第1話 背中
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「俺も残る」
突然、シュヴァーンが従卒たちに向けて言い放った。
その言葉にリリーティアは驚いて彼を見る。
「シュヴァーン小隊長、私なら一人で-----」
「これは俺が一任している任務だ」
「小隊長殿が残るのでしたら、わたくしも-----」
「何度も言わせるな」
リリーティアや従卒の言葉を最後まで聞かずに、魔物を相手にしながら淡々とした口調でそれを遮ったシュヴァーン。
彼女らは戸惑った顔で互いを見合わせたが、やがて、真剣な表情になって大きく頷きあった。
そして、シュヴァーンの指示のもと、一行は態勢を整え、商人の家族をこの場から逃がすことを第一に考えながら動き出した。
荷車と商人の家族を乗せた馬を守るように陣取り、シュヴァーンと従卒の騎士数名は襲ってくるブラックウルフを剣で倒していく。
その中でリリーティアは目を閉じて魔術の詠唱を始めた。
「天地をも揺るがす颶風(ぐふう) その力にて現前なる天運をも揺るがし給う」
彼女の周りに漂う霧が仄かに緑色に染まる。
その足元に術式が浮かんでいた。
一度として失敗は許されない。
魔術の発動させることは彼女にはたやすいことだ。
失敗することはないだろう。
しかし、それだけではこの危機的状況からあの家族を逃がすことはできない。
この状況に合った魔術を見極め特性を生かす、そして、魔術を放つ位置やタイミング。
どれか一つでも判断を誤れば、状況は最悪な事態を招く可能性もあった。
詠唱を言い終えたリリーティアは全神経を集中させながら周りの様子を確認し、魔術を放つタイミングを見計らった。
「テンペスタース!!」
叫んだのと同時に、無数の強大な竜巻が現れ、広範囲に荒れ狂う。
その竜巻によって多くの魔物は吹き飛ばされ、それだけでなく少し先まで霧で覆われていた視界が僅かに開けた。
「今です!」
「はい!」
彼女は今が好機と、従卒騎士の彼らへ向かって叫んだ。
「シュヴァーン小隊長殿、リリーティア殿どうかお気をつけて!」
三人の従卒騎士はそれぞれに手綱を引いた。
その時、彼女はあの男の子と目があった。
それは変わらず不安げでありながらも、ひどく心配した面持ちでこちらを見ていた。
だから彼女はその男の子に大きく笑ってみせた。
『大丈夫。絶対に大丈夫だから』
あなたも、あなたの家族も、私たちも、みんな。
そう言う変わりに。
あの男の子が自分の思いを読み取ってくれたかは分からないが、少しでも不安な気持ちを和らげることができたならと願った。
従卒騎士の彼らは切り開いた視界の中へ馬を走らせ、残りの者たちはその後に続いた。
彼らが逃げていくのを数体のブラックウルフが許さないとばかりにそのあとを追いかけようとするが、シュヴァーンがその前に立ちはだかり、俊敏な動きをもって薙ぎ払う刃で倒していった。
リリーティアも魔術を放ち応戦する。
ブラックウルフたちは完全に二人を標的として捕らえたようで、一斉になって殺気立った鋭い眼光を向けた。
それに対して、彼女は《レウィスアルマ》の先端部にエアルで構築させた刃を出現させ、接近戦に向けての戦闘態勢に入る。
シュヴァーンは一度魔物との距離をあけて後退し、荷車の傍に戻ると剣を一振りした。
紅い軌跡が伸びる。
彼の手に握られている剣、柄も柄も、その刀身もすべて真紅に彩っている。
金属の光沢を備えていながら、鮮やかな真紅一色である。
それは塗装ではなく素材自体の色で、エヴァライトという紅い鉱石から作られた剣(つるぎ)。
エヴァライトはその美しさだけでなくエアルの伝統率も高く、装飾品のほかに、彼が持つ剣のように特殊な武具の素材としても珍重されている。
近年は鉱石そのものすら流通することはまれで、鉱石自体が珍しい代物となり非常に価値が高く、そのため、不純物のないエヴァライトだけで鍛え上げられたその剣は大変珍しいものだ。
それは、〈騎士の巡礼〉に発つ前、小隊長となった昇進祝いにとアレクセイが彼へ贈った剣であった。
大ぶりでありながら、見た目よりも随分軽いその剣を、シュヴァーンはまるで長年愛用してきたかのようにその手に馴染ませ、目の前の魔物たちと対峙する。
霧の中では何体いるかはっきり把握できないが、気配からして二十体以上はいるだろう。
二人とブラックウルフの群れ。
互いの間には時間が止まったかのような張りつめた空気が流れる。
「ガアァウ!」
先に動いたのは、ブラックウルフ。
雄叫びを上げながら二人に向かって襲いかかってきた。
シュヴァーンは足を踏み込むと、宙を飛ぶブラックウルフの懐に入り込み、刃を一閃させ斬り上げる。
続けて一体、二体、その動きは瞬きする間ほどの一瞬だった。
リリーティアは彼の圧倒的なその動きに心強さを感じた。
だが、それと同時に何故か不安にも似た恐怖が襲ってくる。
「(!?・・・私は・・・怯えてる・・・?)」
震えはないが心の芯が冷えるような不思議な感覚。
それがどこからやってくるのか、彼女は今感じているこの感情に戸惑った。
「(魔物に・・・?)」
彼女は魔物と戦いながら、この妙な感覚の意味を考えた。
自分のことでありながら理解できないこの奇妙な感情、感覚、----------胸騒ぎ。
そして、自分の傍らで魔物と戦っている彼の姿を視界に捉えた時、彼女ははたと気付いた。
ああ、そうか----------、
「(-----彼に対してだ)」
彼、シュヴァーンの戦う姿。
その姿を見た瞬間、彼女の心の中では不安にも似た恐怖が増すのを感じた。
彼は一斉に飛び掛かってくるブラックウルフたちをほんの僅かな動きだけで軽々とかわす。
そして、攻撃をかわされたブラックウルフは、次の瞬間、体中を朱(あか)に染めながら次々と倒れていくのだ。
彼とブッラクウルフが交差する瞬間、一体何が起きているのか分からない。
剣は手に握っている。
しかし、それをいつ振ったのか分からない。
瞬きする間もない動き。
それは電光石火の如くに。
彼は一言もなく無表情のままに、身構えることもせず、襲ってくる魔物を斬り倒す。
戦っているというよりも、ただそこにいる。
常のごとく。
それは、
魔物に対する恐怖心がない。
死に対する恐怖心がない。
誰から見ても彼の戦う姿はきっとそう見えるだろう。
しかし、それは違う。
似ているようで違うのだ。
恐怖心がないのではなく、それは----------、
「(-------生が・・・無い)」
彼の戦う姿には”生きる”というのが感じられない。
リリーティアアにはそう見えていた。
「(恐怖も何も・・・すでに・・・)」
彼女の心に罪悪感が募った。
けれど、すぐにその罪悪感を無理やり打ち消した。
今は荷を守ることだけを考えるべきだ。
そうして、彼女は彼に対する恐怖を振り払うように、ただひたすらに武器を振るい続けた。
魔物との戦いを終えた頃には深く覆っていた霧は晴れ、厚い雲からは太陽の光が差し込んでいた。