第9話 未来
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リリーティアが騎士団長執務室を出て、自分の居室へと向かっていた途中だった。
どこからか知った声が聞こえ、視線をそちらへ向けると、柱廊に面した広場に一つの影が見えた。
「ふぅん!とう!」
威勢ある声。
「ううむ。なるほど、やはりここをこうして・・・」
それは、中年の男だった。
シュヴァーン隊の隊服を身にまとい、剣を手に持っている。
その男は剣術の型を確認しながら、何やら独り呟いているが、独り言にしてはあまりにも大きすぎるその声量にリリーティアは微かに笑いを零した。
「ん?これは、リリーティア特別補佐!」
その笑い声が聞こえたのか、男は彼女がいることに気付いた。
彼女は軽く一礼して微笑むと、彼に歩み寄った。
「お疲れ様です、ルブラン小隊長」
彼の名は、ルブラン。
シュヴァーン隊の一員で、小隊長のひとりであった。
「お疲れ様であります。リリーティア特別補佐
「はい。シュヴァーン隊長にお会いしましたか?」
「つい先刻、シュヴァーン隊長自ら剣の手解きを受けた次第であります」
彼の言葉にリリーティアは内心驚いた。
なぜなら、何事も無関心であった以前のシュヴァーンならそんな行動を取るとは到底考えられなかったからだ。
正直信じられない気持ちのほうが強かった。
「〈人魔戦争〉の英傑自ら教えていただけたことに、このルブラン、感激しております!」
紅潮した顔のルブランの姿を見れば、相当彼の中で気持ちが高ぶっているのがわかった。
その様子にシュヴァーンの行動に対する疑いはすぐに消え、彼が取ったその行動に嬉しさが込み上げる。
そして、隊長である彼をどれほど信頼しているのかという、ルブランの嘘偽りない忠義な心を感じて、彼女の顔には自然に笑みが零れた。
「見ていて下さい。・・・ふぅん、とう!」
ルブランは真剣な眼差しで剣を構えると、足を踏み込み剣を振った。
だが、剣風が中庭の植え込みの葉を揺らし、それは虚しくも一枚の葉を散らしただけだった。
「いやはや・・・、なかなかうまくはいかんもんですな」
「いえ、以前よりもはるかに全体の動きが滑らかですし、剣の振りにもキレがありますよ」
その剣技から衝撃波はでなかったものの、彼女は以前見た時と違って彼の動きの違いに気付いた。
以前の彼は傍目にもその動きはぎこちなく、お世辞にも技の冴えを窺わせるものはないほどの剣の腕だったのだ。
しかし、まだそこには不安が残るとはいえ、今の動きは以前のそれとは大きく違っており、確実に剣の腕は上がっていると言えた。
「そ、そうでありますか。いや、特別補佐のあなたにそう言って頂けるとは、嬉しい限りであります!」
リリーティアは相変わらずな彼の言葉に小さく笑った。
彼の事を知らない者かれすれば、その大きな声量と言動はあまりにも大げさに聞こえるかもしれない。
しかし、これは事実、彼の本心だということを彼女は分かっている。
なぜなら、彼はこういう人なのだ。
シュヴァーンよりも年上でありながら、純真といってもよい熱意をもって隊長のシュヴァーンを信奉する彼。
それは、さらに年が離れているリリーティアに対しても変わらず、常に敬意溢れる言葉と誠意ある態度で彼女に接していた。
心にも無い言葉など端から彼は持ち合わせていないのだろう。
「ルブラン小隊長、この数日の間、何か問題等はありましたか?」
「はっ、何も問題はございません」
「そうですか、それなら良かったです。・・・申し訳ありません、ルブラン小隊長にはいつも隊のことを任せっきりで」
リリーティアは申し訳ない表情を浮かべる。
シュヴァーン隊は他の隊と違い、隊長不在がほとんどで、寧ろ隊長がいることのほうが珍しかった。
アレクセイの密命、主にギルドでの間諜のために単独行動の多い彼であるから、それは仕方がないことなのだが。
それはリリーティアも同じで、彼女もシュヴァーン隊の一員であり、シュヴァーン隊の隊長特別補佐官として彼が不在時は彼女が隊の長となり率いていく立場になるのだが、彼女も騎士団としての密命、また魔導士としての研究もあるために不在の日が多かった。
そのため、シュヴァーン隊の面倒はほとんどが小隊長であるルブランが見てくれていたのである。
「何を申されます、隊長もあなたも常日ごろ特務に就き、忙しい身でありましょう。その上、あなたは魔導器(ブラスティア)などの研究にも力を注いでおられる。私ども以上に尽力なさっておられる方が、私に、そして隊に、何を謝ることがありますか」
彼は自分たちの上司がほとんど不在でも、不満をいうことも弱音を吐くこともせずに全身全霊で隊を率い、にも拘わらず、こうして誰よりもシュヴァーンやリリーティアのことを常に気にかけてくれていた。
「何より、お二人のような英傑な方がこのような私に隊を任せて頂けていることを誇りに思う所存です!」
「っ・・・・・・」
ルブランの言葉に、リリーティアは反射的に手を握りしめた。
彼女はその言葉に戸惑い、そして、胸の内には居た堪れない気持ちが溢れる。
「ありがとうございます、ルブラン小隊長。私のほうこそ、そう言って頂けて本当に感謝しています」
彼女はその胸の内を表情に出すまいと、意図的に笑顔を浮かべて誤魔化した。
「それから、閣下は明日には帰城する予定です。今日は特別指示する任務はありませんので、シュヴァーン隊はこれまで同様常務を全うして下さい。すみませんが、私はここで失礼します」
「はっ、いつも御苦労様であります」
ルブランは姿勢を正し、敬礼して応えた。
その様子に、彼は本当に生真面目な性格だなと、改めて感じた。
「それはお互い様です。ルブラン小隊長もくれぐれも無理はなさらないように、稽古に励んで下さいね」
「ありがとうございます、リリーティア特別補佐殿!」
耳が破れんばかりの声に彼女は苦笑を浮かべると、ルブランに背を向けてその場を立ち去った。
再び響く、威勢のいい声を後ろに聞きながら。