第1話 背中
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今日は朝から雨が降っていた。
そんな中、リリーティアたち一行は木々が覆い茂る道を進んでいく。
一行の中には一台の荷馬車が轢かれていて、その中に三人の人影の姿があった。
「いやぁ、ほんと助かりましたよ。ちょうど騎士様がカルボクラムに訪れていてくださって」
「それに、あの英雄様が護衛してくださるなんて。これほど安心に尽きる旅はございませんわ」
「・・・・・・・・・」
そう嬉しそうに話す夫婦。
その夫婦の間にはその二人の息子である幼い男の子が座っていたが、何故か始終浮かない表情であった。
この一組の家族と出会ったのは昨夜に宿泊していた宿である。
話を聞くと、この家族は代々商家の家系で、今は地方を巡りその土地で珍しい物を各街で売りながら旅をしているのだという。
その旅の途中、カルボクラムで新たに護衛を雇わなければいけないという所に、
偶然にも<騎士の巡礼>中の<帝国>騎士団が訪れたと聞いて、護衛の依頼をお願いしてきたのだ。
場所はトリム港までということだったので、ちょうどその港に向かう予定だった一行はその依頼を引き受け、今に至る。
カルボクラムを出発して半日が経ち、目的地である港の町 カプワ・トリム まであと十数分で到着のところまで来た。
一行は熱帯雨林が覆う森を抜け、広大な平原の上を進んでいた。
熱帯地であるここ、トルビキア大陸の東平原は比較的気候は穏やかだが、雨は小雨程度ではあるが未だに降り続けている。
さらには濃い霧があたりを覆っていて、一行は視界が限られた中を進む羽目になっていた。
視界が悪い分、魔物の気配に十分注意しなければならない。
<帝国>が問題視していた魔物の凶暴化、そして、魔物が頻繁に出没して街道の旅もままならなくなっていたあの状況は〈人魔戦争〉を境にして終息した。
おそらくテムザを襲った”敵”の一体が死亡したことに大きく関係していると考えているが、詳しい分析は今現在も行っている最中である。
終息したといえど、魔物が潜む結界の外は危険だということに変わりはない。
リリーティアは周りの視界の悪さに、いつもより周囲を警戒しながら先へ進んでいった。
その時、シュヴァーンが荷馬車の後ろへ駆け出した。
彼女は突然の彼の行動が理解出来ず、驚きの瞳をもって彼を目で追うことしか出来なかった。
それは他の従卒たちも同じのようで、荷馬車を引く従卒は馬の足をとっさに止めた。
「止まるな!」
そう叫ぶと彼は剣を抜き放ち、濃い霧の中にそれを振り下ろした。
と同時に悲痛な雄叫びが響く。
その雄叫びの後、リリーティアはもう一つの気配がこちらに向かってくるのに気づいた。
彼女はすかさず《レウィスアルマ》を両手に引き抜くと、鋭い視線を霧の中へと向けた。
「アーラウェンティ!」
詠唱することなく、風属性の魔術を発動した。
すると、またも雄叫びが響き、黒い物体が霧の中から現れて地へと倒れ込んだ。
「(ブラックウルフ!)」
目の前には、ブラックウルフという獣型の魔物が倒れていた。
ウルフと同系種だが、ウルフよりも凶暴性があり、身体能力もはるかに優れている魔物だ。
その魔物の姿を見た従卒たちも、事の状況を理解し剣を引き抜いた。
「荷馬車を囲みながら進め!立ち止まるな!」
シュヴァーンの声と共に一斉に走り出す。
馬の手綱の引く従卒は荷馬車の中にいる商人の家族の安全を考えながらも、リリーティアたちの足の速さにあわせて汗が握る手で馬車馬を操っていく。
それでも荷馬車は縦へ横と激しく揺れ動き、突然の事態に商家の主人とその夫人は怯え、恐怖に唸る声が彼女の耳にまで届いた。
「大丈夫です!大丈夫ですから!」
その声を聞いた彼女は、彼らを少しでも安心させるために大声で言葉をかけた。
走り続けながら、何度も何度も。
「くそ、囲まれた!」
先頭を走っていた従卒が叫んだ。
いよいよ魔物の殺気立つ気配に囲まれてしまったのである。
この状況にリリーティアは苦い顔つきで魔物たちを見渡した。
シュヴァーンはというと、この状況の中でも顔色一つ変わっていなかった。
