第12話 弟子
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私は間違っていた。
私は余計なことをしてしまったんだ。
結局、二人を危険に晒しているだけだった。
中途半端に彼女たちに戦いの術(すべ)を教え、彼女たちの想いにきちんと応えられていなかった。
忙しかったからとか、そんなのは理由にはならない。
分かっていたのに。
力を得るほど、その分、危険なことに遭うのだということは。
戦う術を身に着けるほど、危険な場所に飛び込む機会が多くなる。
戦う術を知らなければ、常に安全な場所に居ざるおえないし、危険な場所へわざわざ赴くこともしない。
本当に二人のためを想うならば、いや、二人だけの話ではない。
救児院の子どもたちや院長先生、そして、イエガーさんを想うならば。
やはり戦う術を教えることは間違っていたことだった。
リリーティアは町の外にいた。
トリムを出てすぐ近くにある海岸だ。
海鳥が優雅に空を舞い、鳴いている。
リズムよく波が打ち、空の色は鮮やかに澄み渡っていた。
潮風が髪を揺らし、とても穏やかな気候ではあったが、彼女の心情はすぐれないものだった。
小さく息をつくと、少し横へと視線を移した。
視線の先にはトリムの町があり、そして、その中にある救児院を思った。
あの場所で子どもたちと、結界の中で安全に暮らすことが何よりの幸せなのだろう。
あの子たちにとって、きっと。
リリーティアはふっと寂しげに目を細めると、再び目の前に広がる海を眺めた。
指導を終えた後はよくこの海岸に立ち寄り、かつて弟子だった二人とこうして海を眺めたりもした。
彼女は静かに瞳を閉じた。
波の音。
海鳥の鳴き声。
暖かな潮風。
いつ来ても変わらない音と風。
ただいつもと違ってひとつ足りないもの----------二人の少女の笑い声。
リリーティアはゆっくりと瞳を開く。
もう聞くことはないのだろう。
笑っている二人の声。
楽しげに話す二人の声。
私を師と呼ぶ二人の----------、
「師匠!」「ししょー!」
「!?」
声の方へ振り向くと、二人の少女がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
もう聞くことはないであろうと思っていた声の持ち主、ゴーシュとドロワットだった。
「さ、探したぬ~」
肩を激しく上下に動かし、荒く息をしている。
ここまで必死に走ってきたようだった。
リリーティアはどんな顔で二人を見ていいかわからず、複雑な表情を浮かべた。
「師匠、約束を破って申し訳ありませんでした!」
「本当にごめんなさい!」
深々と頭を下げるゴーシュとドロワット。
二人はしばらくその体制を保ち続け、お互いの間に沈黙した時が流れる。
どんな言葉をかけるべきかも分からず、リリーティアはただ頭を下げる二人を見ていた。
「謝ってすむ問題ではないことは分かっています。私が全部悪かったということも」
「でも、あたしらのいうことも、少し聞いて欲しいんだわん」
「・・・・・・なに?」
顔色を窺うように話す二人に彼女は頷いて、優しげな声音で聞いた。
「し、師匠だって、約束破ってました、よね?で、ですから・・・あの・・・・・・」
「だから、・・・あたしらも弟子として、ししょーに罰を下す・・・権利があると・・・思うんだわん」
歯切れ悪く話す二人の表情は明らかに不安な色が浮かんでいた。
そんな二人にリリーティアは困ったように小さく笑った。
「・・・うん、そうだね。二人の言う通りだ」
あっさり自分たちの言葉を受け入れた彼女に、二人は少し驚いたようで、呆気に取られていた。
しかし、すぐに真剣な表情に戻った。
「ですから、罰を下させてもらいます」
「わかったよ」
リリーティアは頷いた。
二人の言い分は最もだ。
約束を破ったのはお互い様だ。
寧ろ、約束を守れなかった数をいえば、自分のほうが明らかに多い。
そう考えれば、彼女たちのほうが当然として納得いかないだろう。
自分だけ言いたいことを言い、有無を言わさず破門だと言い放ち、その場から逃げたのだから。
「どんな罰でもそれを受け入れてくれるわん?」
「ええ、それが罰なんだから」
ゴーシュとドロワットはお互いに頷き合った。
「約束を破ったとして」
「弟子として罰を下すわん」
リリーティアはただ瞳を閉じて、それを待った。
どんなことを言われようと、それは甘んじて受ける。
私は彼女たちにそれ相応のひどいことも言った、厳しいことを言った。
師として彼女たちをちゃんと支えてあげられなかった。
あの時、ゴーシュの思いつめた気持ちに気づいていながらも、自分のことを優先した。
そう、元はといえば、私が至らないばかりに招いた結果だ。
彼女たちが怪我を負ったのは自分の責任だ。
私が、彼女たちの師となったばかりに・・・・・・。
「私の師匠になること!」「あたしのししょーになること!」
----------え?
思っていなかった言葉にリリーティアは驚きに目を見開き、彼女たちを見た。
二人はとても真剣な目を向けている。
その瞳から冗談で言っているわけではないことは分かった。
けれど、彼女たちが下した罰の真意がよく分からなかった。
「それが、私たちからあなたへの罰です」
「これは断ることができないわん!なんでも受け入れるってさっき言ってたもん!」
「え・・・、いや・・・でも・・・」
胸を張って言い切る二人。
リリーティアは動揺を隠せなかった。
なぜそれが私への罰となるのか。
二人との約束を何度も破り、ちゃんと指導も出来ずにいたというのに。
己の都合優先で、彼女たちの強くなりたいという想いを蔑ろにしていたというのに。
なのに、どうして----------?
