第11話 師匠
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低く垂れ込めた雲の下、2つの白い輪が浮かんでいる。
輪の中心の真下では、リリーティアが結界魔導器(シルトブラスティア)の操作盤を操作していた。
轟々と流れる水の音を遠くに聞きながら、真剣な眼差しで操作盤を打っている。
しばらくして、彼女は操作盤を消すと、近くの長椅子に置いてあった帳面を手に取って何かを書き留める。
そこには、結界魔導器(シルトブラスティア)の状態を事細かく記されていた。
「(問題なし、と)」
ここは、新興都市 ヘリオード 。
今は無き都市 カルボクラム とギルドの巣窟 ダングレスト の間のトルビキア大陸中央部に位置し、
都市といっても、未だ都市としての機能はほとんど果たしてはいなかった。
なぜなら、ここ十数年前に結界魔導器(シルトブラスティア)が発見されてから建設が始まった街のため、住むための十分な設備が整っていないからだ。
そのため、街には<帝国>騎士団の姿と建設に携わる業者しかいない。
それらを見ればわかるように、この街は<帝国>が管理していた。
<帝国>の依頼により魔導士が定期的にこの街の結界魔導器(シルトブラスティア)の点検を行っている。
今まで他の魔導士が行っていたが、今回はそれをリリーティアが行っていた。
実のところは、彼女自身がトルビキアまでくる用事があったため、その任務と兼用して、ヘリオードの結界魔導器(シルトブラスティア)の点検を行うことにしたのである。
また、ヘリオードの状況を視察し、状況を報告するのも目的のひとつだ。
リリーティアは結界魔導器(シルトブラスティア)の状態を帳面に書き記し終えると、彼女は小さく息を吐いた。
そして、深紅の魔導服(ローブ)から銀色の懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「(もう、街を出ないと)」
時刻は朝日が上って、まだ一時間ほどのしか経っていない時間帯だった。
しかし、今すぐこの街を発たないと、夕刻までにトリム港に着けなくなる。
リリーティアは懐中時計を深紅の魔導服(ローブ)の内に仕舞いこむと、雲が覆う空を見上げた。
彼女が見詰める先にはダングレストがある。
そして、そっと髪飾りに触れた。
数ヶ月前、エフミドの丘にある絶景の場所で贈られた、髪飾り。
それは風に吹かれ、彼女の髪と共に小さな花の飾りが小さく揺れる。
彼女は嬉しげに小さく笑みを浮かべると、髪飾りの贈り主を想いながら、しばらく曇天の空を遠くに見詰めていた。
「何を怠けてるんだい」
背後からの声に、リリーティアは僅かに眉を潜めた。
だが、すぐにいつもの表情に戻り、その声のほうへと振り返った。
「ただ今終わりました」
「グズグズするんじゃないよ。こっちは忙しいんだから、さっさと報告してくれないと困るんだよね」
「・・・申し訳ありません、キュモール隊長」
彼女は、その声の主へと軽く頭を下げた。
キュモール隊長。
本名、アレキサンダー・フォン・キュモール
<帝国>騎士団キュモール隊の隊長で、最近になって執政官代行としてヘリオードに派遣された人物だ。
肩より下に流れる長い髪によく手入れされた眉。
桃色に近い、奇抜的な紫色の隊服を纏い、明るい紫色の髪と相まって、第一に派手な印象を受ける容姿であった。
だが、それよりも何より抜きん出ているのは----------、
「まったく、キミたちのような卑しい騎士団がいるから、高貴な騎士団の僕たちが苦労するんだよ。分かってるのかい」
----------その気位の高さ。
帝都ザーフィアスの名門貴族出身で、自分が貴族であることをとりわけ鼻にかけている。
平民に対しては「下民」と言い放って虫けら扱いし、栄誉ある騎士団とは到底思えぬ発言を何度と耳にしただろうか。
そして、その平民を主体に構成されているシュヴァーン隊に対しては、常にこうして厭味な態度を露にするのだ。
それは、シュヴァーンの特別補佐官をしているリリーティアに対しても同じだった。
「隊長が隊長なら、部下も部下だね」
蔑んだ物言いのキュモール.。
しかし、彼女は至って平静な様子であった。
いや、そう装っていた。
「キミのところの隊長は、極秘任務に就いているからといってほとんど姿を見せない。それって、極秘をいいことにただ怠けてるだけなんじゃないのかい。・・・今のキミみたいにね」
キュモールは指をさしながら、見下した目を向けた。
それでも、表情は変えないまま、彼女はただ彼を見据えている。
「それなのに隊長主席?大した能力もない、ただの成りあがり者のくせにね。まったくおか-------」
「申し訳ありません」
リリーティアは相手が最後まで言い終わらない内に言葉を挟んだ。
言葉を遮られたキュモールは、気に食わないと言わんばかりに彼女を鋭く睨み見た。
「私自身の怠惰でご迷惑をかけたことに関しては、誠に申し訳ありませんでした」
彼女はその後も続けて何かを言おうとしたのだが、それは喉の奥へと呑み込んで深く頭を下げた。
こちらの謝意を深く込めるため、黙したまま、しばらくその体勢を保ち続けた。
「ふん。謝る暇があるなら、とっとと帰んなよ。仕事の邪魔だからね」
そう言うと、キュモールはまだ何かぶつぶつと文句を呟きながら、その場を去っていった
彼の姿が見えなくなると、リリーティアは頭を上げ、彼が去っていった方を険しい表情でしばらく凝視していた。