それは冷静というよりも、ただいつもの表情をしてそこにいるだけのようで、彼がこの状況をどう見てるのか、その表情からは読み取ることはできない。
「ど、どうしますか、シュヴァーン小隊長殿!」
「・・・・・・商人たちを馬に乗せろ」
荷馬車を守りながらこれ以上進むのは無理だと判断したらしく、
シュヴァーンは商人の家族だけをこの魔物から守ることを考えたようである。
従卒らはその言葉を聞くやいなや荷馬車の後ろを開け放った。
「みなさん降りてください。馬に乗って逃げます。わたしたちが必ずお守り致しますので、慌てずに」
商人の家族たちを誘導している間、リリーティアは魔物と戦い、周りの安全を保ち続けることに専念する。
騎士が所有している馬二頭と荷車の馬が二頭。
計四頭の馬を家族三人をそれぞれ一人ずつ馬に乗せ、手綱をひく従卒たちが一緒に乗った。
「ちょ、ちょっと待ってください!に、荷物はどうなるのですか?!」
「申し訳ありませんが、この魔物の群れの中を荷を守って逃げ切るのは無理です」
「そんな・・・!これは私たちの生活にとって欠かせないものなのですよ!商売に大きく関わりますわ!」
「そうだ!わたしたちにとって命と同じように大事な品なのだ!こんなところに捨て置けるか!」
夫婦は必死だった。
危機的状況の中でも、自分の命と同じように大切な物なのだと訴え続ける。
従卒たちは何より命が大切だと説得し諦めるように言ったが、夫婦は一行に納得してはくれなかった。
そんな中で、その夫婦の息子である幼い少年は、両親の様子をその小さな瞳で不安そうに見詰めている。
「(どうして・・・)」
魔物と戦いながら彼らの様子を窺い見ていたリリーティアは心の内で沸々としたものが渦巻いていた。
さっきから夫妻は荷物のことを気にかけるばかり。
商家の人間として、あの荷物が命と同じように大切なものだということは分かる。
今後の生活に大きく影響するのだから。
「(でも、それでも・・・。それよりも、もっと・・・・・・)」
リリーティアは《レウィスアルマ》を握る手に力を込め、意を決した瞳で前を見据えた。
「分かりました!」
魔術で魔物を倒しながら、彼女は叫んだ。
「必ず荷物は無事に届けます!ですから、みなさんは先にここから逃げてください!」
「リリーティア殿!?」
夫婦に背を向けたまま、彼女はそう切り出した。
その言葉に馬に乗っている従卒の一人が声をあげ、その場の者たちが彼女を驚いて見る。
彼らの視線を気にすることなく、彼女は魔術を放ち向かってくる魔物と戦い続けている。
シュヴァーンも魔物と戦いながらも、この時は彼女に一瞥した。
「私なら大丈夫です!私の魔術で突破口を開きます。その隙にこの場を離れてください」
「し、しかし・・・」
リリーティアは、一瞬だけ男の子の方を見た。
彼女がそう切り出したのは、ただ荷物を守るために言ったのではない。
もちろん、あの夫婦にとって荷物は大切なものだということは理解している。
けれど、それ以上に大切なものがあるはずだと思っていた。
自分が父と母を大切に想っていたように、父も母も自分を大切に想ってくれていた。
親を想う子、子を想う親。
それは家族として当然そこにあるはずの想いであり、絆。
それが家族なのだから。
それが家族のはずなのに。
なのに、どうして彼らはあの男の子の瞳を見ない、気付かない。
どうして荷物ばかり見ている。
どうして荷物ばかり想う。
一番傍にいるのに。
一番近くにいるのに。
どうして、あの不安に揺れている瞳に気付かないんだ。
彼女は一刻も早く、誰よりも不安な表情で事の成り行きを見詰めているあの男の子を安全な場所まで逃がしたかったのだ。
泣くことも、嘆くこともなく、ただ黙ったままの男の子。
けれど、不安でいっぱいの顔をしている男の子。
怖いはずだ。
泣きたいはずだ
逃げたいはずだ。
まだ幼い子どもが魔物に囲まれているこの状況を平気なわけがない。
リリーティアはこの男の子と変わらない年齢の時、魔物と初めて戦ったときのことを思い出していた。
その時は母を守るために必死だったが、本当に恐ろしかったのをよく覚えている。
鋭い牙に、激しい咆哮。
魔物は恐怖そのものだろう。
男の子のあの不安そうな瞳をこれ以上見ていられない。
彼女は誰よりも早くこの場所から逃げて欲しいと願った。