「ゴーシュ、ドロワット。私は・・・」
「罰ですから、師匠が何を言おうと、師匠は私たちの師匠です!」
「ししょーだと言ったらししょーなんだわん!」
二人はぐっと口を噤み、リリーティアをじっと見据えた。
その眼差しに彼女たちの強い意志を感じた。
二人は本気での自分のことを師匠だと思ってくれているのだ。
師匠のままでいてほしいのだと。
二人の気持ちは十分に伝わってきた。
けれど、戸惑いは消えなかった。
何より、師という器ではないことを改めて感じた自分に、本当に彼女たちの師としてここにいていいのかどうか分からない。
----------こんな私が師でいいのだろうか。
ただただ、己に問う。
私には、その問いの答えが見い出せない。
「師匠、お願いします!これからも私たちの師匠でいてください!もう、もう二度と約束は破りません!」
「お願いします!あたしらのししょーは、ししょーじゃなきゃだめなんだわん!」
二人は、深く頭を下げで声を荒げた。
「それに・・・、もうお別れは嫌だわん・・・!」
「そうです・・・、さよならなんて、言わないでください・・・!」
震えている声。
それは悲痛な叫びにも聞こえた。
彼女たちの切実な、心からの願いで、訴え。
その声、その言葉に、リリーティアは胸が締め付けられた。
これほどまで必死になって、師として自分を必要としてくれる少女たちの姿。
突き放しても、尚、自分を頼ってくれる少女たちの想い。
自分には勿体無いほど、優しく、温かい言葉だった。
そう、勿体無い。
二人の気持ちは、自分に対しては過ぎたものなのだ。
だって、そうじゃないか。
私は----------、
「ありがとう、ゴーシュ、ドロワット」
リリーティアは二人に背を向け、目の前に広がる海を見詰めた。
「本当に嬉しい。本当に・・・、自分には勿体無いぐらい」
「師匠?」
二人には彼女の背中がとても儚げに見えた。
「でも、やっぱり私には、その資格はないんだ」
はっきりとした物言いだったが、悲しい響きを感じさせるその声。
彼女の言葉に、二人は納得がいかなかった。
「どうしてそんなことを言うのですか!」
「そうだわん!あたしたちがししょーがいいっていてるんだから、資格なんて-------!」
「ゴーシュ、ドロワット」
リリーティアは少し声を上げて言葉を遮った。
そして、一呼吸おいて言葉を続けた。
「私は、師と仰いでもらうような立派なことなどしていない。実際に、私が今まで何をしてきて、そして、これから何をしようとしているのか。・・・・・・あなたたちは知らない」
ゴーシュとドロワットは、訝しげに互いの顔を見合わせた。
「もしも、いつしかイエガーさんの下にいるようになったならば、私がやっていることも、いずれ知ることになるのだろうけど・・・・・・」
----------罪を犯し続ける。これからも、繰り返し。
リリーティアは、自分の左手を見詰めた。
何度、この手で命を奪っただろうか。
何度、この手は朱(あか)く染まっただろうか。
わからない。
計り知れない数なのだということは、事実で。
「「・・・・・・・・・」」
ゴーシュとドロワットは、しばらくお互いの視線を合わせると、目の前にある深紅の背に視線を向けた。
そして、互いに大きく息を吸う。
「私たちは知っています!」「あたしたちは知ってるむん!」
二人は声を揃えて、彼女の背に叫んだ。
「?!」
突然の大きな声に驚いて、リリーティアは振り向いた。
二人はこちらをひたと見据えている。
そう、すでに揺るぎないものだった。
二人の少女の想い。
二人の弟子の仰ぎ人。
「いつも優しい瞳(め)で私たちを見てくれること」
「温かい手であたしらの頭を撫でてくれること」
公に言えないことをやっている----------それを察しても、尚。
「私たちが約束を守れなくても、それでも私たちを優しく包んでくれること」
「どんなに忙しくても、あたしらのところに来てくれること」
闇に手を染めている----------それを察しても、尚。
「だから、師匠がこれまでしてきたこと、していること。それを知っても、私たちの師匠だということは何も変わりません!」
「ししょーはししょーだむん。あたしらの自慢のししょーだむん!」
なにも、変わらない。
自分の進む道も、自分の仰ぐ師も。
そこに、迷いはなかった。
少女たちのその強い意思と覚悟。
リリーティアは二人の瞳から目を逸らすことができなかった。
そして、己の意志が足りなかったこと改めて知った。
彼女たちの想いを守る-------その覚悟が。
彼女は一度、目を閉じた。
----------改めて、ここに誓おう。
そして、目を開けると、ゴーシュとドロワットに歩み寄り、二人の目の前に立つ。
二人は迷いのない強い眼差しでリリーティアを見詰め続けている。
そんな二人に微かに笑みを浮かべ、彼女はその場に両膝をついた。
「二人からの罰、甘んじて受けいれます」
----------弟子たちの抱える想いは、この手で守り抜いてみせる。
その言葉に、ゴーシュとドロワットはきょとんとしたが、
すぐにその意味を知り、お互いに満面の笑みを浮かべて師を見る。
リリーティアも新たな決意を胸にして、弟子たちに負けないぐらいの笑顔を返してみせた。
それから、トルビキア大陸の平原には以前と変わることなく、真剣な瞳の弟子二人と、優しげな瞳の師の姿があった。