第12話 弟子
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あれから、ひと月ほどの月日が経った。
リリーティアは船を降りると、一度空を仰いだ。
彼女は今、ノール港にいた。
ゴーシュとドロワットと別れてすでにひと月が経ってしまったことに、彼女は罪悪感を感じずにはいられなかった。
本当ならばすぐに二人のもとへと向かいたかったが、極秘の下で行っている魔導器(ブラスティア)の研究に手が離せなくなり、どうしても時間がとれなかったである。
彼女はいつもの通り弟子たちがいる救児院へと足を運んだ。
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「怪我!?」
ひときわ大きな声を出すリリーティア。
彼女はいつものように救児院の前で救児院を営む院長先生に挨拶をしていた。
そして、ゴーシュとドロワットを連れて、町の近くで指導を行うのがいつもの流れなのだが、今日はそうはいかなかった。
なぜなら、院長先生から驚くべきことを伝えられたからだ。
それは、ゴーシュとドロワットのことだった。
院長の話によると半月ほど前のこと。
町で遊んでくると出ていった二人が大人たちに抱えられ、傷だらけになって帰ってきたという。
特に、ゴーシュの傷は致命傷とまではいかないが、酷いものだったという。
それを聞いたリリーティアは、一気に血の気が引いて軽く眩暈がした。
そんな彼女に、院長は今はよくなって元気だとすぐにそう言ってくれたが、その言葉に少しは安堵したものの、それでも彼女の中にある不安と後悔は消えなかった。
リリーティアは少し焦り気味に二人と話がしたいと言うと、院長は快く頷き、救児院の中に案内してくれた。
孤児の子たちにとっては母親のような存在である彼女は、リリーティアがゴーシュ、ドロワットとは師弟という関係であることは知っており、魔術を教えてくれていることを知っている。
二人がいる部屋に案内しながら、院長はさらに彼女たちについて話してくれた。
「けれど、なぜかあの子たち、どうしてあんな傷を負ったのか話してくれないんですよ。治癒術士の先生の話から魔物による傷だということは分かっているのですが、どうして危険な町の外に出たのか話してくれないんです」
困った表情を浮かべる院長は小さくため息をついた。
だが、リリーティアには二人からその理由を聞く以前に、なぜ結界の外へ出たのかなど、彼女たちから聞かずともすでに理由はわかっていた。
何よりそれは、ひと月ほど前、二人と別れる時に一番危惧していたことであったのだから。
危惧していたのにも関わらず、事が起きてしまったことにリリーティアは己自身を責めずにはいられなかった。
ただ院長には、自分と出会った時、無謀にも魔物と戦おうとしていた二人のことについては話していなかった。
二人から言わないでほしいと頼まれたのもあるが、彼女自身、余計な心配をかける必要もないと思い院長には伏せていたのである。
今思えば、二人には内密にして院長にそのことをきちんと話し、ひと月前に別れる時に二人の様子を注意して見ていてほしいと頼んでおくべきだったのかもしれない。
リリーティアは考えれば考えるほど、あの時の自分の軽率すぎた判断に嫌気がさした。
そうして、二人がいる部屋にたどり着き、中を見ると、ゴーシュとドロワット、そして、その二人よりもさらに幼い子どもたちがそこにいた。
ゴーシュ、ドロワットを中心に、幼い子どもたちが輪になって楽しげに話をしているところだった。
いつ来てもそうだが、二人はこの救児院の中で一番年上で、救児院の子どもたちからは姉的存在であり、みんなからとても慕われている。
院長からは二人はしっかり者で面倒見がいいのだと教えてくれたし、「とても心の優しい子たちです」と嬉しげに話していたのをよく覚えている。
「ゴーシュ、ドロワット」
院長に呼ばれて二人は視線を向けると、他の子どもたちもならって院長のほうへと顔を向けた。
そして、院長が部屋に入ってから、少し遅れてリリーティアが部屋に入ると、二人の顔がはっとなってその場に立ちあがった。
リリーティアは、どんな表情をすればいいのかわからないままに二人を見た。
二人は立ち上がると、ゴーシュはすぐに彼女から目を逸らして俯いた。
ドロワットは不安げな表情でこちらを見ている。
こうして見る限りでは二人が怪我を負ったということは分からないし、幼い子どもたちと話をしていた様子からだいぶ怪我もよくなっているのだと分かり、少し安心した。
