第11話 師匠
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「この魔導器(ブラスティア)でいいかな」
リリーティアは城にある研究私室にいた。
手に持っているのは、二つの武醒魔導器(ボーディブラスティア)。
この魔導器(ブラスティア)は、アレクセイの理想のもとに行っている研究の為に集められたものだ。
常識を顧みない乱暴とも言える扱いの上で、この魔導器(ブラスティア)は使用することになる。
非道な扱いと知って尚、そんな方法で使用するのは、そうしなければ研究は進まないからだ。
二つの武醒魔導器(ボーディブラスティア)をじっと見詰めるリリーティア。
ふと、思い浮かぶのは----------ある少女の顔。
栗色の髪に、大きな瞳。
純粋な声音。
『好きなの!あの子たちが大好き!』
数年前、アスピオに訪れた時に出会った、あの女の子が言っていた言葉。
誰よりも魔導器(ブラスティア)を愛している女の子。
頬を高揚させ、無邪気に笑って話していた無垢な笑顔。
その首には、赤い魔導器(ブラスティア)が輝いていた。
同じ赤なのに、私の足に付けてある魔導器(ブラスティア)は、あの少女のように輝いてはいない。
それよりも翳って見える。
なら、今この手に持っている魔導器(ブラスティア)はどうだろう。
翳ってはいないが、輝いてもいない。
「(まだ一度も使われていない魔導器(ブラスティア)だから当たり前か)」
彼女は心の中でぼやいた。
そして、この魔導器(ブラスティア)の末路を思った。
いずれこれから行う研究に使われれば、輝くどころか、存在自体が変化することになるだろう。
この魔導器(ブラスティア)に限ったことではない。
この研究室に置かれた、ほとんどの魔導器(ブラスティア)はそうなる運命にある。
そう思った時、リリーティアの瞳は微かに悲しみに揺れた。
あの女の子と出会った時から、時折、魔導器(ブラスティア)に対して溢れる、この悲しみの感情、そして罪悪感。
無機質な物質に対して、なぜこんなにも感情が揺さぶられるのか。
彼女は自分自身を疑うが、感情が収まることはなかった。
おそらく、魔導器(ブラスティア)を通して、あのアスピオで出会った少女を見ているのかもしれない。
「(少なくともこの魔導器(ブラスティア)は、私のものよりも輝いてくれるに違いない)」
彼女は微かに笑みを浮かべ、手の中の魔導器(ブラスティア)を見詰めた。
研究用で使われるはずだったこの魔導器(ブラスティア)は、違う方法で使用されることになる。
それは、ある人にあげるためだった。
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「師匠、ありがとうございます!」
「ありがとう、ししょー!きれいだぬ~!」
ゴーシュとドロワットと初めて出会ってから一週間後。
リリーティアアは再びトリムを訪れた。
あの時は時間がなく、彼女たちをトリムの救児院に送ってからすぐに別れた。
その時、絶対にまた戻ってきてほしいと何度も何度も念を押され、別れるときは少しばかり苦労したが。
そうして今日、再びトリムを訪れた彼女は、研究室から持ち出した魔導器(ブラスティア)をゴーシュとドロワットに渡した。
研究室から持ち出した二つの武醒魔導器(ボーディブラスティア)は、彼女たちにあげるためだったのである。
二人はとても喜び、頬を高揚させて互いにその魔導器(ブラスティア)を見詰めている。
初めて会ったあの日、魔物と戦おうとしていた二人は魔導器(ブラスティア)を持たないまま挑んでいたらしい。
後からそれを聞いて、リリーティアは肝を冷やした。
考えても見れば、ギルドに所属していれば別だろうが、<帝国>が厳重に管理している魔導器(ブラスティア)を救児院の少女たちが持っているはずがない。
そこで、彼女は二人に武醒魔導器(ボーディブラスティア)を渡し、もうに二度と自分たちだけで魔物と戦おうとしないことを約束させた。
武醒魔導器(ボーディブラスティア)が手にあるからと、またあんな無茶なことをされては困る。
戦い方を身に着けるまでは、それをきっちり守ってもらうようにした。
「ゴーシュちゃん、これで私らイエガー様の役に立つことに、また一歩近づいたね」
「ああ。でも、これからが本番だ。ぜったいに強くなる」
リリーティアは目を細め、二人の喜ぶ様子を見ていた。
大切な人の為に役に立ちたいという想いを持つこの子たちなら、どんなに人の外れた道を歩くことになろうと、
この魔導器(ブラスティア)もこの子たちの想いに呼応し、綺麗な輝きを放ってくれるだろう。
そう思えた。
「よろしくお願いします、師匠!」
「よろしくお願いするむん、ししょー!」
そして、ゴーシュとドロワットは、びしっと直立不動の姿勢でリリーティアに向き合う。
真剣な面持ちの彼女たちに対し、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
あの日から、二人の少女の師となったリリーティア。
彼女は、”師匠”という言葉にいっこうに慣れることができないでいた。
初めて会ったあの日に”師匠”と呼ぶのをやめてもらうように言ったのだが、”師匠は師匠だ”と言って聞き入れてもらえず、今に至る。
学問、様々な技術などを教授する人の事を師と指し、二人に戦術、魔術を指導する彼女に対してそう呼称するのは間違いではない。
けれど、リリーティアにとっては、仰ぐ器に備えた人にその言葉を使うべきだと考えており、自分にはその器に足る者ではないと感じている彼女には、どうしてもその呼び名に違和感を感じて仕方が無かったのだ。
そんな彼女の気持ちも知らない二人の弟子は、期待の眼差しで師を見上げている。
リリーティアは音もなく息をつくと、苦笑を浮かべた。
「(まずは剣の手入れから教えないと、ね)」
それから度々、トルビキア大陸の平原では、真剣な瞳の弟子二人と、優しげな瞳の師の姿が見かけられるようになった。
第11話 師匠 -終-