第11話 師匠
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トルビキア大陸、東の平原。
リリーティアと二人の少女は木陰の中で座って話していた。
まずリリーティアは、自分の名前を名乗った。
城に勤める魔導士でありながら、騎士団にも所属していることを伝え、それ以上のことは話さなかった。
二人の少女もとくに気にする様子もなかったので、自分については簡単に話すだけに済ませた。
そして、彼女たちのことを聞いた。
年齢の割にはとてもしっかりした印象の赤髪の少女。
名前は、ゴーシュ。
変わった語尾で話す、人懐っこい印象の黄緑髪の少女。
名前は、ドロワット。
まだ幼ないと言える少女たち。
そんな幼い少女たちが強くなりたいという想いはどこから生まれ、なんの為にそこにあるのか。
二人は拙い言葉で、けれど真剣な面持ちでリリーティアに伝えた。
二人はトリムにある救児院で育った仲。
〈人魔戦争〉で両親を失い、以後、救児院でお世話になっているのだという。
だが、その救児院の生活も決して楽ではなかった。
時としてご飯もろくに食べられない日もあり、すべての子どもたちが健やかに暮らせるわけではなかったのだ。
そんな時、救児院を救ってくれる人物が現れたのだという。
それが、二人が言っていた”イエガー様”という人物だった。
「イエガー様は私たちの恩人です。私たちをいつも助けてくれる、とても優しい人」
「どうしても恩返しがしたいんだわん。だから、イエガー様のお手伝いができたらって」
それで、少しずつお金を貯めながら、見よう見真似で戦い方を身に着けようとした。
貯めたお金で念願の武器を買った二人は、いざ魔物と戦おうと勇んで、結界の外に出てきたのだという。
それはあまりにも無謀だった。
武術に優れた者でさえ、一瞬の隙が命取りとなる魔物との戦闘。
見よう見真似で練習した剣術で、自分たちより遥かに大きい魔物を相手にするなど到底無理な話だ。
リリーティアは、ちょうどあの時自分がこの辺りを歩いていて本当によかったと心底ほっとした。
少しでも遅れていたなら、二人の少女がどうなっていたかなど想像するにも及ばない。
その時、ふと彼女は思った。
彼女たちからの恩返しが、どうして戦える強さを得ることに繋がったのか。
「その人に恩返しがしたいのなら、何かその人に贈り物をするのはどう?その人もすごく喜んでくれると思うよ」
そう、わざわざ危険を冒してその人に恩を返す必要なんてない。
救児院の子どもたちを想う、そんな優しい人なら、彼女たちのその気持ちだけでも十分嬉しいものだろう。
だから、二人が感謝を込めて贈り物をすれば、その人ならとても喜んでくれるのは間違いないはずである。
「・・・それじゃあ、だめなんだ」
「?」
俯きながらゴーシュはそう言うと、ぎゅっと拳を握りしめる。
それは呟くように小さな声だった。
「それじゃあ、喜んでくれても、イエガー様の役に立ったことにはならない。私たちはちゃんと役に立ちたいんです」
「そうだわん。イエガー様のギルドに入ってお手伝いがしたいの」
「(ギルドって・・・まさか、それじゃあ・・・)」
彼女たちが話す”イエガー様”。
自分の知る”イエガー”。
そのどちらも、ギルドに所属している。
なら、それは・・・・・・。
「その”イエガー様”はギルドに入ってるの?それって、なんていうギルド?」
「はい。あっ・・・でも、そ、その・・・」
急に口ごもるゴーシュ。
横にいるドロワットも困ったような顔をしている。
リリーティアは何となく、彼女たちがそうなる理由を察した。
その様子から、やはり自分が知る”イエガー”と彼女たちの”イエガー様”は、同一人物だと確信を得た。
彼女が知るその彼、イエガーが率いるギルドの名は----------、
「----------『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』、だね」
「「!?」」
二人はこれ以上にないほど驚いた顔でリリーティアを見た。
その様子から、やはり二人が言う゛イエガー様゛は『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』にいるのだと分かった。
互いに知る”イエガー”が同一人物だと知った彼女は、何ともいえない感情が溢れた。
それは、温かいようで儚く、嬉しいようで悲しい。
どう表現していいものなのかわからない。
けれど、ただ一つ確かなことは、”彼は彼だった”ということ。
「な、何で知ってるの?」
「イエガー様と会ったことがあるんですか?」
リリーティアは微笑みながら頷くと、黙したまま、澄み渡る空を見上げた。
その横顔はどこか儚げで、そんな彼女の様子を二人は戸惑って見た。
あの頃のままだった。
救児院に寄付する、その心優しい想い。
それは、あの頃の彼そのもだった。
細かいことにまでよく気づき、紳士に振舞う人だったあの彼に。
身分が高くても、誰隔てなく等しく心を配っていた優しい彼に。
そう、そのイエガーこそが、〈人魔戦争〉のもう一人の”生き残り”だった。
心臓魔導器(ガディスブラスティア)で命を救われてしまった、もうひとりの”犠牲者”。
絶望を知った彼。
生きる希望を失った彼。
かつて騎士だった彼は、今はギルドの主領(ボス)となった。
前 主領(ボス)の命を奪い、『海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)』の主領(ボス)の座に就いた彼。
すべては、アレクセイの命によるもの。
彼もアレクセイの理想のための駒となっていた。
シュヴァーンのように。
「(それでも、イエガーさんは持っていた。あの頃のように、優しい心を・・・)」
そう、彼はあの心を、優しさを、持っていた。
あの頃のまま。
少女たちが役に立ちたいと、ここまで彼に対して想っているのを見ればわかる。
彼は本当の善意で、救児院の子どもたちを助けていたのだということを。
彼女は穏やかな表情を浮かべ、澄み渡る青空を見詰めた。
「お姉ちゃん?」
何も話すことなく空を仰ぎ続ける彼女に、ドロワットは恐る恐る声をかけた。
その声に、物思いに耽っていたのからはっとして、彼女はドロワットを見た。
その隣で、ゴーシュも不思議そうにこちらを見ている。
リリーティアは、穏やかな表情から一変して、悲しげな瞳で彼女たちを見た。
彼女たちが持つ彼への想いを思うと、居た堪れない気持ちになった。
役に立ちたい。
彼女たちの想いはよくわかる。
彼のギルドに入って手伝いをしたいという気持ちも。
けれど、彼のギルドを手伝うということは、--------------------人の道を外れるということだ。