第12話 弟子
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「お待たせ」
二人のもとに戻り、知り合いの商人と話していたことを話すと、リリーティアは懐中時計を取り出し時間を確認した。
「ごめんね、今回はこれで終わりにしよう」
そして、それを服の内に仕舞い込みながら、二人に言った。
「え、もう終わりだむん?」
「まだ夕方まで時間があります!」
二人は驚いて彼女を見る。
ゴーシュは半ば必死になっている様子で、リリーティアは心底申し訳ない気持ちになった。
「そうしたいんだけど、ここに来る途中に急に用事が入ってね。今から行かなければいけないんだ」
「今日一日、ししょーに教えてもらえると思ってたぬ~」
「お願いします、もう少しの時間だけでも指導してください」
「そうしたいんだけど・・・」
本当はついさっきまで、今日は一日中彼女たちと過ごすつもりだった。
けれど、その急な用事というのは、ここに来る途中に入ったのではなく、実際は今し方アレクセイから指令が入ったからだ。
そう、あの商人と話した会話の中でそれは交わされていた。
誰が聞いてもそれは親しい者同士の他愛無い会話。
けれど、他愛無いものの中にあったその会話の真意は公にできない内容が隠されていたのである。
その商人との会話から受け取ったアレクセイからの指令は、”指定場所に向かえ”というものだった。
「早く魔術を使えるようになりたいんです!どうかもう少しだけ指導をお願いします!」
切羽詰まったゴーシュの表情にリリーティアは躊躇した。
そして、ふと彼女たちと出会った時のことを思い出した。
役に立ちたいというその焦りから無謀にも魔物に挑んだ二人。
焦っている時ほど、人の思考というものは正常な判断ができなくなる。
ゴーシュは、まさに今あの時のようにとても焦っている。
この状態だと、出会った頃のような無謀なことをする可能性があった。
「ゴーシュ、今のあなたに一番必要なことは休むこと。少し顔色も良くないし、倒れてしまうんじゃないかって心配なんだよ。だからお願い、今はちゃんと体を休めて欲しい」
リリーティアはゴーシュと同じ目の高さに合わせて屈むと、優しげな声音で諭すように言った。
ゴーシュは不満げな顔を浮かべていたが、彼女の言うことも分かっているようだった。
けれど、どうしてもまだ魔術の教えを請いたいゴーシュは素直に受け入れることができなかった。
「さっきも言ったけど、いつも頑張っているあなたなら必ず魔術も出来るようになる。いい?これは嘘じゃないし、遠い未来のことでもない。すぐに出来るようになるから」
リリーティアの言葉にゴーシュは小さく頷いた。
けれど、その表情から不安と焦りは消えてはおらず、まだ納得はしていないようだ。
そんなゴーシュに彼女は苦い笑みを浮かべることしかできなかった。
「それじゃあ、今日の指導はここまで。ゴーシュ、ドロワット、お疲れさま」
「ししょー、ありがとうございました」
「・・・ありがとうございました」
ゴーシュは浮かない表情のままだったが、それでも深々と頭を下げる礼儀正しいその姿は、彼女の真面目さが窺えた。
そうして、リリーティアたちは救児院があるトリムへと向かって歩き出した。
トリムに向かう間、ゴーシュの口数は少なく、ドロワット一人がひとしきり話していた。
ゴーシュと話すドロワットはいつも以上に明るく元気だが、それは、落ち込んでいるゴーシュのことを気遣ってのことだろう。
二人の後ろを歩くリリーティアは、音もなく深く息を吐いた。
その表情には苦悩の色が見える。
「(今の状態のまま離れるのは気が引けるけど・・・・・・)」
ドロワットの話を元気なく聞いているゴーシュを悲しげに見詰めた。
彼女は何事にも真剣に取り組む、とても真面目な性格だ。
どんな小さなことでも妥協は許さない。
だが、それが時として、自分自身を追い詰めてしまうことにもなる。
今の彼女は、なかなか思い通り出来ない自分に無力さを感じ、自分自身に対して苛立ちを感じているのだろう。
それはリリーティア自身、よく理解できた。
思い描いた通りにいかず、絶対的な己の無力さを知ったとき、どれだけ己を呪っただろうか。
彼女は眉間に深いしわを寄せ、目を閉じた。
任務の優先を決めたものの、胸の内は申し訳ない気持ちで一杯だった。
それでも、理想のためならば仕方がないのだと自分に言い聞かせ、二人の弟子の傍にいたいという思いを無理やり打ち消した。
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「いつも見送りありがとう。本当にごめんね、あまりいられなくて」
リリーティアはトリムの波止場で二人の弟子に見送られていた。
ゆったりと波に揺られる船を背に、彼女は二人の弟子たちに申し訳なさそうな笑みを向けた。
そして、未だに浮かない顔のゴーシュに視線を移す。
ゴーシュの中にある焦りはその表情からも感じ取れた。
「ゴーシュ」
その心境をどうにかしたかったが、彼女を安心させる言葉は浮かばなかった。
それでも、何か言葉をかけなければと思った。
「私、早く用事を済ませてすぐにまたここに来るから。次の時は絶対に出来るようになろう」
一日も早くやることを終わらせて、二人のもとに戻って、彼女たちを支えること。
それが、今の私にできる最善だった。
そのときは、最善だと思っていた。
「一緒に頑張ろう」
リリーティアは笑顔を浮かべて言った。
ゴーシュの心にある焦りを、悔しさを、少しでも楽になるようにと願いながら。
その笑顔に想いを込めた。
彼女は小さく一言、「はい」と言って頷き、そこには少し笑みが浮かんでいた。
その表情に、リリーティアは少し安心した。
それでも、後ろ髪引かれる思いでノール港行きの船に乗った。
黄緑髪の小さな弟子が元気に手を振る横で、赤髪の小さな弟子の儚げな姿が、しばらくの間、リリーティアの瞼の裏に焼きついて消えなかった。
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あの時、ちゃんと考えてあげられていたらよかった。
焦りの内にある、大きな想いを。
彼女はどれほど、大切に想うあの人の役に立ちたいと想っているのかを。
そうすれば気づくはずだった。
思えば、考えなくても分かりきったことだったのかもしれない。
いや、私は気づいていた。
わかっていたんだ。
想いが大きければ大きいほど、生まれ出る焦りは、己自身を深く追い詰めてしまうことなど。