第11話 師匠
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イエガー率いる『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』は、武器全般を専門に商売しているギルドだ。
それは表向きの文句だが、実際は違法な武器の密売を生業としているギルドである。
その独自の流通ルートで、<帝国>が厳しく管理している魔導器(ブラスティア)の密売も行っている。
また、死の商人ギルドとも言われ、その名の通り、暗殺も請け負っていて、騎士団、ギルドを問わず依頼を受ければ仕事と割り切り、誰の命でも奪う暗殺ギルドでもあった。
まさに”死の商人”。
だから、彼女たちも、彼がいるギルドの名を言うのをためらったのだろう。
悪徳を生業とするギルドだから。
リリーティアは彼女たちを想いを知っても尚、止めるべきだと考えた。
まだ少女が、いや、少女でなくても、やはりそれは人の道を外れたところなのだ。
光が照る道を歩いているこの子たちが、わざわざ闇の中に飛び込むことはない。
一度闇に彷徨えば、そこから出られなくなるのが闇の世界。
----------私がいる場所でもある。
彼も、彼女たちがギルドに入るのを良く思わないはずだ。
救児院の子どもたちを救っている彼なら、尚更。
「・・・・・・ギルドというのは危険なところだよ。ギルド同士衝突して争いになる時もある」
二人はただ黙って、リリーティアの言葉を聞いている。
「イエガー様という人も、きっとそんな危険なところであなたたちを-------」
「分かっています」
ゴーシュが呟く。
それは、どこかきっぱりとした物言いだった。
「ギルドに入って役に立ちたいと、イエガー様には今まで何度もお願いしてきました。でも、ずっと断られて・・・。それは、私たちのことを想ってこそ、ああ言っているのは分かっています。でも、それでも・・・」
膝の上に乗せている拳をぎゅっと握り締めるゴーシュ。
それは、彼の役に立てないことへの悔しさの表れ。
「ギルドがどんなに危険なのか知っても、知らなくても、そんなの私らには関係ないよ。私らはイエガー様の役に立ちたい。そのためだったら、私らは・・・」
ドロワットもゴーシュと同じように拳を握り締め、悔しそうであった。
そんな彼女たちの姿に、リリーティアは言葉が続かなかった。
本当は止めなければいけない。
この子たちがギルドに入ることは。
彼のギルドに入ること、それはまた、あの人の理想に利用されることと同じことだ。
この子たちを巻き込むわけには、いかない。
それでも、彼女は躊躇していた。
なぜなら----------、
----------彼女たちの想いを、私は知っている。
かつて、抱いていた想い。
”役に立ちたい”
遠い過去に置いてきてしまった、想い。
誰かのためにと、その想いと共に歩んできたはずだった。
けれど、今の私には、
その想いは重すぎて、前に進めない。
その想いは眩しすぎて、前が見えない。
いつか、この子たちもそんな時がくるかもしれない。
私のように、その想いに押し潰されてしまうときが。
そう思うと、この子たちのその想いは、今ここで止めるべきなのだろう。
そう、止めるべきだ。
リリーティアは苦渋の表情を浮かべた。
そして、地平線の彼方を見詰める。
すると、彼女の表情が、消えた。
「イエガーさんの気持ちを分かっているのなら、もうギルドに入ることは諦めなさい」
「「!!」」
素っ気無い声だった。
二人は突然、彼女の声音が変わったことに驚きを隠せなかった。
その変わりように、その目は少し怯えている。
「知っても知らなくても関係ないなんて、・・・ギルドは、世の中はそんなに甘くない。そんなことではイエガーさんのギルドで生きていくことなんて無理に決まっている」
二人は信じられないものを見たかのような顔で彼女を見上げていて、その瞳は微かに愁い帯び始めていた。
「そんな甘い考えで人の役に立とうなんて思うのはやめなさい。それこそ、彼の迷惑になる」
それでも、彼女は少女たちに強い口調で言い放った。
とても冷たく、重い言葉を。
「「・・・・・・」」
ゴーシュとドロワットは、俯いて、ぐっと下唇をかみ締めた。
震えるほど強く手を握り締め、二人の瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
そんな二人の様子を一瞥すると、リリーティアは気にする素振りを見せず、その場に立ち上がった。
「そろそろトリムに戻ろう」
二人に背を向けた彼女。
その時、彼女の表情はその罪悪感で苦しみに歪んでいた。
彼女たちのためとはいえ、彼女たちのその想いを踏みにじるような言葉を吐く自分に自己嫌悪にかられた。
互いの間の沈黙が、さらにそれを強く感じさせられた。
「・・・決めつけるな」
その静寂の中で、ぽつりと零れる小さな声。
それは、ゴーシュの口から零れた声で、その声には怒りが含まているのが分かった。
「勝手に決め付けるな!」
ゴーシュは叫んだ。
勢いよく立ち上がり、リリーティアの背中に怒りの言葉をぶつけた。
さっきまで愁い帯びていた瞳は、すでにそこにはない。
「無理だってどうして分かるんだ!あなたは私たちの何を知っているんだ!イエガー様の役に立ちたいという気持ちはあなたには分からない!この気持ちだけは!この気持ちだけは!
