第13話 竜使い
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木々に覆われた深き森。
葉と葉の間から太陽の光が僅かに零れて、結晶のように白く輝いている。
その深い森の奥、ぽっかりと開けた草地に彼らはいた。
ここは、人里離れ、どの街道からも遠く隔たった、とある森の中。
どんな物好きでも、こんな何もない鬱蒼と覆い茂る森の中に来る者はいないだろう。
だからこそ、ここは好都合な場所だった。
極秘となるこの実験のためには。
以前、行った実験も似たような場所で行われた。
彼は、これで二度目となる、新型魔導器(ブラスティア)で作られた結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げた。
初めて見た新型の結界魔導器(シルトブラスティア)は、部品の寄せ集めに過ぎない武骨な形成をしていたが、
二度目の今回は、未だ完成品には程遠い体(てい)ではあるが、明らかに以前よりも洗練された形になっていた。
彼、<帝国>の官僚である技官は、さらに上を見上げた。
その上には複数の白い光輪が浮かび上がっている。
彼は小さく感嘆の声を漏らした。
この新型魔導器(ブラスティア)の誕生は、この世にとって偉大な出来事だと言っていいだろう。
その出来事に、こうして自分も触れているのだと思うと、技官は胸中に熱い思いが溢れるのを抑えることができなかった。
できることなら何日か、いや一日でもいい。
この魔導器(ブラスティア)を存分に調べてみたい。
技官は心からそう思った。
それは、ここにいる、アスピオの研究機関から選抜されてきた技師である部下たちもみんな同じ思いであろうことは疑うべくもない。
それが決して叶わぬ望みであることも、技官はよくわきまえていた。
自分たちに課せられた任務は、前回同様、この魔導器(ブラスティア)を実際に動かしてその効果を確かめることであって、技術の調査ではないのだ。
それに、そこに踏み込めば、<帝国>の法規に触れることになる。
だからこそ、この任務を命じている者は極秘任務とした上で、なお多くのことを自分たちに教えようとはしないのだろう。
あれから何度、疑問に思ったことだろうか。
幾世紀に渡って<帝国>の規制の下で多くの研究者が悩まされ続けた、機能上、需要と供給が噛み合わないという魔導器(ブラスティア)の慢性的な問題。
その問題を解いたのは一体何者なのだろうか、と。
そんなことを考えながら、技官はふと視線を結界魔導器(シルトブラスティア)から目を逸らせた。
彼の視線の先には、頭巾(フード)を深く被り、その身を深紅の魔導服(ローブ)に包んだ若者、今回の任務責任者の姿があった。
前回、竜使いの襲撃による任務の失敗にて、その詳細を尋問するために<帝国>から遣わされたあの魔導士と同一人物。
部下である技師たちと、以前にも雇った傭兵ギルド、『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の傭兵たちに指示を出している。
おそらく、前回の実験で竜使いの襲来を受けた為に、今回は彼女が同行し、その対応を図るのだろう。
彼は、はじめこそ彼女のことを不審に思っていた。
それは、この者の立場に対しての違和感から生じていた。
彼女は魔導士でありながら、<帝国>騎士団の隊長主席特別補佐という肩書きを持ち、彼女が所属する一隊の隊長の代わりとして、時に自らその隊の指揮を執ることもある。
魔導士は<帝国>の要請があれば義務としてそれを断ることはできず、騎士団と共に任務を行うことはよくあることだが、魔導士が騎士の一隊の長と代わって率いるなど、過去の一度も前例がない。
時に魔導士、時に騎士。
その姿は、傍から見ていてまことに不思議なものに感じた。
この者はなぜ、魔導士としての研究だけでは留まらず、騎士団に所属し、自ら指揮を執るのか。
騎士としての任務には魔物と戦うなどの危険な任務のほかに、中には理不尽で面倒な任務だってある。
魔導士がわざわざ出ずともいい任務に、この者はなぜ、そんな危険と面倒な事柄にその身を投じるのか。
この時、技官にはどう考えても理解できなかった。
天才と謳われている者の考えとなると、理解できないものなのかもしれない。
技官は彼女に対してそんなことを思った時、はっとした。
----------この問題を解いたのはこの者ではなかろうか。
技官は、周りの者に指示を出し、忙しなく実験の準備に取り掛かっている彼女の姿を凝視した。
いや、そうに違いない。
<帝国>の規制の下でこれを解決できたその背景には、今は亡き前帝の直属として仕え、<帝国>直々に援助してくれている彼女だからできたことなのだ。
<帝国>から要請されて、これの研究をしていたか、もしくは彼女自身の発案を最低限の許可を出して、世の問題の解決に繋がるならと<帝国>が許容しているのだろうと思われた。
そうでなくては、たとへ地位の高い魔導士でも、法規に触れるようなこの研究の目的地点に踏み込めるはずかない。
技官は考え、納得した。
彼女であったからこそ、この研究の最終目的までたどり着いたのだろう、と。
それはつまり、
この者、リリーティア・アイレンス。
魔導士としては珍しく、騎士団にも所属する彼女。
一般の魔導士のほとんどは研究施設が整ったアスピオを拠点として、それぞれ研究を行っている。
しかし、彼女だけは違った。
アスピオではなく、城で勤務し、しかも個人的な研究施設を城内に設けられ、その研究すべてを<帝国>に守られている研究者だった。
あまりの優な待遇に多くの研究者たちが嫉妬し、彼女は多くの者から疎まれているようであった。
