだ。
技官が彼女の前に飛び出して、その影へと向かっていったのだ。
技官の唐突の行動に驚きを隠せないまま、彼女は苦い顔で技官を追った。
その行動をとった技官の心境には、二度と同じ失敗を繰り返さまいという思いがあったのだ。
あの時のように、人々の希望となり得る新型の魔導器(ブラスティア)を竜使いに破壊させまいという強い思いが。
彼女は技官のその肩を掴んだ。
同じくして、影が槍を持つ腕を振り下ろしたのが見えた。
それを見た彼女はとっさに技官を自分の後ろへと力いっぱい引っ張った。
その勢いに、技官は数メートル後ろまで転がり仰向けに倒れると、同時に爆発するような音が辺りに響いた。
熱い風が吹きつけた後、技官ははっとして手を突き、体を起こすと前方を見る。
そこには、何事もなくそこに立っている、深紅の背が見えた。
その背が、技官を庇うように片手をあげた時、何事もなかったというのは間違いだと気づいた。
よく見ると、魔導服(ローブ)の深紅とはまた違った深紅(あか)が、指先から滴り落ちている。
彼女はその身を盾として、飛び散る結界魔導器(シルトブラスティア)の破片から技官を守ったのだ。
その幾つかの破片が、自身の顔を庇っていた腕に突き刺さっていた。
「特別補佐殿!!」
「私なら大丈夫です!絶対に前に出てこないでください!」
深紅(あか)が滴る腕を気にもせず、炎々と燃え盛る炎の中をじっと凝視するリリーティア。
そこに見えたのは小さな人影----------竜使い。
その上空には、なんとも言えない形をした大きな影----------竜。
炎と激しく巻き上がる黒煙に、どちらの姿もその瞳に捉えることができない。
だが、その浮かんでいる影を見たとき彼女は体を抑え込まれたかのような威圧感を感じた。
目の前に現れた竜使いと----------竜。
全身に駆け巡る恐怖。
生きている竜が目の前にいるという現実に一気に体中が冷えた。
でも、それだけじゃないような気がした。
恐怖は恐怖でも、もう一つ何かが違う恐怖が体中を駆け巡っている。
一体何に対する恐怖なのか。
この時は分からなかった。
周りが灼熱の炎の包まれているせいで、肌は焼けるような熱さを感じているのに、体の奥は氷のように冷たい。
リリーティアの両の手からは留まることなく深紅(あか)が落ちていたが、彼女は目の前の恐怖に一切の痛みを感じていなかった。
その恐怖に押しつぶされそうになりながらも、彼女は無意識に一歩足を踏み込んだ。
「オウウウウウッッ!!」
上空に浮かぶ大きい影から発せられる啼き声なのか。
その声は重く長く響き渡る。
怒りを含んだかような異様な声。
それは魔物の咆哮とは少し違っているようにも聞こえたが、けれど魔物のそれと同じ、いや、彼女にとっては、それ以上を思わせるほどに恐怖を感じさせる啼き声であった。
彼女の後ろに座り込んでいる技官は小さく声を上げて、大きく肩を震わせた。
同じく傭兵たちの後ろにいる技師たちも体を縮こませて怯えている。
その咆哮の後、恐怖に立ち尽くしていた彼女目掛けて再び灼熱の炎が襲った。
「あああっ!!」
恐怖に体が強張っていたせいで避けるのが遅れてしまった彼女は、悲痛な声を上げて灼熱の炎に見舞われながら吹き飛ばされた。
強い衝撃に受け身を取ることは儘ならず、そのままの勢いで近くにあった大木に体を打ち付けた。
あまりの激痛に声も出ず、痛みが体中を襲うのを感じた。
激しい痛みの中、何人かの声が聞こえたが、頭を強く打った彼女の意識は朦朧としていて、彼らが何を言っているのか理解出来なかった。
微かに残った意識の中、彼女は必死に重い瞼を開けて視界を映そうとした。
わずかな視界に捉えたのは、黒煙が立ち昇る蒼空の中に小さな一点の黒い影。
その視界を最後に、彼女は闇の中に意識を手放した。