・・・勝手に甘い考えで終わらせてたまるものかっ!私たちは絶対にイエガー様の役に立つんだ!立たないといけないんだ!立ってみせる、絶対に!」
リリーティアは振り返り、ゴーシュを見据えた。
彼女の瞳に見えるのは、確固たる意志。
「イエガー様のいるギルドがどんな所でも、どんな事をしてたとしても、私たちはイエガー様の役に立ちたい!役に立てるなら、どんな事でもやってみせる!」
「うん。私らはイエガー様のためなら何だってやれるよ。もう決めたんだわん!絶対に役に立つの!」
瞳に溜まった涙を拭い、ドロワットも立ち上がった。
その瞳にも、ゴーシュと同じものが見えた。
少女らしからぬ強い瞳とその言葉。
その瞳には、揺ぎない信念を映し、
その言葉には、揺ぎない覚悟が込められていた。
リリーティアは思った。
この子たちなら、彼を支えられるのではないかと。
自分では救えなかった彼を、二人のこの想いの強さなら救ってくれると。
それもまた、誰かに押し付けるような自分勝手な想いだけれど。
彼女は、一度目を閉じる。
それから一呼吸置いて、ゆっくりとその目を開けた。
「二人のその想い、きっとその人に届くよ」
ゴーシュとドロワットは、一瞬息を止めた。
彼女の浮かべた笑みに、驚いたのだ。
それは、あまりにも優しくて温かな笑みだった。
さっきまで厳しい面持ちだった彼女の姿など、すっかり忘れてしまうほどに。
その笑みはとても優しく、それでいて背中を押してくれるようなそんな心強さを感じた。
”私たちの想いはイエガー様に届くんだ”
彼女の笑みに二人は励まされ、一切の不安もなくなった。
必ず届くという自信が芽生えた二人は、決意した目で互いに頷きあった。
「もう一度お願いします!」
「私らを弟子にしてください!」
二人は深々と頭を下げた。
リリーティアは目を見開いて驚く。
あれだけ酷い言葉を浴びせたというのに、それでも自分に教えを請う少女たちに動揺を隠せなかった。
ずっと頭を下げ続ける少女たちに、彼女はすっと真剣な表情になって、心中思いを巡らせた。
巡る想いは、ただひとつ。
----------この子たちの想い、いつまでもその心にあってほしい。
この子たちの未来のためにと思って、ああいったのは間違いだった。
この子たちの未来はこの子たち自身のもの。
私がどうこう言う筋合いも、止める筋合いもない。
-------なら、この子たちが選んだ未来のために、私が出来ることは?
今の私でも、守れるだろうか。
この子たちの、彼へ対するその想いを。
その心にあり続けることを願う、この気持ちと共に。
闇を纏う私でも・・・・・・。
いや、だからこそ守らなければならない。
闇を纏う私だからこそ、守らなければならないのだと分かっている。
リリーティアは頭を下げ続ける二人を、その決意した瞳に映した。
----------そうだ、守れるかどうかじゃない。
彼女は二人に近づき膝をついた。
ゴーシュとドロワットは顔を上げ、自分たちより少し視線が低くなった彼女を困惑した目で見る。
そんな二人に、彼女は笑顔を向けて言った。
「ふたりの師匠にならせてください」
--------------------守るんだ。