第13話 竜使い
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「----------リリーティア特別補佐殿」
リリーティアはその声に考えに耽るのやめて、技官の男へと顔を向けた。
「すみません。あまりに信じられない事だったので色々と考え事を」
「わたしたちもなぜあんなことになったのか・・・、未だに信じられません」
技官は今回の任務で起きた出来事を思い返し、さっきまで落ち着いていた怒りが再び湧きあがった。
だが、すでにその怒りをぶつけるべき者はここにいないのだ。
あの襲撃者は突如として現れ、一瞬のうちに消えてしまったのだから。
「その襲撃者は一体何者なのでしょうか?」
リリーティアは真剣な面持ちで技官に問うが、技官は首を横に振った。
そして、俯いたまま覇気ない声で答える。
「分かりません。本当に一瞬の出来事だったのです。突如として空から現れ、稲妻の如く一本の槍が魔導器(ブラスティア)を貫いたのです」
「空から・・・?!それはというのはどういうことですか?」
彼女は驚きを隠すことが出来ず、声を上げた。
任務に同行していた技官の部下たちは、その声に一斉に顔をあげて彼女を見た。
空からの襲撃者。
ならばその襲撃者は人ではないということなのだろうか。
人ではなく魔物だというのならば、ならなぜ、周りにいた人間ではなく、その魔導器(ブラスティア)だけを狙ったのか。
その時、リリーティアはある言葉が頭の中に浮かんだ。
同時に過去の忌まわしい記憶が蘇る。
「何か、大きな生き物めいた影が見えました。それは言いようのない形で・・・。その上に人間らしきものが乗っていたのです。その者は破壊した魔導器(ブラスティア)に突き刺さった槍を引き抜くと、その影と共に空へ上昇して消えました」
技官は両の手で顔を覆い、膝に肘をつけて項を垂れた。
彼の身に着けている服は、泥だらけで所々が擦り切れていた。
技官だけではなく、その部下たちも同じように汚れており、大したものではなくても怪我を負っている者も少なからずいた。
襲撃者によってひどい仕打ちを受けたのはそれを見れば明らかで、死者が出なかったのが幸いといえた。
だが、未だに技官はあの時何が起きたのか、頭の中は混乱じみているようで、整理ができていないようだ。
リリーティアは意気消沈する技官をなんとも言えない表情で見詰めた。
それから、ゆっくりと技官から詳しい状況を聞いた。
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降りしきる雨の中。
新型の結界魔導器(シルトブラスティア)を指定場所まで運び、予定通り稼働させた。
そして、それは期待通りの結果で、頭上高くに光り輝く輪が現れ、新型の結界魔導器(シルトブラスティア)は問題なく稼働しているようだった。
だが、目視だけでは本当に結果が期待通りの効果を発揮しているかわからない。
そこで、馬車に乗せてきた家畜や家禽(かきん)、そして、魔物たちを使ってそれを裏付ける。
人間や家畜が結界に阻まれないかどうか、通過することで何かしらの影響を受けることがないかどうか。
何より、ちゃんと魔物を阻むのかどうかが重要だった。
その魔物に関しては、ギルドから雇っていた傭兵たちに力を借りて実験を行う。
そうして、実験を実行する為に、技官が部下とギルドの傭兵たちに指示を出していた時、それは現れたのだという。
ふと、雷鳴が響く曇天の空に、小さな黒い染みのような見えた気がした。
技官は、初めそれは、木々の枝が何かが生んだ残像だろうと思ったらしい。
だが、もう一度空が光った時もそれが見えた。
よく見ると、それは視界の中で移動しているのが分かった。
それは、こちらに近づいてくるのだ。
それが小さな染みではなく、こちらに向かってくる何らかの実体だと認識した時、技官はどうしたものか迷った。
荒事の専門家たる傭兵たちが気づかないうちに脅威が近くまで忍び寄っている、ということがあり得るのだろうか?
