第12話 弟子
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「「「「「「「お姉ちゃんたちをいじめるなーーー!!!!!」」」」」」」
部屋の扉が勢いよく音を立てて開き、数人の足音がバタバタと響いた。
幼い子どもたちの声に、ゴーシュとドロワットははっとして目を見開いた。
瞬間、目の前にある師の顔が二人の視界に飛び込み、二人は----------、
「「っ--------!」」
----------声を失った。
救児院の子どもたちが何かを言っているようだが、それを理解するよりも、師の表情から一瞬も目を離せなかった。
師匠はきっと怒りの形相で自分たちを見ているのだろう、二人はそう思っていた。
けれど、違った。
まったく違っていた。
それは、悲しみ-------いや、またそれとも違う。
酷く傷つけられたかのような、それはあまりに悲痛で、あまりに悲惨で。
師のその表情を目の当たりにして、ゴーシュとドロワットの心は罪悪感に襲われた。
「こら、みんな何をやっているの!この部屋に入ってはいけませんっていったでしょう!」
子どもたちの騒ぐ声に院長が慌てて部屋に入ってきて、子どもたちの前に立った。
「でも、このお姉ちゃんが大きな声でゴーシュお姉ちゃんとドロワットお姉ちゃんをいじめてたんだもん!」
「お姉ちゃんたちをいじめる人はボクたちが許さないぞ!」
子どもたちはリリーティアの背を指さしながら、声を上げて抗議する。
院長は子どもたちを諭しながら、不満げな子どもたちの背中を押して部屋の外へと連れ出した。
そして、一言謝った後、そっと扉を閉めたのだった。
子どもたちの行動。
それは、いつもよく遊んでくれる優しい姉を守るためにとった行動だった。
それを見ても、救児院の子どもたちがどれだけ二人のことを慕っているのかよく分かる。
未だ扉の向こうで、なにやら文句を言っている子どもたちの声を背に聞きながら、リリーティアは床に膝をついた。
ゴーシュの左肩に乗せていた手はそのままに、ドロワットの右肩に手を乗せ、互いに同じ高さになった目を合わせた。
それはとても優しい瞳だった。
いつもの師の瞳(め)だった。
「ゴーシュ、ドロワット-------よく聞きなさい」
そして、優しい瞳から、微かに真剣な瞳へと変わった。
「私は・・・、私は何のために、あなたたちに戦う術(すべ)を教えていたのか。それは、確かに強くなってもらうため。それは間違いではない。でも、そんな無茶をさせるために教えていたんじゃない。まして、・・・誰かを守れるくらい強くなってほしくて、教えていたんじゃないんだ」
彼女は、その瞳(め)を閉じる。
「二人には、----------生き抜いてもらいたいから」
その言葉は、ゴーシュとドロワットの心に強く響いた。
なぜだか分からない。
けれど、この言葉には感情が深く込められている、二人はそんな気がした。
弟子に対する、師の深い想いがそこにあると。
「どんなことがあっても生き抜いてもらいたいから、私は二人に戦う術を教えていたんだ」
リリーティアは弟子たちの肩を優しく抱きしめた。
「大切な人を失う辛さを知っているんでしょう?だったら、だからこそ、・・・あなたたちは何があっても生き抜きなさい」
それは、師の教えというよりも、切実な彼女自身の願いのようだった。
「あなたたちが大きな怪我をして、その命が失うなんてことがあったら、・・・悲しむ人がたくさんいる。救児院の子どもたちや院長先生。それに、イエガーさんが深く悲しむよ。
だから、ゴーシュ、ドロワット、絶対に生き抜いて。救児院の子どもたちや院長先生のためにも、イエガーさんのためにも----------私のためにも」
そして、二人を抱きしめる腕に力を込めた。
「あんな思い、したくないんだ・・・・・・」
大切な人がいなくなっていくのを、見たくない。
”あの日”のように。
もう、二度と。
「師匠・・・」「ししょー・・・」
悲哀満ちたその姿に、二人は師の服を強く握り締めた。
初めて見た。
師の弱った姿を。
その姿に自分たちが取った行動がどれだけ愚かなことで、人々を不安にさせ、悲しませていたのかを知った。
二度と同じことは繰り返さないと、心に誓った。
そして、師がどれだけ自分たちのことを想ってくれているのかを、深く心に刻み込んだ。
「ごめん・・・、結局これも私のためでしかないんだ・・・・・・」
そう独り言のように呟くと、二人から体を離して立ち上がり、彼女は小さく笑みを浮かべた。
その笑みも悲しげだった。
「ゴーシュ、ドロワット。・・・私は間違っていた」
二人は疑問符を浮かべて彼女を見上げた。
その言葉の意味がよく分からなかった。
「やっぱり、私は人を教えるような器ではない。-------今までごめんね」
「師匠・・・?」
穏やかな声。
紡がれる言葉。
それはまるで----------、
「こんな私を、師匠と呼んでくれて、ありがとう」
これが最後と言わんばかりの、----------別れの言葉のようで。
ゴーシュとドロワットは、不安げに彼女を見た。
別れを意味する言葉ではないことを祈りながら。
リリーティアは微かに笑みを浮かべて、弟子たちをじっと見詰めた。
二人は何か言おうと口を開きかけたが、まるでそれを遮るかのように、彼女が二人の頭をそっと撫でた。
弟子の頭を撫でる、師の瞳。
それはとても儚げで、悲しげで、優しさに溢れていた。
そして、彼女は踵を返すと、部屋の扉に向かって歩き出す。
「し、ししょー、どこにいくむん!」
ドロワットが慌てて声をかけるが、リリーティアは歩みを止めることはなく、その扉のドアノブに手をかけた。
二人に背をむけたまま、彼女はこう言った。
「ゴーシュ、ドロワット。約束を破ったとして、師として罰を下します」
二人は何か嫌な予感がして、その表情を強張らせた。
聞きたくない。
互いにそう思った。
「二人を破門します」
頭を殴られたような衝撃が、二人を襲った。
信じられない。
信じたくない。
二人は言葉が出てこなかった。
何か言わなければ。
引き止めなければ。
そう思えば思うほど、言葉が喉の奥に突っかかって、声が出ない。
「さようなら」
その言葉と同時に部屋の扉を開けて、リリーティアはその部屋を出ていった。
廊下を歩いてつきあたりにある、扉のない開けた部屋へと入る。
そこには、院長先生や子どもたちが集まっていて、子どもたちは彼女が現れると警戒するような目を向けた。
院長先生はいつもと違ったリリーティアの様子に心配しながら言葉をかけたが、彼女は何でもないのだと何事もなかったかのように笑顔で言葉を返した。
そして、早々に挨拶を交わした後、「今までありがとうございました」と深く礼をして感謝を意を伝えた。
戸惑っている院長先生をよそに、彼女はその場を後にして足早に救児院を出たのだった。
ゴーシュとドロワットに別れを告げて救児院を出るのに、彼女は数十秒もかからなかった。