けれど、やはりそれでも何より心配だったのは、ずっと視線を下に落としてこちらに目を合わせないゴーシュのことだった。
ドロワットはそんなゴーシュを心配した面持ちで見ている。
二人の様子に、周りの子どもたちは彼女たちのことを不思議そうな顔で見上げていた。
リリーティアが二人と話がしたいと言うと、院長は幼い子どもたちを部屋の外へと連れていってくれた。
子どもたちは、まだゴーシュとドロワットと話し足りないらしく、不満を口にしながら嫌々部屋を退室していった。
三人だけになったこの部屋には、扉の外から僅かに子どもたちの声が聞こえるだけで、さっきとはうって変わって静かになった。
しばらく静寂に包まれ、リリーティアはただ二人をじっと見ていた。
ゴーシュは変わらず視線を下に落としたままだが、ドロワットは落ち着かない様子で師とドロワットの顔を何度も窺いみ見ては、この状態をどうするべきかと惑っていた。
そして、いよいよこの静寂に耐えられなくなったのか、ドロワットが口を開こうとした時だ。
「ゴーシュ、ドロワット」
リリーティアがその静寂を断ち切った。
「傷の具合はどう?」
「わ、わたしはだいじょーぶだわん!そんなに酷くなかったし・・・。ゴ、ゴーシュちゃんも今はだいぶよくなって、もういつものように動けるよ。ね、ゴーシュちゃん」
優しげな声音で聞く彼女の問いに、ドロワットはいつもと変わらない調子で言葉を返したが、ゴーシュはそれでもただ足元を見詰めているだけだった。
そんなゴーシュに、彼女は僅かに悲しげな表情を浮かべた。
「どうして街の外に出たの?」
「そ、それは・・・、ししょー、あ、あの・・・」
ドロワットは言葉を詰まらせ、少し慌て出す。
ゴーシュに至っては相変わらず俯いていて、どんな表情をしているのかリリーティアからは見えなかった。
その時、彼女の目が微かに厳しいものに変わった。
「もうに二度と二人だけで魔物と戦おうとはしないこと」
さっきまでの穏やかなく口調とは違い、幾分かそこには咎める響きがあった。
「あの時、約束したはず」
明らかに怒りが込められているその言葉に、ドロワットはさらに慌て、おどおどし始める。
「すみません」
すると、今まで黙っていたゴーシュが静かにその口を開いた。
「私が悪いんです。ドロワットは魔物と戦おうとする私を止めようとしてくれました。それでも私は町を出て、ドロワットは巻き込まれて-------」
「それは違うよ、ゴーシュちゃん!あれは、あたしが無理についていったんだわん!ゴーシュちゃんはついてこないほうがいいって止めてくれたけど、あたしが無理にお願いして・・・・・・」
互いを庇う二人のやり取りを見ながらも、リリーティアの厳しい表情は和らぐことはなかった。
「その約束を破り、挙句、ひどい怪我を負って・・・」
「・・・・・・・・・」
「し、ししょー!どうか分かってほしいんだわん!」
黙り込むゴーシュに、ドロワットは庇うように前に進み出た。
リリーティアは厳しい表情は崩さずに、二人を見据え続けている。
いつもの優しい師の眼差しはそこにはなく、威圧的なその瞳にドロワットは少し怯えながらも、なんとか言葉を続けようと恐る恐る口を開いた。
「ゴーシュちゃんはただ、ただうまく魔術を使えるために、頑張ろうと・・・そう、そうだわん!ゴーシュちゃん、頑張ってたんだわん!師匠が帰ってからも、ずっと、ずっと・・・!!」
「頑張ろうとすることはいいことだよ。それに関しては私は何も言わないし、咎めることもしない」
「そ、それなら-------!」
「だけど、約束を破ったことは許せないこと」
リリーティアも二人がすでに自分たちの行動を反省していることはわかっていたが、こればかりは簡単に許すべきではないと、心を鬼にした。
自分にも非があるのだと、彼女自身、己を責めながらも。
「で、でも-------」
「でもでは済まされない」
「!?」
「一歩間違えれば、・・・死んでいたかもしれないんだ」
「それでも・・・、魔術を使えるようになろうと、本当に、本当に、ゴーシュちゃんは一所懸命努力してたんだわん!」
必死の形相で、ドロワットは訴えるように声を上げで言った。
師にどうしてもわかって欲しかったのだ。
師がいない間、ゴーシュがそれだけ努力していたのかということを。
だから彼女のことを怒ってほしくなかっし、むしろ、その努力を認めて欲しかった。
いつものように、優しい目で、温かな言葉で。
しかし、ドロワットのその思いも虚しく、師の瞳は厳しいままだった。