だが、傭兵たちは結界が出現した時こそ上を向いていたが、今はずっと木々の間に目を光らせているために気づいていなだけかもしれない。
結局、技官は適切な言葉が見つからないまま叫び声を上げて、それを知らせた。
その声に部下の技師たちや傭兵たちが技官の視線の追ってそれを見たとき、それはもう草地の真上にいた。
魔導器(ブラスティア)の真上。
技官は名状しがたい感覚に襲われた。
さっきまで空の一点に過ぎなかったそれは、あっというまに大きくなった。
落下などという生易しいものではなく、黒く凄まじい速さ。
その先端からさらに別の稲妻が放たれると、本体を上回る勢いで、真下目掛けて飛んでくる。
技官が警告を発しようとする間もなく、第二の黒雷が魔導器(ブラスティア)を、魔核(コア)を、貫いた。
金属が弾け飛ぶ激しい音と共に、魔導器(ブラスティア)の周りにいた部下たちが衝撃で跳ね飛ばされるのを見た。
一本の槍が魔導器(ブラスティア)を杭のように真っ直ぐ上下に貫通していた。
それを見た技官は、思わず身震いしたという。
たった槍一本で、あの距離から、魔核(コア)を仕留めたのだ。
恐るべき正確さ、ではなければ悪魔のごとき偶然。
結界の光輪は断末魔のように燐光をあげると、鈴のような音を立てて、泡が弾けるように魔核(コア)は完全に散ってしまった。
そして、結界の光輪も溶けるように消えていった。
技官は、目の前で起きた出来事に、どうしていいかわからずに魔導器(ブラスティア)の方へと駆け出した。
その時、槍と同じぐらいの容赦のなさで炎が魔導器(ブラスティア)を包み込み----------爆発。
爆発の衝撃に、技官はなす術もなく地面に叩きつけられた。
意識が朦朧(もうろう)とする中、何とか顔をあげると、その先には、雨をものともせず燃え盛る残骸の上に、何かが浮かんでいた。
見たこともない形の大きな生き物めいた影。
その上に人間らしきものが乗っていた。
そう気づいたのは、それが劫火をものともせずに突き立ったままの槍を、手を伸ばして引き抜いたのが分かったからだ。
それは、妙に小さな影だった。
そう見えたのは、ただ生き物の方が並外れて大きいからなのか。
その人影は輪郭の曖昧な外套(がいとう)めいたものに身を包んでいた上に、雨と炎、煙と苦痛とで曇らされ、技官は見定めることができなかった。
痛みを堪えて技官が体を起こそうとしたとき、何の前触れもなく生き物の姿が消えた。
上昇したのだと悟った時には、襲撃者の姿は影も形もなく、後には這いつくばる技師たちと呆気にとられた傭兵たち、破壊され燃え尽きた一山のがらくただけが残された。
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リリーティアは技官から事の真相を聞いている間、一言も口を挟まずに険しい顔つきでそれを聞ていた。
任務の失敗、惨めな退却の真相。
緊急の事態が起きたという知らせを受けた時点では、詳細な情報もなかったせいでもあるが、あまり重大な事だとは思っていなかった。
ただ、その知らせを受けたとき、彼女は新型の魔導器(ブラスティア)の実験のことに関してだと推測はしていた。
近々、新型魔導器(ブラスティア)の性能を実証するために実験を行うと、アレクセイとの密議の間ですでに決定されていたからだ。
新型魔導器(ブラスティア)に関しての事ならば、実験の失敗、もしくは、何らかの不具合が生じたのだろうと、あまり深く留めずにいた。
失敗したならば、また新たにやり直せばいいだけのことだった。
だが、実際に技官からの報告内容を聞いて、予想を遥かに超えた深刻な事態だと悟った。
悟ったが、理解するには、もう少し時間が必要だった。
いや、これは完全に理解するにも到底無理なような気もした。
この新型魔導器(ブラスティア)の実験は、慎重に慎重を重ねて、厳密に行われていた。
情報が外部へと漏れないようにと細心の手筈をとっていた。
その証拠に、技官を含めたこの任務に携わるすべての者にも、新型魔導器(ブラスティア)を稼働させた際には、
”魔導器(ブラスティア)自体の監視を併せて、円環の境界の調査をするように”と命じただけで多くを伝えなかった。