それは仕方がないとは言えば仕方がないのだが、<帝国>に一目置かれるほど、彼女はこれまで独創かつ奇抜的な研究を行い評価を得てきたのだ。
そして、彼女を疎む者からは偽善だと罵る者もいるようだが、彼女のそのほとんどの研究目的が市民のためということを概念としていた。
その天才的な頭脳があってこそでもあるのだろうが、人々の役に立つことを念頭に置き、善なる姿勢で研究を行ってきた彼女だからこそ、
<帝国>は彼女を庇護し、研究を援助することを惜しまず、今回のこの実験も彼女を信頼した上で、法規に触れるようなこの研究を任せているのだろう。
そして、技官はまた考え、さらに納得した。
だからここ数年近く、彼女は魔導学の表に出なかったのか、と。
彼女は、幼い時より幾度となく研究者たちを驚愕させるような研究成果を残してきた。
だが、当時から周りの者たちは彼女の実力に嫉妬し、疎む者が多かった。
彼女の父も天才と謳われた魔導士であり、魔導器(ブラスティア)の研究をするものならばその者の名を知らぬ者はなく、誰もがその実力に魅了されている。
そのため、その年齢にしてそぐわない研究成果故に、ある者は親の七光りと罵り、彼女の実力を疑惑する者もいた。
そして、それはここ数年前から研究者の間では、まことしやかに囁かれるようになり、かつて彼女を尊敬していたのにもかかわらず、彼女の実力に疑念を抱くようになった者も少なからずいるという。
だが、それもまた仕方がないことと思われた。
なぜなら、数年ほど前から、研究への業績結果がぱたりとなくなったからだ。
長くても2年も経てば、彼女は何かしらの画期的な研究成果を発表したり、論文を公表していた。
だが、随分前から、それが途絶えているのである。
正確にいつからといえば、あの〈人魔戦争〉が起きてからだというこだった。
確か、彼女の父、天才魔導士であるヘリオース氏はその戦争で没したと聞いている。
彼女の父が亡くなった頃から、彼女の魔導学内での評価は著しく低下していた。
それらを考えれば、やはり親が作り上げた道を、彼女はただ歩んでいたにすぎなかったのかもしれない。
そう考える者が年々増えていくのも、当然としての傾向だろう。
だがそうではなかった。
おそらく、この研究に時間を費やしていたがために、これまで新たな研究の成果を発表されることはなかったのだ。
もし、これが実用可能までに研究が進めば、公に公表し、彼女の貢献が世間に認められるのだろう。
再び彼女は天才として、その実力を示すことができるのだ。
同時に、またその優れた才に嫉妬する者が出てくるだろうが・・・・・・。
もし、本当に彼女がこの新型を作り上げたのであれば、話を聞きたいと切に思った。
新型魔導器(ブラスティア)の調査が出来ないのであれば、せめて天才と謡われている者から少しでも新型について話を聞けないのだろうかと。
だが、それさえ無理なことなのだということは分かっていた。
幾数年かけて確立させた研究成果を、だれが好き好んで外部の者に漏らすことがあろうか。
そんなことをすれば自分の研究を横奪されるのがおちだ。
大概、到底そんなことをするような気など起きないし、それは道理に反することだというのは子どもでも分かる。
<帝国>が深く関わっているこの研究に横奪という形で手を出せば、己の身が終わるのは火を見るよりも明らかだ。
それ以前に、そんなことまでして己の評価を上げようとする者のほうの気が知れない。
兎にも角にも、周りから様々な事を言われ続けてきている彼女だが、その実力は本物であるのかもしれない。
技官は今まで話に聞いていただけに過ぎなかったのを、こうして自分の目で彼女を見ていて、強くそう思った。
そう思わせるのは、この任務での彼女の行動を見ていてだった。
彼女は、今も部下たちや傭兵たちに忙しく声を上げて指示を出している。
ここまで来るときにも、事細かなことに気を配っていたように思う。
それは、任務の段取りもそうだが、何より、同行している自分やその部下たちに対してといっていい。
人里離れ、道も整備されていない道なき道を進み続けるこの任務。
傭兵たちはまだ慣れているとしても、自分たちのような魔物から自分の身もろくに守れない、旅に慣れていない者にとっては、道なき道の旅路は苦労に感じているのが正直なところだった。
彼女はそんな自分たちの気持ちを察してか、ここまでの道中、自分たちの体調を気にかけ、また意見をよく聞いてくれる。
そして、それに対する受け答えも、誰隔てなく丁寧であった。
その態度からは、それは繕ったものではないように感じられた。
確かに彼女は自分たちの心情をよく理解してくれているのだ。
そんな彼女の姿を見れば、彼女が優秀な人柄だというのは分かる。
魔導士としてだけでなく、騎士として騎士団の一隊を率いる事があるというのも文句なしで頷けた。
彼女を妬み、疎む者も、彼女の今の姿を見れば、その心情は変わるかもしれない。
技官は感慨深げにそう思った。
事実、自分自身がそうだった。
この新型魔導器(ブラスティア)を作り、これまで悩ませてきた難題を解いたのであろう彼女のその才に嫉妬の念を抱いたのは事実だ。
だが、それはすぐに消えた。
納得したのだ。
彼女の任務中の態度、行動、何より相手に対するその心配りのさりげなさ。
それは誰もが出来ることだとは思えなかった。
他の人が見た時、自分と同じように感じるのかは分からないが、少なくとも自分にはその姿に彼女の実力を見た気がした。
魔導師として、騎士としてだけではなく、人としても優れた実力を持っているのだと。
技官の中では、今まで感じていた彼女に対する疑念も不可思議さもすでに無くなっていた。
彼女と任務を同じくすることで、それらは消え、寧ろ彼女に対する畏敬の念が大きくなっていたのだった。