第1話 背中
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「(たいぶ古い。放置されてもう百年単位の時間が経っているみたい)」
リリーティアはカルボクラムの中心街から、だいぶ外れた場所に来ていた。
彼女の目の前には廃墟と化した建物が立っていて、長い年月が経っているようだが、かろうじて以前の面影を残している。
熱帯雨林が広がるこの地帯は一年の大半が雨で晴れる日が少ないが、今は雨は止み、曇天の空の下にその廃れた建物があった。
雨が多いこの大陸独特の多種多様の大きな植物に埋もれるように建っているその建物は放置されてもう何百年と経っているようだ。
カルボクラムに長いこと住んでいる老父の話によれば、昔からこの廃屋に近づく者は誰もいないという。
また、その廃屋は誰がいつ住んでいたかも分からないようで、誰の目につくことなく長い間放置されているようだった。、
それもこれも、住もうとしてもこれだけ廃れていれば手の施しようがなく、また、なにせここまで来る道のりが少々危険なことが人を寄せ付けなくなった理由だろう。
人が通らなくなった道は植物たちによって覆われ、道という道がなくなっており足元が悪い。
しかも、中心街からここまでの距離もそれなりにあり、通り抜けるのにひと苦労する
現にリリーティアもここまで来るのに思っていたよりも時間がかかり、必要以上に体力を消耗した。
「(外見は酷いけど、中は見た目ほど酷くはないみたい)」
彼女は建物の残骸と植物が覆う足元に注意しながら、廃墟と化した建物の中へ足を踏み入れた。
中も植物の根や蔓(つる)が伸び放題で、石壁は苔に覆われ、机や椅子、何かの棚だったのだろうか、腐り果てた木の残骸のようなものが所々に落ちている。
この部屋の天井は脆く崩れ、外から露になっている。
長い間、雨にうたれ続けたこの部屋には、かつての生活感を残すものはほとんど見当たらなかった。
彼女はさらに奥へと歩を進め、穴が開いている壁を潜り抜ける。
穴の形からして、元はそこに扉がついていたのだろう。
その穴を潜った先には壁一面に腐り果てた棚のようなものがあちらこちらで倒れ、その中にボロボロな紙片が散乱し、かろうじて本としての形をとどめているものもあった。
書斎だったのだろうかと、当時のこの部屋のことを思いながら彼女は周りを見渡す。
床に散らばりかろうじて形残っている書物をひとつ拾い上げた。
そっと開いて見てみるが、汚れがひどく、読めないものがほとんどだった。
しかも、この湿度の高い環境の中にあったから、紙は湿り、頁が何枚も重なりついて剥ごうとすると簡単に破れてしまう。
湿気が酷いこの場所では、手入れもされず長い間放置されていたら雨にうたれていなくても書物が綺麗な状態で残っているはずもない。
「(見たところ真新しい文献はないよう)」
保存状態は良くないとはいえ、古い書物が多く散らばっているこの部屋なら何か新しい文献が見つかるかもしれないと思ったが、そう期待通りにはいかない。
気を取り直し、彼女は違う部屋をあたってみようと踵を返した。
----------パラ、・・パラ・・・、
「!」
その音にはっとして振り返る。
----------ガラガラガラッ!!
瞬間、脆くなっていた壁が彼女に向かって崩れ落ちてきた。
「っ!?」
突然のことで、避けるタイミングを失ったリリーティア。
ただ反射的に目を瞑り、両腕を交差させて顔を庇うと、来るべき衝撃に身構えた。
----------ドサッ!・・・パラパラ、
「・・・・・・?」
確かに当たって落ちる音がしたのに、いつまでたっても来るはずの衝撃がこない。
不思議に思いながら、彼女は閉じていた目をそっと開いた。
「ぇ・・・・・・?!」
微かに声をもらし、彼女は目を瞠った。
腕の隙間から見えたものは橙と橙赤(あか)。
「シュ、・・・シュヴァーン、小・・・隊、長・・・?」
目の前にはシュヴァーンがいた。
橙赤(あか)の外套を装う橙の背を向け、彼女を庇うようにしてそこに立っている。
思わぬ人物に驚きを隠せなかった彼女は、しばらく呆然と彼の背を見詰めていた。
「あ、・・・だ、大丈夫ですか!」
瓦礫の砂塵を体から払っている彼を見て、ようやく彼女は言葉が出た。
「平気だ」
彼は表情一つ変えずに答える。
確かに見た様子では怪我はしていないようだったが、それでもかなりの衝撃のはずだった。
リリーティアは念のためにと、慌てて彼に治癒の魔術をかけた。
「あの、すみません。ありがとうございます、助かりました」
「・・・構わん」
彼は相変わらず素っ気無く言葉を返すと、廃墟と化した建物内を見渡した。
こんな所まで彼が来ていたことをリリーティアは不思議に思ったが、
彼も騎士団長から言われている情報や資料を集めているのだろうと、それを問うことはしなかった。
************************************
そうして、シュヴァーンと共に廃屋での探索を再び開始し、どれほどの時間が経った頃だろうか、
「?・・・あれは」
探索を終えて部屋を出ようとした時、ふと瓦礫の隙間から何かが見えた。
近づくと、何かの箱だというのが分かった。
リリーティアは圧し掛かっている瓦礫を除こうとしたがあまりの重さにびくともせず、
彼女の力ではどうにもならなかったが、そこはシュヴァーンのおかげでどうにか瓦礫を除くことが出来た。
彼に礼を言って瓦礫の中から箱を取り出すと、彼女はそれを顔の高さまで持ち上げて、まじまじとそれを見た。
良く見ると細かに装飾模様が施されており、だいぶ汚れているが当時はそれなりに絢爛な箱だったことがうかがえた。
ここにある物という物の殆どが原型をとどめていないのにも関わらず、この箱だけは丈夫に残っていたようだ。
箱には鍵穴がついているが、壊れているようで簡単に箱の蓋は開いた。
「これは・・・・・・」
箱の中には数十枚分の紙と一冊の書物が入っていた。
状態もそれなりにいいようで、羊皮紙に書かれているその字はにじんでもなく、はっきりと読み取ることが出来る。
その内容は<帝国>第4世紀時代の記録だった。
<帝国>が建国されて千年以上が経ち、建国当初の記録を始めとした<帝国>がこの千年を歩んできた記録は一つの場所に集まっておらず、世界中のあちこちに分布されていた。
本来なら<帝国>が管理するものだが、千年という長い年月を重ねていく中で歴史の記録は色々な人の手に渡り、この箱の中にあったように世界の各地に分布し埋もれてしまったようだ。
中にはすでに失われてしまった記録もあるだろう。
アレクセイはそれらをひとつひとつ、時間をかけてでもしかるべき位置に収めていこうという考えのもと、こうやって少しずつ集めていっていた。
これは、昔から行っていることのようで、完全に失う前に<帝国>の歴史を知る術となる記録を彼は純粋に守ろうとしているのだ。
リリーティアはざっと中身を確認してそっと箱にしまうと、それを大事に抱え込んだ。
それから、すべての部屋を調べ回った二人は廃墟の建物から出た。
まだ夕刻の時間ではあるが、空が厚い雲に覆われているせいかすでに辺りは薄暗い。
「シュヴァーン小隊長、ありがとうございました。おかげで貴重な記録を見つけることができました」
「ああ」
この廃墟で見つかった目ぼしいものはこの記録だけだったが、それでも十分なほどの収穫だ。
二人はここに来る時にも通った道なき道を通って街の中心街へと戻った。
宿についたとき、すでにあたりは宵闇に染まっていた。