この任務の為に雇ったギルド、『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』という傭兵ギルドでさえ、すでにずいぶん前からアレクセイの手が回されている。
その他にも、この実験を行う場所にも立地条件を厳しく見定めたもとに、人里離れた、かつ、どの街道からも遠く隔たった場所で行われた。
そうして、この任務は厳重に管理され、機密に実行した----------はずだったのに。
その襲撃者は、どこでそれらを知り得たのか。
そして、何を目的として魔導器(ブラスティア)を破壊したのか。
それだけではない。
人影が乗っていた謎の生き物。
その謎の生き物は、もし魔物だとしたら結界の中になんの抵抗もなく入り込んだということもおかしい。
結局、その時は新型の結界魔導器(シルトブラスティア)を検証することはできなかったらしいが、技官の見解によれば、期待通りの効果を発揮していたことは疑いの余地もないと言っていた。
それも単なる技官の技術者たるものの見解であって、それが実際にそうであったのかは今では確かめようがないが、とにかくそれを突破した。
では結界が正常に機能していた上で、謎の生き物がそれを突破したということは、その生き物は魔物ではなく----------、
リリーティアのその表情はみるみるうちに青ざめていた。
脳裏によぎるもの。
遠い過去に垣間見た生き物の姿、まさに畏怖べき存在。
----------それは、
「竜使い」
「え・・・?」
技官が唐突にいった言葉に、リリーティアの思考は途切れた。
彼は揺れる馬車内の床を深刻な顔つきで見下ろしている。
”竜使い”
聞きなれない言葉に彼女は己の耳を疑ったが、相手は確かにそう言った。
彼女は訝しげに技官を見つめた。
技官はこう説明した。
あの生き物が結界の中に何の抵抗もなく侵入してきたことに驚きを隠せず、なぜ侵入できたのかと考えたとき、一時期まことしやかに囁かれてきた、さる噂を思い出したのだという。
曰く、あの悲惨な〈人魔戦争〉当時、結界をものともせずに都市を襲った、見たこともない魔物たちがいたということ。
----------竜。
それまで昔話の中でしか語られることのなかった名で、それを呼ぶ者がいた。
だが、自分たちを襲ったあの生き物は人を乗せていた。
----------竜。
竜を使役する者がいる?
そんな昔話は聞いたことがなかったが、確かにそれを見たのだ。
----------竜使い。
技官はあれを見てそう思ったのだという。
彼女はその言葉を一度心の中で呟いた。
そして、再び遠い過去の記憶を手繰り寄せた。
竜。
襲撃者と共にいたその竜と、過去に結界をものともせずに都市を襲った竜。
もし、どちらのそれも同じであるならば----------私はその”正体”を知っている。
リリーティアはゆっくりと目を閉じた。
眉間にしわを寄せたその表情は、いかにも苦しげだった。
本当に、それが事実ならば・・・。
「(だから、現れたというのか----------、)」
----------
目を閉じる彼女の額には、僅かに汗が滲んでいた。
膝の上に乗せた手はぎゅっと強く握りしめられている。
「特別補佐殿?」
彼女の様子がおかしいこと気づき、技官は恐る恐る声をかけた。
彼女ははっとして、その顔をあげた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません」
リリーティアは、己の中にある恐怖心を相手に悟られないよう、何事もなかったかのように笑みを浮かべた。
「一体、あの竜使いはどうしてあれだけを狙ったのか・・・。未だに怒りがおさまりません。人びとの希望となり得たものに対して、あんな・・・」
技官の言葉に、彼女は微かに表情を曇らせた。
「それは、・・・その者に直接聞くしか分かり得ないことかもしれませんね。ともあれ、死者がでなかったことが不幸中の幸いでした。みなさんに大きな怪我がなくてよかったです」
そのあとも、帝都へ到着するまでの間、現場の状況、任務に携わった者の容態など、さらに詳しく聞きながら帰路についた。
技官と話しながらも、彼女の脳裏では、過去に見た竜の姿が浮かんでは消えてを繰り返し続けていた。