第10話 光輝
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空の大半は茜色に染まり、東の地平線だけが僅かに紺色に染まっている。
茜色に染まるカプワ・ノール、通称ノール港。
港に出ている店には、これから夕食の準備をするための主婦たちにあふれかえり、いつも以上に活気に満ちていた。
そんな人々が激しく行き交うのを、リリーティアはノールの入り口前で眺めていた。
「それじゃあ、ここで」
「はい、ありがとうございました」
彼女は帝都から一緒だった隊商たちに礼を言った。
彼女は一介の民間人を装い、ノール行きの隊商たちに加わりここまで来たのだ。
そのため、いつもの深紅の魔導服(ローブ)は羽織っておらず、その胸に<帝国>の徽章もつけていない。
外見だけでは彼女が魔導士ということも、まして、<帝国>に従事していることなど誰にもわからないだろう。
今回はそのほうがよかった。
ここに来た任務のためには、周りの者に己の役職、地位を知られるわけにはいかなかったからだ。
「知り合いが見つかるといいね」
ここまでの道中、何かと気にかけてくれたひとりの男は、リリーティアに気さくな笑顔を向けて人ごみの中に消えていった。
彼女は彼の姿が見えなくなるのを確認すると、行動を開始した。
まずは今回の任務のために、あるひとりの男に会う必要があった。
その男と落ち合うための場所も、ここには何度も訪れたことがあるため迷わずすぐに見つけられた。
そこは、トリムの中に数軒あるうちの一軒の宿屋。
彼女は中に入り、受付を済ますと、部屋に続く階段へと向かった。
ちょうどその階段から見知らぬ男が降りてきた。
人当たりがよい雰囲気で、一目見て旅商人だとわかる格好をしている。
すると、その男はすれ違いざまにある数字を囁いたが、彼女は何も聞こえなかったようにただその男の横を通り過ぎると階段を上っていった。
そして、階段をのぼった先、部屋の扉が並ぶ廊下を歩き、ひとつの扉の前に立った。
だが、そこは彼女が取った部屋の番号ではなく、先ほど見知らぬ男が囁いていた番号の部屋だった。
あの見知らぬ男が囁いた数字こそ、これから会う男がいる部屋の番号だったのだ。
リリーティアは、一度だけ小さく息を吐くと扉を叩いた。
だが、それはただ扉を叩いたのではなく、気のせいかと思いかねないほど弱弱しい上に、規則性のある叩き方であった。
すぐに扉が開く。
その扉の先にいた男。
----------体の輪郭を曖昧に見せた、ゆったりと羽織った紫の上着。
そして、彼女は視線を上げた。
----------櫛(くし)というものの存在を知らぬげな、ほう髪な髪。
「よっ、ごくろーさん」
----------飄々とした笑顔。
彼女は息をのんだ。
それは、見覚えがある顔で、見覚えのない顔。
だが、確かに彼女の中に記憶している遠い過去を思い出させた。
それは、碧(あお)の隊服に紺青の外套をなびかせ、
ほう髪な黒髪を揺らしながら陽気な笑顔を向けていた----------、
「何なに?俺様のこの麗しい姿に惚れちゃった?」
「えっ・・・!あ、・・・い、いえ。そ、そういうわけ、では・・・」
リリーティアはどう言葉を返すべきかわからず、しどろもどろな返事を返すことしかできない。
男はそんな彼女の様子に苦笑を浮かべると、
「そこは、”はい”っていうとこでしょ~」
「あ、・・・す、すみません」
大げさにがっくりと肩を落とした。
だが、その男の振る舞いはどこか落ち込んでいる風を装っているだけにも見えた。
その証拠にさっきまで落ち込んでいたはずの男は、すぐに陽気な笑いを浮かべ、彼女に中へ入るよう促した。
「初めましてっていうべきかね。俺様はレイヴン。よろしくね、リリィちゃん」
「ぇ、・・・あ、・・・は、はい」
部屋の中に入ると男は自らの名を名乗る。
リリーティアは未だ困惑した表情で彼を見詰めた。
男が言ったように、彼の名はレイヴン。
ギルドに所属し、ギルドユニオンの長、ドン・ホワイトホース率いるギルド『天を射る矢(アルトスク)』の一員であり----------、
「よろしくお願いします。シュヴァーンた・・・、ぁ・・・」
「ははは、レイヴンね」
「す、すみません-------レイヴンさん」
----------<帝国>騎士団隊長首席 シュヴァーン・オルトレイン、その人だった。
今回の任務では、シュヴァーンと共に任務遂行の命をアレクセイから言い渡されたのである。
だが、それはシュヴァーンとしてではなく、ギルドの人間 レイヴン としての同行だった。
レイヴンとしての彼との対面はこれが初めてだ。
そのため、シュヴァーンしか知らない彼女にとっては、レイヴンとして振舞う彼に未だ戸惑っていた。
「俺様の事はレイヴンでいいって、いいって」
「いいえ、そういうわけには。その、一応上司ですし-------」
「一応ってどういう意味よー?」
「あっ、い、いえ、そういう意味ではなくて、ですね・・・」
「はは、わかってるって。でも、別にそんなこと気にしなくていいんだけどね」
レイヴンは困ったように笑った。
リリーティアは未だレイヴンとしての彼に戸惑いながらも、ぎこちない笑みをうかべ、今回の任務について話を切り出したのだった。
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「要するに、その文書と魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)を屋敷から盗めばいいってこった」
「はい」
リリーティアは椅子に、レイヴンは寝台の上に座り、互いに控えめな声で今回の任務について話し合っていた。
「ウォガル議員の屋敷の警備に関してですが・・・」
「ああ、そこはもう問題ないわよ。ちゃんと手は回してあるから」
「助かります。それでは決行は今夜。それでよろしいでしょうか」
「りょーかい」
レイヴンは片目を瞑り、悪戯な笑みを浮かべた。
今回の任務はカプワ・ノールの執政官 ウォガル の屋敷に忍び込み、
最近新たに発見されたという魔導器(ブラスティア)に関する機密文書、そして、その魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)を盗み出すこと。
以前、諮問官クロームから報告を受け、さらに監視を強化し続けた結果での指示。
あの時点では、新たに発見された魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)をウォガルが手に入れたということははっきりしていなかったが、今はそれが事実だと調べはついている。
「私は一度部屋に戻ります」
「そうね、時間になるまでゆっくり休んだほうがいい。さっきここに着いたばかりなんでしょ」
「はい。レイヴンさんもゆっくりしていて下さい」
「ありがとね、俺様は大丈夫よ。昨日にはここに着いてたからさ」
リリーティアは椅子から立ち上がり、扉の前に立つとレイヴンに振り返った。
「それでは、失礼します」
軽く一礼する彼女に、レイヴンは笑いながら手を振って応えた。
彼女が部屋を出たの彼は見届けると、その笑みから一変して、どこか深刻げな表情を浮かべながら、しばらくの間、彼女が出て行った扉をじっと見詰めていた。